カテゴリー「外交」の記事

2016年1月14日 (木)

どうなる? マイヤー・ランスキーの孫によるリビエラ・ホテルの補償請求

どうなる? マイヤー・ランスキーの孫によるリビエラ・ホテルの補償請求

マイヤー・ランスキーの孫、接収ホテル・リビエラの補償を請求
マイヤー・ランスキーという名前を知っている人は多いでしょう。しかし、ホテル・リビエラの持ち主だったことを知っている人は少ないのではないでしょうか。念のために、ある日本の旅行本には、リビエラの持ち主はラッキー・ルシアーノであったと書いてありますが、これは事実に基づきません。

さらに、ゲイリー・ラポポートという人物を知っている人はほとんどいないでしょう。彼は、マイヤー・ランスキーの孫で、昨年12月、米玖間で相互の補償問題が話し合われた際に、ホテル・リビエラの請求権があるとして、名乗り出た人物です(Tampa Tribune, December 9, 2015)。

続きはPDFをお読みください。
「16.01.14 マイヤー・ランスキーの孫.pdf」をダウンロード

|

2015年12月20日 (日)

米玖国交正常化交渉一年を振り返って―到達点と未解決問題

米玖国交正常化交渉一年を振り返って―到達点と未解決問題
Ⅰ 53年間断絶した国交の回復に向かって
 昨年12月17日、キューバ、米国両首脳によって61年以来断絶していた国交の回復交渉が開始されることが発表されました。
 双方の国交回復に合意した理由はこのようなものでした。

続きはPDFを見てください。

「15.12.20 米玖国交正常化交渉一年を振り返って.pdf」をダウンロード


|

2015年7月 1日 (水)

キューバ・米国国交回復発表へ

キューバ・米国国交回復発表へ

AP、ロイター、BBC、CNNなどの国際通信社の報道によると、7月1日水曜日に両国の国交を回復することを発表する予定です。米国務省は米国議会に国交回復15日前に通告しなければなりませんので、実際の回復は、7月15日以降となります。ケリー国務長官は、国交回復の記念式典にキューバを訪問する予定と報道されています。キューバでは7月15日に通常国会の開催が発表されており、ラウル議長の重要な演説も予定されています。

1961年1月に米国が一方的に国交を断交して以来、54年振りの国交回復です。しかし、経済封鎖の解除、グアンタナモ基地の返還など、国交正常化にはいくつかの困難な課題が残っています。

|

2015年3月 1日 (日)

国交回復に進展をみた第2回米国・キューバ交渉

国交回復に進展をみた第2回米国・キューバ交渉

2月27日、第2回米国・キューバの国交回復交渉が、米国の首都ワシントンで開催されました。前回に引き続き、米国側はロベルタ・ジェイコブソン西半球担当国務次官が代表として、キューバ側はホセフィーナ・ビダル・フェレイロ外務省米国局長が代表として会議に臨みました。会議は、双方が、「専門的で、相互尊重に基づく、建設的な雰囲気」の中で行われ、双方の代表とも、未解決の問題も少なくないが、問題解決に「前進があり」、数週間後の国交回復に「楽観的である」と表明しました。
続きは添付のPDFをお読みください。「15.03.01 国交回復に進展をみた第2回米国・キューバ交渉.pdf」をダウンロード

|

2015年2月26日 (木)

侵略した側と侵略された側の記憶

侵略した側と侵略された側の記憶

2月27日から米国・キューバ国交回復交渉の第二ラウンドが始まります。先月の1月21日、22日の第一ラウンドで、双方の基本的な態度が表明されました。双方の主張から、国交回復と国交回復後の正常化の二段階の問題があり、特に国交回復後の正常化交渉は複雑で長期の過程となることが明らかとなっています。

続きは、PDFでお読みください。
「15.02.26 侵略した側と侵略された側の記憶.pdf」をダウンロード


|

2015年2月14日 (土)

米・キューバ国交回復交渉開始

米・キューバ国交回復交渉開始
コペルニクス的転換を示す米国の対キューバ政策

昨年12月17日、米国のバラク・オバマ大統領、キューバのラウル・カストロ国家評議会議長は、前日16日に電話会談を行い、両政府は、国交回復交渉を進めることに合意したと発表しました。バチカンのフランシスコ法王とカナダ政府の仲介による、18か月の秘密交渉の結果でした。

続きは、添付のPDFをお読みください。

「15.02.14 米・キューバ国交回復交渉開始.pdf」をダウンロード

|

2014年12月18日 (木)

米国・キューバの友好関係の確立は、何を意味するか

米国・キューバの友好関係の確立は、何を意味するか

12月17日、バラク・オバマ米国大統領、ラウル・カストロ、キューバ国家評議会議長は、前日の16日電話会談を行い、両政府は、国交回復を進めることで合意したと発表しました。1961年1月にアイゼンハワー政権が一方的に国交を断絶して以来、途絶えていた両国関係が54年ぶりに復活することになります。

続きは添付のPDFをお読みください。「14.12.18 米玖国交回復をどう見るか.pdf」をダウンロード

|

2014年7月 6日 (日)

