カテゴリー「外交」の記事

2017年10月 3日 (火)

滑稽な相互主義

滑稽な相互主義

米国紙によれば、3日までに米国は、在米キューバ大使館要員を3分の2追放するとのことです。理由は、「音響攻撃」(以前は音響事件と呼んでいましたが)は、キューバ側の責任であり、在キューバ米国大使館要員を60%減員することになったので、それに対抗するものと報じています。しかし、在キューバ米大使館の要員削減は、キューバ側が要求したものではなく、米国側が「音響攻撃」の責任はキューバ側にあるという仮説から、一方的に決定した米国側の政策です。どこに相互主義があるのか、理解に苦しむところです。

すでに、米政府は、先月29日にこの件に関わり、米国市民のキューバへの渡航自粛を警告し、キューバ市民へのビザの発給を無期限に停止して、キューバ経済への打撃と国内の不満をかきたてようという措置を発表しています。米国大使館要員の削減と、この二つの措置の間には大きな論理の飛躍があります。今回の措置は、国際法に明らかに違反するものですし、トランプ政権は何か無理難題を矢継ぎ早にキューバ政府にふっかけているように思われます。

(2017年10月3日 新藤通弘)

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2017年9月30日 (土)

トランプ政権、再びキューバ締め付け政策を発表

トランプ政権、再びキューバ締め付け政策を発表

29日、米国のティラーソン国務長官は、声明で「キューバ政府が在キューバ大使館員の安全を保障するまで、大使館には緊急要員に限り駐在させ、大使館員を60%削減する。それに伴い、キューバ市民へのビザの発行は無期限に停止する。さらに米国市民には、キューバへの渡航を自粛するように警告する。ただし外交関係は維持する」と、発表しました。理由は、昨年末から在キューバ米国大使館員が原因不明の音響攻撃を受け、21名が難聴、めまい、頭痛、精神疾患などの病気となり、キューバ政府に対処を要求していたが、対策が取られなかったからとのことです。
続きは添付のPDFでお読みください。「17.09.30 トランプ政権、再びキューバ締め付け政策を発表.pdf」をダウンロード

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2016年1月14日 (木)

どうなる? マイヤー・ランスキーの孫によるリビエラ・ホテルの補償請求

どうなる? マイヤー・ランスキーの孫によるリビエラ・ホテルの補償請求

マイヤー・ランスキーの孫、接収ホテル・リビエラの補償を請求
マイヤー・ランスキーという名前を知っている人は多いでしょう。しかし、ホテル・リビエラの持ち主だったことを知っている人は少ないのではないでしょうか。念のために、ある日本の旅行本には、リビエラの持ち主はラッキー・ルシアーノであったと書いてありますが、これは事実に基づきません。

さらに、ゲイリー・ラポポートという人物を知っている人はほとんどいないでしょう。彼は、マイヤー・ランスキーの孫で、昨年12月、米玖間で相互の補償問題が話し合われた際に、ホテル・リビエラの請求権があるとして、名乗り出た人物です(Tampa Tribune, December 9, 2015)。

続きはPDFをお読みください。
「16.01.14 マイヤー・ランスキーの孫.pdf」をダウンロード

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2015年12月20日 (日)

米玖国交正常化交渉一年を振り返って―到達点と未解決問題

米玖国交正常化交渉一年を振り返って―到達点と未解決問題
Ⅰ 53年間断絶した国交の回復に向かって
 昨年12月17日、キューバ、米国両首脳によって61年以来断絶していた国交の回復交渉が開始されることが発表されました。
 双方の国交回復に合意した理由はこのようなものでした。

続きはPDFを見てください。

「15.12.20 米玖国交正常化交渉一年を振り返って.pdf」をダウンロード


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2015年7月 1日 (水)

キューバ・米国国交回復発表へ

キューバ・米国国交回復発表へ

AP、ロイター、BBC、CNNなどの国際通信社の報道によると、7月1日水曜日に両国の国交を回復することを発表する予定です。米国務省は米国議会に国交回復15日前に通告しなければなりませんので、実際の回復は、7月15日以降となります。ケリー国務長官は、国交回復の記念式典にキューバを訪問する予定と報道されています。キューバでは7月15日に通常国会の開催が発表されており、ラウル議長の重要な演説も予定されています。

1961年1月に米国が一方的に国交を断交して以来、54年振りの国交回復です。しかし、経済封鎖の解除、グアンタナモ基地の返還など、国交正常化にはいくつかの困難な課題が残っています。

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2015年3月 1日 (日)

