カテゴリー「番外編」の記事

2014年7月 7日 (月)

憲法第18条と徴兵制

内閣官房のHPに、『「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」の一問一答』というのがありました。

http://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/anzenhoshouhousei.html

友人の一人は、「まったく問答の体をなしていない一問一答ってのも珍しいですね。僕が寄生しているマスゴミ界でこんな記事を書いたらまずゴミ箱行き。たちまち失職です」とコメントしていました。

しかし、これは、傑作ですね。どんなに安倍さんが変なことをやっているのかわかるように、官僚のささやかな抵抗の文章ととると理解できますねえ。これを作成した役人のパロディ感覚、あっぱれ!なかでも大傑作は、次の徴兵制の恐れとの関係です。

【問10】 徴兵制が採用され、若者が戦地へと送られるのではないか?
【答】 全くの誤解です。例えば、憲法第18条で「何人も(中略)その意に反する苦役に服させられない」と定められているなど、徴兵制は憲法上認められません。

確かに、この憲法18条の解釈で徴兵制が否定されているという通説や政府見解もありますが、この条は徴兵制を念頭においたものではなく、18条から23条にかけての基本的自由権を述べたグループに当たるものです。憲法9条で戦力の保持を否定していますので、徴兵制の問題は述べる必要がないのです。

憲法論の標準的教科書である、芦部信喜、高橋和之補訂『憲法』(岩波書店、2007年)には、このように述べられています。
 I 奴隷的拘束からの自由
 憲法一八条は、「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない」と定め、人間の尊厳に反する非人道的な自由の拘束の廃絶をうたっている。
 ここに「奴隷的拘束」とは、自由な人格者であることと両立しない程度の身体の自由の拘束状態(たとえば、戦前日本で鉱山採掘などの労働者について問題とされたいわゆる「監獄部屋し、「その意に反する苦役」とは、広く本人の意思に反して強制される労役(たとえば、強制的な土木工事への従事)を言う。もっとも、消防、水防、救助その他災害の発生を防禦し、その拡大を防止するため緊急の必要があると認められる応急措置の業務への従事は、本条に反しない(災害対策基本法六五条・七一条、災害救助法二四条・二五条等参
照)。しかし、徴兵制は「本人の意思に反して強制される労役」であることは否定できないであろう(228-229ページ)。

 そのまま読めば、長時間労働、過労死、遠隔地配転、強制リストラのための配転、労働保護がなされていない場所での労働などが思い浮かばれますね。しかし、憲法上考えられない想定を、解釈で変えることは、安倍政権の得意とするところですから、「国防の業務もこの18条の解釈に入れ、本条に反しない」とするでしょう。上記の一問一答を読むと、解釈には「何でもあり」の考え方ですから、この18条で徴兵制が禁じられているというのは、品のない言い方ですが(彼らの主張点が品のない内容ですから、『大辞林』にはありますので許していただければ、)、「屁のツッパリ」にもなりません。憲法9条が戦力の保持を禁止していることが、判断の大原則でしょう。

|

2012年2月11日 (土)

「FTA・TPPに関する国際フォーラム」の資料刊行

「FTA・TPPに関する国際フォーラム」の資料刊行

昨日から日米間でTPPの事前協議が始まりました。日本政府は、参加の場合、全品目が交渉の対象だと早くも前のめりの姿勢で説明し、米国政府は、業界の意向という形で「自動車、農産物、保険」の問題点を提起しました。筆者は、TPPが日本の経済に大きな打撃を与え、多くの国民の利益にならないことから、TPPへの加盟に反対ですが、参加する立場を認めても、足元を見られたスタートとなったようです。

協議が交渉事であることを考えれば、参加したいという意向が見え見えでは、相手側から譲歩を引き出すのは困難でしょう。参加にさして興味がなく、相手側の条件次第という姿勢で臨んで、譲歩も引き出せるものでしょう。買いたい気持ちを前面に出しては、良い値引きを獲得できないのと同じことです。

さて、昨年10月に開催された、ビア・カンペシーナと農民連の「FTA・TPPに関する国際フォーラム」の資料が、雑誌『農民No.65, 2012年2月号』に掲載されました。東南アジアの人々がどう考えているか、どういう問題を抱えているかを知る格好の資料ですので、紹介します。お求めは、農民連、電話03-3590-6759にどうぞ。

