カテゴリー「ラテンアメリカ分室」の記事

2017年1月31日 (火)

2016年メキシコ経済速報

国連ラテンアメリカ・カリブ海経済委員会(CEPAL)
2016年メキシコ経済速報

国連ラテンアメリカ・カリブ海経済委員会(CEPAL)は、2016年のメキシコの経済成長率を、2015年に記録された数値、2.5%を下回る2%と推計する。減速の直接的な要因は、米国の製造業部門(メキシコの輸出に密接に結びついている)の不振や、不安定な国際的経済・金融情勢、貿易収入(主に石油部門)と公共投資の減少などである。これらの要因によって、2016年下半期の国内の消費が縮小した。2016年の年間インフレ率は、メキシコ中央銀行が設定したインフレ目標の範囲内(2~4%)の3.3%前後、全国的失業率は、4%(前年の平均は4.4%)と予測する。財政赤字は、GDP比で前年の3.5%を下回る3%前後、国際経常収支の赤字は、GDPの3%前後(前年は2.9%)になるとみなされる。
続きは添付のPDGをお読みください。「17.01.17 CEPAL 2016年メキシコ経済速報.pdf」をダウンロード

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2016年5月16日 (月)

ブラジル、それはないでしょう!

それはないでしょう!
上はルセフ政権の閣僚の写真、下は、この度、臨時大統領に就任したいかさま政治家のテメル氏が組閣した閣僚の写真です。31名の閣僚を24名に削減しました。
ブラジル人の51%は、黒人及び混血です。また女性が51.3%を占めます。ルセフ政権では、女性閣僚は7名いましたし、黒人・混血の閣僚も数名いました。女性閣僚が不在なのは、ブラジルが民政移管した1986年以降初めてのことです。ここには、テメル氏の人種差別感、女性蔑視感が如実に反映していると指摘されています。こういう人物が、貧困層や弱者に対する配慮をもっているとは到底思われません。新閣僚の24名のうち11名は汚職が指摘されています。
「16.05.13 gabinetes.docx」をダウンロード

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2015年8月20日 (木)

クーデター考

最近、昨年6月の集団的自衛権行使容認の閣議決定を「クーデターである」、「クーデター的手法」、「クーデターとよぶべき暴挙」、「クーデターに匹敵する」、法学的には「クーデターである」という表現が目につきます。

従来の政府解釈をかなぐり捨てて、また国会の議論を経ることもなく閣議で決定し、それを基に安保法制(戦争法案)の成立を図る暴挙は決して許されるものでなく、上記の表現を使用している方々の強い怒りは当然のことでしょう。しかし、この事態をクーデターと表現することが適当かどうかということには、歴史的にクーデターが頻発している中南米の研究に携わっている筆者は、一定の懸念を持っています。

続きは添付書類でお読みください。

「15.08.20 クーデター考.docx」をダウンロード

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2015年5月29日 (金)

ラテンアメリカ・カリブ海地域における女性の進出

ラテンアメリカ・カリブ海諸国は、33カ国。人口は約6億2000万人。スペインの旧植民地諸国(メキシコ、アルゼンチン、キューバなど)・ポルトガル(ブラジル)と、カリブ海のイギリス(ジャマイカなど)、フランス(ハイチ)、オランダ(スリナム)の旧植民地諸国からなっています。白人系の住民の他に、約1億人のアフリカ系住民、5000万人の先住民が住んでいます。カリブ海諸国の先住民はほぼ絶滅しています。

 スペイン・ポルトガル植民地から独立した国々では、歴史的に旧宗主国の文化を引き継ぎ、マチスモ呼ばれる男性優位主義の考え方が社会の中に深く根をおろしています。女性、黒人、先住民は差別に苦しみ、中でも女性は二重の差別を受ける複雑な問題があります。

続きは、添付のPDFをお読みください。「15.05.29 ラテンアメリカにおける女性の進出.pdf」をダウンロード


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2015年1月31日 (土)

中南アメリカ (世界地名大事典)、刊行される

中南アメリカ (世界地名大事典) が、昨年12月に発売されました。
山田 睦男 (編集)、中川 文雄 (編集)、松本 栄次 (編集)

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大型本: 1396ページ
出版社: 朝倉書店 (2014/12/9)
言語: 日本語
ISBN-10: 4254168993

本書は、メキシコからアルゼンチンまで、カリブ海諸国も含む、中南米33カ国の国名、県名、都市名、地理を1,396ページ、4,400項目にわたり、詳細に説明した画期的な大辞典です。
価格は、48,000円+税で、高いとも言えますが、各国とも一流の研究者が執筆した信頼性の高い内容です。考えようによっては、48,000円で中南米33カ国を知的にいつでも訪問できるわけで、旅行費に較べれば安いとも言えます。
キューバ編は、百数十項目を新藤通弘氏が執筆しています。
例えば、コントラマエストレという都市があり、このように説明されています。