国交回復に進展をみた第2回米国・キューバ交渉

国交回復に進展をみた第2回米国・キューバ交渉

2月27日、第2回米国・キューバの国交回復交渉が、米国の首都ワシントンで開催されました。前回に引き続き、米国側はロベルタ・ジェイコブソン西半球担当国務次官が代表として、キューバ側はホセフィーナ・ビダル・フェレイロ外務省米国局長が代表として会議に臨みました。会議は、双方が、「専門的で、相互尊重に基づく、建設的な雰囲気」の中で行われ、双方の代表とも、未解決の問題も少なくないが、問題解決に「前進があり」、数週間後の国交回復に「楽観的である」と表明しました。
続きは添付のPDFをお読みください。「15.03.01 国交回復に進展をみた第2回米国・キューバ交渉.pdf」をダウンロード

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2015年2月26日 (木)

侵略した側と侵略された側の記憶

侵略した側と侵略された側の記憶

2月27日から米国・キューバ国交回復交渉の第二ラウンドが始まります。先月の1月21日、22日の第一ラウンドで、双方の基本的な態度が表明されました。双方の主張から、国交回復と国交回復後の正常化の二段階の問題があり、特に国交回復後の正常化交渉は複雑で長期の過程となることが明らかとなっています。

続きは、PDFでお読みください。
「15.02.26 侵略した側と侵略された側の記憶.pdf」をダウンロード


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2015年2月14日 (土)

米・キューバ国交回復交渉開始

米・キューバ国交回復交渉開始
コペルニクス的転換を示す米国の対キューバ政策

昨年12月17日、米国のバラク・オバマ大統領、キューバのラウル・カストロ国家評議会議長は、前日16日に電話会談を行い、両政府は、国交回復交渉を進めることに合意したと発表しました。バチカンのフランシスコ法王とカナダ政府の仲介による、18か月の秘密交渉の結果でした。

続きは、添付のPDFをお読みください。

「15.02.14 米・キューバ国交回復交渉開始.pdf」をダウンロード

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2014年12月18日 (木)

米国・キューバの友好関係の確立は、何を意味するか

米国・キューバの友好関係の確立は、何を意味するか

12月17日、バラク・オバマ米国大統領、ラウル・カストロ、キューバ国家評議会議長は、前日の16日電話会談を行い、両政府は、国交回復を進めることで合意したと発表しました。1961年1月にアイゼンハワー政権が一方的に国交を断絶して以来、途絶えていた両国関係が54年ぶりに復活することになります。

続きは添付のPDFをお読みください。「14.12.18 米玖国交回復をどう見るか.pdf」をダウンロード

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2014年7月 6日 (日)

自衛隊練習艦隊のキューバ寄港

長年の友人から、このようなメールをいただきました。

「練習艦隊のキューバ寄港のニューズ、事の是非は別として練習艦「かしま」、護衛艦「あさぎり」は懐かしい名前です。
1997年7月、20年ぶりの練習艦隊のペルー訪問ということで、両艦がカヤオに寄港した際に埠頭に出迎え、歓迎のフォルクローレの舞踏団と一緒に踊りました。その様子をビデオ撮影していましたので、帰国後防衛庁にコピーを欲しいと依頼しました。
ところが、帰途ハワイ沖で「あさぎり」が実弾演習をした際に砲身抑え外さずに発射したものですから、自艦の艦首をぶち抜き、日本に戻ってそのままドック入りし、ビデオは送られてきませんでした。ハワイ沖ではその数年前、日米合同演習の対空実弾射撃で米軍の標的曳航機をバルカン砲で撃墜し、パイロットはパラシュートで脱出したので、命に別条ありませんでしたが、大問題になりました。海上自衛隊の実力はこの程度だと「米艦の護衛」などと言って米国から「小さな親切、大きな迷惑」と断れるのでは。
また、「かしま」には多くの美人士官候補生が乗艦していて、艦内見学を楽しみに乗艦しましたが、いつの間にか隠れてしまい残念でした。
シリアスな問題提起にこんなメールで失礼しました」。

(幸いにして?)実戦経験がない海上自衛隊ですが、キューバ訪問に際して、艦内見学で日本食で「おもてなし」し、ブラスバンドで心をうきうきさせ、武道実演で感嘆させても、「実力」はやはりあなどれず、戦争のプロとして、有事の際の軍事情報をちゃっかりこの際集めておこうというものでしょう。