詳細は、添付のファイルでご覧ください。
「12.01 特集FTA・TPPに関する国際フォーラム 農民No.65.pdf」をダウンロード

|

2011年12月31日 (土)

米国のグローバル覇権主義戦略から見た韓米自由貿易協定とTPP

米国のグローバル覇権主義戦略から見た韓米自由貿易協定とTPP

11月22日、韓国国会において韓米自由貿易協定(FTA)批准同意案が、「奇襲」の形で強行採決されました。「だまし討ち的な」強行採決は、本来、韓米自由貿易協定の必要性が低いこと、経済・食料主権を守ろうとする国民の反対が強いことをうかがわせます。

 もともと経済大国は、世界制覇を強固にするために自由貿易を強要するものです。18世紀の半ば、マルクスは、自由貿易が持つ本質を次のように喝破しています。
「なるほど(イギリスは、自国の農業を守っている)穀物法を廃止すれば農業は破滅するだろうが、しかし、ほかの国がわが国の工場から必要な物を輸入するようになり、それらの国の工場が廃棄されるということにはならないだろう。・・・自由貿易により一国の内部に発生するすべての破壊的現象は、もっと巨大な規模で全世界の市場に再現する。一般的には、保護貿易制度は保守的である。これにたいして自由貿易制度は破壊的である。・・・自由貿易による競争はあらゆる商品の価格をその生産費の最小限まで引き下げ、したがって賃金も最小限まで引き下げられる」(マルクス「自由貿易間題についての演説」全集④一部読みやすく改訳)。

ところで、1990年代以降米国が推し進めている自由貿易は、多国籍企業が進める新自由主義による市場原理主義と覇権主義的世界戦略が結びついたものです。米国は、ヨーロッパ連合にも加盟できず、ラテンアメリカでも米州自由貿易圏(FTAA)を推進できずに、経済支配の地域を太平洋地域に転換してきたのは明白です。そこで、昨年米国は、国家戦略として「世界経済をリードする」ため、5年間で輸出を倍増し、雇用を200万人増大することを決めています。その中心市場が環太平洋地域なのです。

そこで、米国は中核の政策として、「自由で公正な市場アクセスの確保」という名目で、環太平洋連携協定(TPP)や、二国間FTAを推進することと表明しています。その推進力となるのは米国が結んでいる軍事同盟で、いずれの軍事同盟も経済的連携を柱の一つとしています。

したがって、オバマ政権は、軍事同盟を締結している日本(日米安保条約)とオーストラリア(豪米安全保障条約=ANZUS)とは、多国間自由貿易のTPPを、韓国(韓米相互防衛条約)とは二国間自由貿易の韓米FTAを強引に推し進めているのです。

11月27日、オバマ大統領は、オーストラリア議会で、「アジア太平洋における米国のプレゼンスと任務は最優先事項であり」、「他地域では防衛費を削減しつつも、将来の予算では、この地域では強力な軍事力を維持するのに必要な資源を割り当てる」と軍事的戦略を述べつつ、経済面では「韓国との歴史的貿易協定を足場として、米国は、APEC〔アジア太平洋経済協力会議〕を始め、これまでで最も野心的な貿易協定、環太平洋連携協定〔TPP〕を実現する途上にある」と、米国のグローバル国家戦略を明言しています。

それゆえ、韓米FTAでは、米国投資家による国際投資紛争仲裁センター(ICSID)への提訴権を認める条項や、米国企業が期待した利益を得られなかった場合、米国政府が米国企業の代わりに、ICSIDに対して韓国を提訴できる条項、韓国にはほとんど実行不可能なセーフガード条項など、韓国の国家主権を侵害する屈辱的な諸条項を、李明博(イミョンバク)政権は受け入れさせられ、国民の強い批判を浴びているのです。

また、基本的に米国は、協定の目的は、「自由で公正な市場」の実現ですから、今後いかようにも問題が投げかけられることが危惧されます。現在の日本が行っているTPP加盟交渉では、同じような米国の一方的な要求が出されてきますし、もしTPPを締結した後でも「自由で公正な市場」となっていないと際限なく要求がエスカレートする恐れがあります。

しかし、本来、自由貿易は、対等、平等、相互尊重、互恵の原則に立ってはじめて双方の経済発展と国民生活にプラスになるものです。

本稿は、全国商工新聞、2011年12月12日掲載したものを加筆したものです。

(11.12.31 新藤通弘)


|

2011年11月16日 (水)