自衛隊練習艦隊のキューバ寄港

長年の友人から、このようなメールをいただきました。

「練習艦隊のキューバ寄港のニューズ、事の是非は別として練習艦「かしま」、護衛艦「あさぎり」は懐かしい名前です。
1997年7月、20年ぶりの練習艦隊のペルー訪問ということで、両艦がカヤオに寄港した際に埠頭に出迎え、歓迎のフォルクローレの舞踏団と一緒に踊りました。その様子をビデオ撮影していましたので、帰国後防衛庁にコピーを欲しいと依頼しました。
ところが、帰途ハワイ沖で「あさぎり」が実弾演習をした際に砲身抑え外さずに発射したものですから、自艦の艦首をぶち抜き、日本に戻ってそのままドック入りし、ビデオは送られてきませんでした。ハワイ沖ではその数年前、日米合同演習の対空実弾射撃で米軍の標的曳航機をバルカン砲で撃墜し、パイロットはパラシュートで脱出したので、命に別条ありませんでしたが、大問題になりました。海上自衛隊の実力はこの程度だと「米艦の護衛」などと言って米国から「小さな親切、大きな迷惑」と断れるのでは。
また、「かしま」には多くの美人士官候補生が乗艦していて、艦内見学を楽しみに乗艦しましたが、いつの間にか隠れてしまい残念でした。
シリアスな問題提起にこんなメールで失礼しました」。

(幸いにして?)実戦経験がない海上自衛隊ですが、キューバ訪問に際して、艦内見学で日本食で「おもてなし」し、ブラスバンドで心をうきうきさせ、武道実演で感嘆させても、「実力」はやはりあなどれず、戦争のプロとして、有事の際の軍事情報をちゃっかりこの際集めておこうというものでしょう。

ラテンアメリカで一番ありうるシナリオは、過去70年の歴史が教えるところでは、米国に反抗する(本当は自主的な立場)反米政権をテロ支援国家、悪の枢軸国、ごろつき国家、麻薬国家と決めつけ、その政権を打倒するために侵攻し、その国が反撃すれば、戦力の圧倒的な差から短期間ですが、「戦争」となります。そうすると米国の同盟国の日本は、集団的自衛権行使の原則からいえば、その国の敵国となるのです。米国が苦々しく思っているそれらの国とは?ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、アルゼンチン、ボリビア、エクアドル、ペルー、キューバ、ニカラグア、エルサルバドルとなります。
どのような理由にせよ、ラテンアメリカから米国を攻撃したことは一度もありません。

第二次大戦後のラテンアメリカにおけるアメリカの干渉
2012年まで14件、内、米軍の直接侵攻3件、傭兵による侵攻3件。
1954年 グアテマラのアルベンス左翼政権、CIA(米中央情報局)支援の傭兵の進入により倒壊。
1961年 キューバのカストロ政権打倒をねらい、アメリカのCIAに支援された傭兵がキューバのプラヤヒロンに侵攻するも、撃退され失敗に終わる。
1963年 英領ギアナで、マルクス主義者のチェッディ・ジェーガンが指導する人民進歩党が主導権をもって独立する動きに対し、ケネディ政権干渉し、バーンハム親米勢力が選挙で勝利する 。
1964年 ブラジルの民族主義的グラール政権、CIAの支援を受けた軍部により打倒される 。
1965年 ジョンソン政権下、ドミニカのボッシュ民族主義政権、カーマニョ大佐を指導者とする民主勢力、米軍侵攻より掣肘される。国連安保理、米州機構(OAS)は、米軍の即時撤退を要求。OASでは米軍を米州平和維持軍に交代させえる案でかろうじて過半数を獲得。チリ、エクアドル、メキシコ、ウルグアイ、ペルー反対、ベネズエラ棄権 。
1971年 ボリビアのトーレス左翼軍事政権、CIAの支援を受けた軍部クーデターにより倒壊。
1973年 チリ、アジェンデ政権、CIAと呼応したピノチェットの軍事クーデターにより倒壊。国際世論から非難される。
1983年 10月25日、グレナダのモーリス・ビショップ左翼政権、米軍侵攻により倒壊。国連で非難される。12月2日の国連総会で、108対9、棄権27で侵略軍の即時撤退が可決される。
1989年 12月20日、パナマ民族主義政権、米軍侵攻により倒壊。国連で非難される。12月20日開かれた国連総会では、米軍の軍事介入を国際法違反として、米軍の即時介入停止、撤退を要求した決議が、賛成75、反対20、棄権40の圧倒的大差で可決された。
1990年 ニカラグア、サンディニスタ政権、CIAの傭兵コントラとの長期干渉戦争により経済が疲弊し、選挙で敗北、下野する。アメリカの干渉ハーグ国際法廷で非難され、全面敗訴する。86年10月、ニカラグア、安保理事会にアメリカの干渉を提訴し国際法の遵守を訴えるも、米国一国反対し、拒否権発動。86年11月3日、国連総会で、コントラへの援助の中止緊急決議、賛成94、反対米国、イスラエル、エルサルバドルの3カ国、棄権47の圧倒的大差で可決。
2002年 ベネズエラ、チャベス左翼民族主義政権に対し、アメリカが支援したクーデター勃発するも失敗に終わる。
2009年 ホンジュラスで、国内の寡頭制勢力、軍部に自主的な立場をとるセラヤ大統領を放逐させ、国外に追放。
2010年 エクアドルの国家警察、ルシオ・グティエレス元大統領を扇動し、コレア大統領を一時軟禁。
2011年 ボリビアの「イシボロ・セクレ国立公園先住民領域」(TIPNIS)の保存事件。
2012年 パラグアイで、大土地所有者と提携し、ルーゴ大統領を弾劾、失職させる。