コントラマエストレ(基礎行政区・市)Contramaestre
人口105,768(’10)■サンティアゴデクーバ県の北西部にある基礎行政区。同名の市が、基礎行政区の区都。カウト平野に位置している。区内をコントラマエストレ川が流れている。1976年の行政区分改革によりパルマソリアーノとヒグアニ基礎行政区から分離して生まれた市。面積は611㎢。
地名の由来は、近くに流れるカウト川よりも小さい川という意味で、市内を流れる川をコントラマエストレ(二番目の)川と名付けられたことと、この川が西部に流れず、シエラマエストラ山脈に遠ざかるように流れていることから、コントラマエストレと呼ばれるようになったといわれている説の2説ある。
この地一帯は1510年からスペイン人による植民がはじまった。以前は、先住民のインディオが居住していた。この行政区にあるバイレ、マイエ、マイビオなどは先住民が使用していた地名である。行政区一帯は、植民地時代、黒人奴隷は人口の6%しか占めず、多くは独立自営農民であった。19世紀後半、これらの自営農民は、スペインからの独立をめざし、独立運動を開始した。
主要な産業は、農業と牧畜で、主に柑橘類、コーヒー、サトウキビが栽培されている。養蜂も行われている。コーヒーは良質で、輸出されている。
【20.18N,76.13W】              【新藤通弘】

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2014年12月31日 (水)

ラテンアメリカにおける小林多喜二

ラテンアメリカにおける小林多喜二

小林多喜二の本の最初のスペイン語訳は、1983年にキューバのウラカン社から出版された、『蟹工船』です。中にはやはり多喜二の傑作『不在地主』も納められています。しかし、原本の書名、発行所も、著作権取得の表示もありません。米国の経済封鎖で米国とキューバの間には著作権協定がないからです。内容を見ると、フランク・モトフジという人による日本のプロレタリア文学について、実に詳細で正確な序文が34ページも掲載されています。読者にとって親切な編集です。続きは添付のPDFをお読みください。
「14.12.30 ラテンアメリカにおける小林多喜二.docx」をダウンロード

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2014年7月 2日 (水)

コスタリカ新政権1か月

コスタリカについての近況が、菅原啓さんにより、素晴らしいレポートで紹介されました。

しんぶん「赤旗」2014年6月24日掲載 掲載写真割愛

4月の大統領選で保守・中道右派の二大政党の支配に反対する新興政党市民行動党(PAC)のルイス・ソリス大統領を誕生させた中米コスタリカ。新政権発足(5月8日)から1ヵ月の首都サンホセを訪ね、政権交代の背景や今後の課題と展望を探りました。             (サンホセ=菅原啓)

コスタリカ新政権1か月
貧困克服に市民期待

 「期待したのは何より汚職の一掃、生活向上だ」-ソリス氏に投票したという公務員のアルペルトーサラスさん(59)はいいます。
 サンホセ中心街を歩くと、軒先で寝ているホームレスや物ごいの姿が目立ちます。1949年の憲法で常備軍の廃止を決め、軍事予算を教育・福祉に回してきたというコスタリカ。確かに国民の生活水準は、内戦で苦しんできた周辺の中米諸国よりは高いものの、都市部での貧困は十数年前に訪れたときと比べて、目に見えて深刻化しています。
 
過去30年間で失業率が最悪
 失業率は2000年の5%から上昇傾向が止まらず現在10%。過去30年間で最悪と報じられています。政府発表の貧困層の割合は約25%。労働者の半数は最低賃金以下の給与しか得ておらず、実際の貧困率はさらに高いといわれています。
 ソリス氏勝利の背景は、悪化する生活条件と前政権与党・国民解放党(PLN)がからむ汚職への国民の拒否反応でした。
 2月に実施された大統領選第1回投票では、変革を求める国民の世論を背景に、左派政党拡大戦線党(PFA)も17%の得票と善戦。PFAは同時に実施された議会(1院制57議席)選挙でも1議席から9議席に躍進しました。
 選挙前の世論調査で一時はトップに立った同党の元大統領候補ビジャルタ氏は、「選挙
結果は左翼勢力にとって歴史的な勝利。とりわけ二大政党状況が崩れたことが重要だ」と指摘します。
 政治評論家らは、最終盤でビジャルタ候補支持票がソリス候補に流れたと分析。元共産党員らが所属するPFAに対し、「PFAが勝利したら外国企業が撤退し、雇用が失われる」などとマスコミが反共・反左翼宣伝を展開したことが影響したとみています。
 