言った、言わない、日米首脳会談

言った、言わない、日米首脳会談

オバマ大統領と野田首相の日米首脳会談でのTPPの交渉範囲について、日米の解釈が分かれています。俗にいえば、「言った、言わない」の類です。米国の国務省によると、野田首相は、「すべての財サービス分野を貿易自由化の交渉テーブルにのせる」と述べましたが、日本政府は、「そのようなことは言っていない」と主張し、米国側は、発表を変える必要はないとの説明です。「オバマ大統領と野田首相のプライベイトの会談」とのことですが、そこに居合わせなかった人々には、事の真相は分かりません。いずれにせよ、日本側は、米国側に訂正を求めることはしないとのことです。

問題は、野田首相が、「すべての財サービス分野を貿易自由化の交渉テーブルにのせる」と言ったにせよ、言わなかったにせよ、交渉相手は、「すべての財サービス分野を貿易自由化の交渉テーブルにのせる」と言ったと理解し、それを是としていることです。つまり、日本側が何を言おうと、米国側は、今後、この理解から、すべての分野で例外なく、原則自由の開放を日本側に要求してくることがはっきりしていることです。それは、TPPの枠組みが、すべての分野の原則自由化の理念に基づいているからです。米国側の主張には、良い悪いは別にして、一貫して筋が通っているのです。それは、別添のアーネスト国務省報道官、フローマン国家安全保障会議国際経済問題副議長の記者会見の説明でもわかります。

APECでの首脳会談にTPP参加交渉表明というお土産を持って行きたかったことから、国内への説明が不十分なだけでなく、時間をかけて相手側の予測される主張と自分達の態度の原則の確定をせずに臨んだ拙速な姿勢に問題があるように思われます。

日本政府のTPP参加交渉の過程には、いわば、原則全面自由化を主張する米国という前門の虎、日本の経済主権を守ろうとする国民という後門の狼といった難関が待ち受けていることでしょう。難関を逃れる道はただ一つ、米国と多国籍企業のシナリオによる政策には、参加しないことです。

(2011年11月16日 新藤通弘)

「11.11.14 White House Press Briefing everything is on the table.docx」をダウンロード


「11.11.15 TPP 交渉、すべての品目は交渉テーブルに.docx」をダウンロード

|

2011年11月 7日 (月)

自由主義貿易は、米国の、また多国籍企業の自由主義

自由主義貿易は、米国の、また多国籍企業の自由主義

TPP参加問題が大詰めを迎えています。

野田政権は、なんとかAPECに交渉参加というお土産をもって行きたいようで、今週中に最終態度を決めるとはいいつつも、交渉参加に前のめりの発言が目立ちます。反対側からもいろいろな憂慮する点が続々と提出され、議論がようやく始まった感があります。そこで、ここで、もう一度TPPとは何かという原則を考えてみることが重要と思います。

TPPは、新自由主義政策にもとづいた、例外を認めない原則自由化の考え方を基礎としています。その上、現実の議論では、北米自由貿易協定や韓米FTA、シンガポール、ブルネイ、ニュージーランド、チリ4カ国の環太平洋戦略的経済連携協定(TPSEPA)よりも一段と自由度の水準を上げた協定がめざされています。

TPPは、多国間自由貿易協定の締結をめざしていますので、それぞれの国の弁護の主張を聞いて自由化可能対象リストを掲載し、それだけを話しあうと(ポジティブ・リスト方式)まとまりませんし、自由化の度合いが低くなります。そこで、リストに掲載した若干のものを除き、あとは原則自由で例外を認めない(ネガティブ・リスト方式)で交渉が進められます。二国間協定で相互の事情を話しあい、考慮して決定するのとは違うのです。米国と二国間では主張ができないので、多国間の場で主張するというのは、初めから自主性を放棄した態度です。