ラテンアメリカで一番ありうるシナリオは、過去70年の歴史が教えるところでは、米国に反抗する(本当は自主的な立場)反米政権をテロ支援国家、悪の枢軸国、ごろつき国家、麻薬国家と決めつけ、その政権を打倒するために侵攻し、その国が反撃すれば、戦力の圧倒的な差から短期間ですが、「戦争」となります。そうすると米国の同盟国の日本は、集団的自衛権行使の原則からいえば、その国の敵国となるのです。米国が苦々しく思っているそれらの国とは?ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、アルゼンチン、ボリビア、エクアドル、ペルー、キューバ、ニカラグア、エルサルバドルとなります。
どのような理由にせよ、ラテンアメリカから米国を攻撃したことは一度もありません。

第二次大戦後のラテンアメリカにおけるアメリカの干渉
2012年まで14件、内、米軍の直接侵攻3件、傭兵による侵攻3件。
1954年 グアテマラのアルベンス左翼政権、CIA(米中央情報局)支援の傭兵の進入により倒壊。
1961年 キューバのカストロ政権打倒をねらい、アメリカのCIAに支援された傭兵がキューバのプラヤヒロンに侵攻するも、撃退され失敗に終わる。
1963年 英領ギアナで、マルクス主義者のチェッディ・ジェーガンが指導する人民進歩党が主導権をもって独立する動きに対し、ケネディ政権干渉し、バーンハム親米勢力が選挙で勝利する 。
1964年 ブラジルの民族主義的グラール政権、CIAの支援を受けた軍部により打倒される 。
1965年 ジョンソン政権下、ドミニカのボッシュ民族主義政権、カーマニョ大佐を指導者とする民主勢力、米軍侵攻より掣肘される。国連安保理、米州機構(OAS)は、米軍の即時撤退を要求。OASでは米軍を米州平和維持軍に交代させえる案でかろうじて過半数を獲得。チリ、エクアドル、メキシコ、ウルグアイ、ペルー反対、ベネズエラ棄権 。
1971年 ボリビアのトーレス左翼軍事政権、CIAの支援を受けた軍部クーデターにより倒壊。
1973年 チリ、アジェンデ政権、CIAと呼応したピノチェットの軍事クーデターにより倒壊。国際世論から非難される。
1983年 10月25日、グレナダのモーリス・ビショップ左翼政権、米軍侵攻により倒壊。国連で非難される。12月2日の国連総会で、108対9、棄権27で侵略軍の即時撤退が可決される。
1989年 12月20日、パナマ民族主義政権、米軍侵攻により倒壊。国連で非難される。12月20日開かれた国連総会では、米軍の軍事介入を国際法違反として、米軍の即時介入停止、撤退を要求した決議が、賛成75、反対20、棄権40の圧倒的大差で可決された。
1990年 ニカラグア、サンディニスタ政権、CIAの傭兵コントラとの長期干渉戦争により経済が疲弊し、選挙で敗北、下野する。アメリカの干渉ハーグ国際法廷で非難され、全面敗訴する。86年10月、ニカラグア、安保理事会にアメリカの干渉を提訴し国際法の遵守を訴えるも、米国一国反対し、拒否権発動。86年11月3日、国連総会で、コントラへの援助の中止緊急決議、賛成94、反対米国、イスラエル、エルサルバドルの3カ国、棄権47の圧倒的大差で可決。
2002年 ベネズエラ、チャベス左翼民族主義政権に対し、アメリカが支援したクーデター勃発するも失敗に終わる。
2009年 ホンジュラスで、国内の寡頭制勢力、軍部に自主的な立場をとるセラヤ大統領を放逐させ、国外に追放。
2010年 エクアドルの国家警察、ルシオ・グティエレス元大統領を扇動し、コレア大統領を一時軟禁。
2011年 ボリビアの「イシボロ・セクレ国立公園先住民領域」(TIPNIS)の保存事件。
2012年 パラグアイで、大土地所有者と提携し、ルーゴ大統領を弾劾、失職させる。

【ハイチ番外編】
1994年 9月18日 クリントン政権、カーター特使団をハイチに派遣、同特使団とセドラ将軍は、アリスティッド復帰、国連軍、米軍の上陸で合意に達する。しかし、セドラ、退任日を明確にせず、午後6時、クリントン、業を煮やし、ハイチ侵攻を指令。9月19日 米国ハイチに無血上陸、2万人の米兵。
 2004年2月29日 米軍、大統領府に入り、アリスティッドを連行し、国務省さしまわしの飛行機で中央アフリカに。国連安保理事会が軍隊の派遣を討議するために開催されたとき、すでに200名の海兵隊が派遣されていた。

(2014年7月6日 新藤通弘)

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