見直しを公約 自由貿易協定
 大統領選で勝ったPACですが、国会議員選では13議席にとどまり、過半数に遠く及びません。同党はPFAや保守政党などと個別に協力協定を結び、課題ごとに政策を進める方針です。
 こうした議会情勢からみて、ソリス政権が選挙公約を実践できるのか疑問視する声もあります。特に、ソリス氏が見直しを公約した自由貿易協定の問題が注目されています。
 コスタリカは、米国と中米諸国の自由貿易協定(CAFTA、08年発効)に加盟しています。しかし、米国や多国籍企業の利益を優先し、自国の伝統産業を破壊するとの懸念から、07年には大規模な反対闘争が起きました。
 与党PACの幹部にはCAFTA反対運動の先頭に立っていた人も多いといいます。
 自由貿易協定反対の運動を続ける市民団体「左派代案運動」(MAIZ=トウモロコシの意味)の幹部ロシオ・アルファロさんは「ソリス氏を勝利させたのは、CAFTA反対運動と国民の世論だ。新たな自由貿易協定を結ばないよういっそう運動を広めるつもりだ」と語気を強めました。
 1ヵ月間のスト闘争のすえ、遅延していた給与支払いを教育省に認めさせた中等教育教員迎合(APSE)のアナ・ゴンサレス議長はいいます。
 「契約教員の拡大など教育の民営化を許さない。自由貿易協定などさまざまな課題で、ソリス政権が公約を誠実に実行するよう圧力を掛けていく。それが選挙結果を生かす唯一の方法だ」


 コスタリカの左派政党・拡大戦線党(PFA)の経済政策顧問で経済学者のセルヒオ・レウベン氏(コスタリカ国立大学元教授)に、同国経済の問題点とソリス新政権の経済政策について聞きました。
     (サンホセ=菅原啓 写真も)

経済学者(コスタリカ国立大学元教授)
 セルヒオ・ レウベン氏に聞く
 国民生活本位ヘの転換を

コスタリカで現在実施されている開発モデルは、新自由主義政策と結びついたものだ。
 コスタリカには、1970年代まで約30年間続いた社会民主主義的なモデルがあったが、これが新自由主義導入で修正されてきた。市場が中心に置かれ、主人公になった。多国籍企業、とりわけ米系企業の支配確立につながった。
 コスタリカでは電力公社などさまざまな政府機関を通じて行われてきた。国民の不平等を解決するためには、このモデルが今でも有効だ。
 米国と中米諸国との自由貿易協定(CAFTA)は、新自由主義プロジェクトの集大成だった。賛否を問う国民投票では、わずか2㌽の差で賛成が上回り、当時のアリアス政権が署名・批准にこぎつけた。これで社会民主主義的な政策が完全に変質し、資本の支配が貫かれることになった。
 それまでコスタリカは平等な国だという権威があっだのに、不平等が急速に広がった。多国籍企業が国の経済を牛耳る事態となっている。これに対して国民の不満が高まり、今回の市民行動党(PAC)の勝利につながったといえる。
 ただ、PACは勝利したものの、モデルの転換をどうやるのか明確になっていない。
 拡大戦線党(PFA)は、革命的社会主義的な方向性を持っている。国民はモデルの転換を望んで、PACに投票した。PFAが勝利できなかった理由は、国民が別のモデルを望んだものの、極端なモデルを望まなかった結果だ。
 新自由主義から国民生活本位のモデルヘの転換には、大企業寄りの政策を減らし、中小企業を支援することが重要だ。経済で中央・地方の政府機関が中心的役割を果たして、改革を進めることが求められている。

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2014年6月17日 (火)

平和への探求を選択したコロンビア国民

平和への探求を選択したコロンビア国民

15日、コロンビアで大統領選挙の決選投票が行われ、現職のフアン・マヌエル・サントス氏が、781万票(得票率50.95%)を獲得し、対立候補の右派のオスカル・イバン・スルアガ氏に6ポイント、90万票の差を付けて再選されました。

続きは、添付のPDFをお読みください。
「14.06.16 平和への探求を選択したコロンビア国民.pdf」をダウンロード

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2014年2月 3日 (月)

中米における二つの大統領選挙

中米における二つの大統領選挙

2月2日の日曜日、中米の二か国、エルサルバドルとコスタリカで、大統領選挙が行われ、対照的な結果を残しました。エルサルバドルは人口約620万人、有権者数約495万人で、投票率は50%余、コスタリカは人口約480万人、有権者数約306万人で、投票率は61%でした。エルサルバドルは、海外に約300万人、その内250万人が米国に居住しており、実際の投票率に表れない問題があります。コスタリカの投票率61%は、史上最低で、国民の政治への無関心が問題とされています。
続きは、添付のPDFをお読みください。
「14.02.03 中米の二つの大統領選挙.pdf」をダウンロード

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2014年2月 1日 (土)

清貧大統領ペペ・ムヒカ

清貧大統領ペペ・ムヒカ

ウルグアイのホセ・ムヒカ大統領は、1972年に敗北したツパマロス民族解放運動(MLN)の指導者でしたが、1985年に釈放後政治活動に転じ、2010年左翼の拡大戦線のタバレ・バスケス大統領の後継者として大統領に選出されました。その誠実な政治態度と質朴な生活ぶりから、国民から「ペペ」と呼ばれ、慕われています。

続きは、添付のPDFをお読みください。
「14.02.01 清貧大統領ペペ・ムヒカ.pdf」をダウンロード


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