わずかに自由化の実施時期の時間的猶予が認められるかのような主張がありますが、後戻りできない協定で、その後遥かに長い期間ずっと不利な内容が続きます。したがって、特に農業問題では数年の猶予が認められても、自由化に対応することは困難な内容は明白ですから問題は同じです。農産物輸入の自由化と食料の自給率の向上は、二律背反で180度方向が違う問題設定となっていることは、19世紀のイギリスの穀物法をめぐる議論などからも歴史的にも地理的にも明白です。世界で農産物の自由化(補助金も廃止)を行い、国内の農業構造を変えて自給率が上がった例があるでしょうか。それでなくても異常に低い日本の食料自給率を一層引き下げることになるだけで、自殺行為といわれても仕方ありません。議論そのものが、いくら理由を並べても成り立ちません。

農産物の自由化は、実は、労働者の賃金そのものを下げるものにもなります。農産物の自由化とともに進められる工業製品の自由化、競争の激化を、経営者は合理化の中でも先ず第一に近年の習慣となっている人件費の削減(新自由主義的方法)に対策を見つけようとするからです。見かけの農産物の価格の低下、食料費の低下は、労働者の賃金の切り下げを応援することになり、このことを、マルクスやエンゲルスは、上記の穀物法の論議の際に、すでに指摘していることです。また、マルクスは、「自由貿易が一国の内部に発生させるいっさいの破壊的現象は、もっと巨大な規模で全世界の市場に再現する。・・・一般的には、今日では保護貿易制度は保守的である。これにたいして自由貿易制度は破壊的である」と警告しています。これは、すでに、現在世界的な経済・金融危機の中で現れ始めていることです。

筆者は、自由貿易そのものを否定するものではありません。生産技術、科学技術・知識の普及など自由貿易によって可能となります。しかし、今、問題となっているWTO、NAFTA、韓米FTA、TPPの自由化の原理は、市場万能主義、弱肉強食、強い資本がなんでも飲み込む、利潤獲得至上主義という新自由主義の原理です。この原理は、ラテンアメリカですでに破たんし、北アフリカ諸国でもほころびを出し、米国や日本でも深刻な問題を現出しています。各国の大多数の一般国民の利益を無視するものです。自由化の流れには逆らえないのだという安易な主張には、今の新自由主義に基づく自由化の流れは長続きがしないと述べておきましょう。

公正な競争をするために例外を認めず、原則自由にすることは、だれが、その自由度を保障し、統制するかということが問題となります。米国は、自国の市場での競争を公正かつ完全に自由化するでしょうか。公正で自由な競争を保障するという原則からすれば、交渉の過程で議論されなくても、協定締結後に、力によりいくらでも問題が提起できるのです。19世紀の半ば、軍事的に最強国であったイギリスは、保護貿易と自由貿易を相手によって、状況によって使い分け、世界貿易の事実上の独占権を握ったのでした。軍事的・政治的に米国に従属している日本が、公正・自由貿易を米国市場で要求するとは、逆はあっても、これまでもありませんでしたし、残念ながら考えられないことです。この構図は、すでにNAFTAの経験で十分見られていることです。

(2011年11月7日 新藤通弘)

|

2011年1月16日 (日)

尖閣諸島問題をどう考えるか

尖閣諸島の領有をめぐる問題が、昨年9月以来、日中間の重大な外交問題となっています。どう考えたらよいのでしょうか。領土問題は、どのような問題であれ、まずは歴史の過程を客観的に検討する必要があります。そして、その結果に基づいて、あくまで話し合いで解決することが大道です。

以下、友人の弁護士の毛利正道さんが、各種の資料を渉猟して、「出発点としての尖閣諸島領有問題」という題で、力作を発表されています。問題の解決方法については、私は若干異なる見解をもっていますが、問題点を深く考えるには格好の史料となっていますので、ここに紹介します。

「尖閣諸島領有問題をいかに解決すべきか」
2011年1月8日毛利正道

尖閣諸島は日本の領土

1 日本政府は、1884年頃から尖閣諸島の島で海産物業を営んでいた古賀氏からの借用願を契機に、10年かけた測量・調査のうえ、1895年に無人の尖閣諸島を日本の領土とする旨の閣議決定をして、翌年から30年の期限で古賀氏に無償貸与、同氏とその相続人は(大正島を除く)4島で諸施設を建てて最大200名を従事させて「古賀村」を形成し、1916年頃まで約20年間(若しくは1940年頃まで45年間)海産物採取販売事業を展開してきた。
位置図:別紙 図1・図2

2 自国の領土以外の土地を原始取得する方法として国際法上認められている「先占」は、
①他国の領土になっていない土地について
②領有する意思を示すこと(相手国に対して示すことは要件でない)と、
③実効的な占有が必要を要件とするが、