【ハイチ番外編】
1994年 9月18日 クリントン政権、カーター特使団をハイチに派遣、同特使団とセドラ将軍は、アリスティッド復帰、国連軍、米軍の上陸で合意に達する。しかし、セドラ、退任日を明確にせず、午後6時、クリントン、業を煮やし、ハイチ侵攻を指令。9月19日 米国ハイチに無血上陸、2万人の米兵。
 2004年2月29日 米軍、大統領府に入り、アリスティッドを連行し、国務省さしまわしの飛行機で中央アフリカに。国連安保理事会が軍隊の派遣を討議するために開催されたとき、すでに200名の海兵隊が派遣されていた。

(2014年7月6日 新藤通弘)

|

2014年7月 5日 (土)

自衛艦隊のキューバ親善訪問

支倉常長、遣欧使節キューバ到着400年を記念して、自衛隊の練習艦「かしま」(4000トン)、「せとゆき」(2950トン)、護衛艦「あさぎり」(3500トン)が7月5日キューバを親善寄港します。日本とキューバの友好が一層深まると、素朴に受け止める人は幸せです。2隻の練習艦はもとより護衛艦は、最新装備の「軍艦」なのです。キューバ訪問がどういう「練習」になるのでしょうか。キューバの海岸の防衛能力は丸裸となるでしょう。

想い出されるのは、昨年9月のこのニュースです。

13.09.20朝日新聞朝刊
自衛隊「地球の裏側」にも 集団的自衛権で官房副長官補
 安倍政権で安全保障政策と危機管理を担当する高見沢将林(のぶしげ)・官房副長官補は19日の自民党の安保関係合同部会で、集団的自衛権の行使が認められた場合の自衛隊の活動範囲について「『絶対、地球の裏側に行きません』という性格のものではない」と述べ、日本周辺以外での武力行使の可能性を示した。
 高見沢氏は、自民党議員が「(集団的自衛権で自衛隊が)地球の裏側に行って戦争をするのか」と質問したのに対し、「日本の防衛を考えていくとき、地球の裏側であれば(日本は)全く関係ない、ということは一概には言えない」と述べ、内閣の判断によって遠隔地で集団的自衛権を行使する可能性に言及。一方で「米国が行くから全部そこについて行くわけではない」とも述べた。

そして、つい2日前、この高見沢氏が、集団的自衛権行使容認に踏み切った安倍内閣の法整備担当の責任者に選ばれています。

14.07.02 朝日新聞
集団的自衛権行使、関連法案準備へ NSCに担当チーム
 政府は、集団的自衛権の行使を認める閣議決定を踏まえ、関連法案の制定を準備する30人規模の担当チームを、国家安全保障会議(日本版NSC)事務局の「国家安全保障局」に作り、作業を始めた。設置は1日付。
 チームは内閣官房副長官補で同局次長を兼ねる外務省出身の兼原信克氏、防衛省出身の高見沢将林(のぶしげ)氏を筆頭に、武力攻撃事態への対処についての法改正などを検討する班と関係省庁との調整をする班からなる。

「密接な関係の他国(米国)に武力攻撃が発生し」という「新3要件」によれば、キューバは日本の敵国となるではありませんか。どうしても親善訪問と私には素朴に喜べないのです。

|

2013年12月23日 (月)

一つの握手、米玖関係を改善か?

一つの握手、米玖関係を改善か?

12月10日、南アフリカ共和国のヨハネスブルグで、アパルトヘイト、人種差別との戦いに生涯をささげた、ネルソン・マンデラ元南ア大統領の追悼式が挙行されました。式には世界各国から100人近い首脳級が参列しました。その中で、米国のオバマ大統領、キューバのラウル・カストロ議長、ブラジルのルセフ大統領ほか、中国、インド、ナミビアの6か国の首脳が代表して弔辞を述べました。

追悼式で両首脳握手
ところが、追悼式の際、国交のない米国とキューバの元首、オバマ大統領とラウル議長が、初めて握手する場面が生じました。1961年に両国の国交が断絶した後、首脳が握手をしたのは、2000年9月国連のミレニアム首脳会議の昼食会で、クリントン大統領とフィデル・カストロ議長が握手をしたのが初めてで、それ以後は、公式の挨拶はありませんでした。

続きは添付のPDFをお読みください。

「13.12.21 一つの握手、米玖関係を改善か?.pdf」をダウンロード

|

より以前の記事一覧