① については、1895年の時点ですでに中国の領土になっていたということが証明されているとは言えないと思われる。それどころか、すでに1884年頃から日本の古賀氏が私人の立場で尖閣諸島で海産物業を営んでいたこと(前記1885年9月6日の清国の新聞によると、中国側もこのことをある程度把握していたと思われる)に対し、日本政府が古賀氏に30年間貸与を決めた下記1896年まで10年間以上にわたり(むろん、その後においても)清国側からクレームが付けられた形跡がない。すでに清国の領土になっていたというなら、当然あるべきであろうものが。

② については、遅くとも1896年9月に、日本政府として古賀氏に30年間無償貸与した時点で、領有意思を公表したとみることが適切である(1895年1月の閣議決定については、公表されていないだが、それでもこの要件を満たすと言えるのかも知れない)。

③ については、古賀氏に貸与していない大正島(1896年4月に沖縄県知事によって日本に編入されてはいる)についてはともかく、貸与した4島については、十分要件を満たしている。個人では国土を領有できないから、この古賀氏への貸与とその事業継続で、日本国としての実効支配と言える。

以下、続きは別添添付書類をご参照ください。
「11.01.08 毛利 尖閣問題.pdf」をダウンロード

あるいは下記のサイトをご参照ください。
http://mouri-m.mo-blog.jp/blog/2011/01/post_0cf5.html


|

2010年11月21日 (日)

日本のTPP参加をどう考えるか。

10月に入ると、唐突に菅首相も、仙石官房長官も「第三の開国」とか言い始め、「開国」というキャッチフレーズによって、政策の進歩性、正当性を示すかのように、TPPに参加のための世論形成政策を推進しています。

メディア各社の報道によると、「内閣府は22日、日本が農業分野を含む関税撤廃や投資の自由化を進める『環太平洋パートナーシップ協定(TPP)』に加わると、実質国内総生産(GDP)が現状より年2.5兆~3.4兆円増えるとの試算をまとめた。域内の関税撤廃などで貿易や国内生産が増えるためで、成長率を年0.48~0.65%幅押し上げる」といいます。
内閣府の試算は、「TPP参加に伴う関税撤廃による貿易拡大などにより、日本の実質GDPが0.48~0.65%(2.4兆~3.2兆円)押し上げられる」としました。

また、「経済統合を推進する経産省は、日本がTPPなどに加わらず、米国、欧州連合(EU)など主要国との自由貿易交渉で韓国の先行を許した場合、自動車、電気電子、機械産業の3分野で韓国にシェアを奪われると分析。20年時点で実質GDPが1.53%(10.5兆円)、雇用が81.2万人押し下げられるとした」と報道しています。

あるいは、「内閣府は同時に、自由化圏をAPEC全域に広げる『アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)』に加われば、実質GDPで1.36%(約6.7兆円)の押し上げ効果が期待できるとする試算も初めて明らかにした」とも報道しています。

ここには、
① TPPに参加すれば、GDPは0.48~0.65%、2.4~3.2兆円増加する。
② FTAAPに参加すれば、GDPは1.36%、6.7兆円増加する。
③ この①②を止めれば、GDPは、1.53%、10.5兆円下落する。
との試算が引用されています。

内閣府は、試算の方法は、「内閣官房を中心に関係省庁と調整したシナリオに基づき、川崎研一氏(内閣府経済社会総合研究所客員主任研究官)が、WTOはじめ広く関係機関が活用している一般均衡モデル(GTAPモデル)を使用し、分析したもの」であると述べています。

奇妙なことには、同じ内閣で、内閣府は、TPPに参加することにより、GDPは0.48~0.65%、2.4~3.2兆円増加するといい、農水省は、農業関連産業も含めたGDPが年間7兆9000億円減少すると述べています。同じ内閣の計算で、上下11兆円の差があるということは、試算がかなり恣意的なものであることを想像させます。

現在、TPP、FTAAPに日本が参加すれば、不名誉にもG8の中でも群を抜いて食料自給率が低い日本の食料自給率(カロリー計算で40%、次いでイタリア60%)が、さらに大幅に低下することは必定です。国民への食料の安全供給を心配する側からは、厳しい反対が寄せられていることは当然でしょう。しかし、輸出する側の工業面での分析に対する批判は、ほとんど行われていないようです。

そこで、工業製品での影響を考えて見たいと思います。もし、内閣府の計算が、TPP、FTAAPでいわれている、関税がゼロになることから輸出が増える⇒輸出関連企業の生産が増加すると計算しているのであれば、あまりに単純な議論です。

まず、輸入先の輸入関税ですが、輸入の大半を占める米国もEUも、いわれている自動車、電気電子、機械産業の3分野での関税は、大半が10%以下です。

輸出の競争力は、輸出国での価格とともに、それを輸入する際の為替レート、商品の品質、販売国での販売代理店網、支払条件、アフターケア網、顧客のブランドの好みなども影響します。日本円の対ドル為替レートそのものが、この6カ月で対ドルで15%も変動しているのを見ると、関税が数%の差があっても、あるいは無税となっても決定的な意味はありません。円が対ドルで80円台前半というのも、購買力平価と経済のファンダメンタルズからすれば、長期的には疑問があります。韓国のウオンとドルの為替レートも不確定な要素があります。

日本から米国とEUへの輸出は、16兆円程度で、日本の輸出全体の54兆円の30%、ASEAN諸国への輸出は7兆円で、この三地域を足しても23兆円で、とても輸出が全体として10%以上増加するようには思われません。しかも、ASEANとは、日本はすでに東アジア共同体をめざしてFTAを締結することを視野に入れています。

さらに、現時点では韓国がTPPに参加することは、はっきりしていませんし、電気電子では、むしろ強力な競争相手は中国でしょう。しかし、中国もTPPに参加の意思をしめしていません。また、通貨、元のレートの切り上げの問題もあります。つまり、いろいろ複雑な国際的要素が多くあり、関税が下がった分に応じて、輸出が伸びるというものではありません。

「開国」という言葉から、日本の貿易制度が閉鎖されているかのように聞こえますが、日本において工業製品の輸入関税は、多くが無税、あるいは5%以下で、米国やEUよりも関税率は低くなっています。ですから、菅政権がいう「開国」とは、農産物を、あるいは外国人労働者に対する「開国」でしょう。いずれも、日本の財界にとって大きな利益となることです。

問題は、食料、農産物の輸入が保護されていることで、これは、食料安全保障からすれば、国際的にも当然の制度です。先進諸国G8の中で食料の自給率(カロリー計算)が日本は40%と飛びぬけて低く、次はイタリアの60%という実態を見ても、これ以上10%台に食料自給率を下げて、どうして国民に食料の安全供給を保障できるのでしょうか。それゆえ、近年の食料価格高騰の際に、各政党が、食料安全保障を議論し、国民の関心が高まったのでした。昨年の衆院選挙の民主党のマニフェストには、食料自給率を上げることが提案されていましたが、どのようにここに政策の整合性があるのでしょうか。

もう一つは、労働力の移動の自由、つまり外国人労働者の入国の自由の問題があります。現在、日本には日系外国人、研修外国人労働者が100万人弱います。例外を認めないというTPPでは、どのように処理されるのでしょうか。自民党・財界の一部には労働力の10%(600万人程度)を外国人労働者(賃金が30-40%低い)で雇用したいという意向があるようです。正社員の賃金の半分程度といわれる非正社員の比率が35%となっている現在、労働力市場に一層の困難をもたらすものとなります。

こうして見ると、弱肉強食の新自由主義にもとづくTPP、FTAAPは、強く推進している米国と、それに追随する財界の意向に沿ったものであることは明白です。韓国製品との競争は、日本の参加を進めるために、かなり恣意的に持ち出されているようです。米国は、1994年から推進したFTAA(米州自由貿易圏)が、ラテンアメリカ諸国の強い反対でとん挫した結果、その矛先を太平洋地域に向けてきているともいえます。同じ経済協定といっても、FTAは、相互に保護したい産業を理解して、交渉により妥協点を探ります。TPPは、日本の経済構造を新自由主義政策に基づいて大変革するもので、「1.5%の第1次産業の人びと」を保護するものでもありませんし、もちろん大多数の国民の利益になるものでもありません。「開国」の美名で、「外圧に弱い日本の伝統」を繰り返すことなく、真の国民の利益に立った自主的な判断が求められます。

2010年11月20日 新藤通弘

|