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2011年10月

2011年10月26日 (水)

国連総会で米国の経済封鎖解除決議、圧倒的な大差で採択(訂正版)

昨日10月25日、第66回国連総会で、決議案A/66/ L 4、「米国の対キューバ経済・通商・金融禁輸措置を解除する必要性」が、賛成186カ国、反対2国(米国、イスラエル)、棄権3カ国(マーシャル諸島、ミクロネシア、パラオ)、欠席2カ国(リビア、スウェーデン)という圧倒的大差で採択されました。国連加盟国193カ国の96.4%が賛成しました。

これで、米国の不当ないわゆる「対キューバ経済封鎖」政策は、20年連続して国際社会の圧倒的な意見で解除が要求されたことになります。この決議の採択において、国際社会は、「ほぼ満場一致」で米国の対キューバ経済封鎖が、国連憲章、国際法、民族自決権、内部問題不干渉、国内政策の域外適用、自由貿易に反するものとして、それを厳しく批判しました。

キューバ政府は、1962年からの49年にのぼる経済封鎖により累積損害は1,040億ドル(時価評価額9,750億ドル)に達し、経済発展の大きな障害になっていると報告しています。

米国の経済封鎖政策の中でも、米国農産物の対キューバ輸出は、2008年度7億1,000万ドルに達し(2010年には3億6,600万ドルでしたが、依然として重要な輸入国です)、米国は、キューバにとって第5位の輸入相手国となっています。また、米国人、米国在住の里帰りキューバ人は、2010年40万人に上りました。歴史的、地理的関係からも、米国の経済封鎖の解除は、双方にとって利益のあることです。

オバマ政権は、本年1月にキューバへの学術、文化交流の拡大、すべての米国人の送金額枠の拡大、キューバへのチャーター機の使用の拡大など、封鎖条件を一部緩和しましたが、依然として、海外銀行が米ドルを使用してキューバと取引をしたとして、制裁金を課したりしています。一方、一層の経済封鎖の解除に向かう条件として、キューバ政府に政治囚の釈放を要求しています。しかし、一方的に経済封鎖をしておいて、それを緩和したから、今度はキューバ側が国内政策を変更すべきだという主張は内政干渉であり、キューバ側は到底受けられるものではありません。両国の関係改善は、無条件、対等、平等、互恵、内部問題不干渉という国際社会で広く認められている原則に基づいた交渉においてこそ可能です。オバマ政権は、そうした原則を認めてこそ、対等のパートナー・シップが可能となるものです。

米国は、一方で、TPPを日本に押し付け、「自由貿易」を強要していますが、このキューバ経済封鎖政策とは矛盾するのではないでしょうか。しかし、両方とも、自国の利益を優先して、覇権主義的にその政策を押しつける原則ですから、それなりに論理は一貫しているともいえるでしょうか。

やはり、貿易は、平和、自由、対等、平等、互恵、相互補完という原則において行われるべきでしょう。

(2011年10月26日 新藤通弘)

「11.10.25 国連総会における米国経済封鎖解除決議投票結果1992-2011.pdf」をダウンロード


「11.10. 11 経済封鎖解除国連決議全文.pdf」をダウンロード

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2011年10月24日 (月)

キューバ世界遺産テレビ放送予定のご案内

テレビ放送予定のご案内

10月29日(土)、午後17:29(午後5時29分)から18:00(午後6時)まで30分間、BS-TBSチャンネルで、「THE世界遺産3D GRAND TOUR、ハバナ旧市街とその要塞群(キューバ)」が放映されます。今年撮影された新しいバージョンで、世界遺産である旧市街の要塞群だけでなく、旧市街のいろいろな観光地も紹介されている楽しい番組となっています。小生も監修で協力しました。是非、ご覧ください。

新藤通弘

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2011年10月23日 (日)

キューバ史初級入門試験問題と解答

キューバ史初級入門試験問題と解答

あるところの機関紙で、このような記事を見ました。博識を駆使した形で、さもありなんと思われることが縷々書いてあります。「次号に続く」と書いてありますので、大変な労作のようで、その努力には敬服します。執筆者は、キューバ通の方で、ある旅行社のキューバ紹介講座として講演したものです。キューバ史概説として、話されたものではありませんが、今回は、原始社会から、植民地社会を述べていますので、キューバ史概説の知識を試す、良い材料と考える次第です。さて、あなたは、この文章の中にいくつの間違いを見つけることができますか。

まずは、以下に、原文をそのまま引用しましたので、読んでみましょう。

[原文]
1492年10月28日 キューバに到達したコロンブスが、「人間の目が見たもっとも美しい土地」と言ったとされる緑したたる島には、当時、植物採取、狩猟、漁労で暮らしていたタイノ族とシボネイ族がいた。ここでヨーロッパとアメリカの出会いが始まった。

1511年8月15日 キューバで最初の都市のバラコアの建設。今年500年記念行事が盛大に行われ、グアンタナモーバラコア観光の紹介も行われ、ヨーロッパとアメリカの2つの文化が出会い、キューバの歴史と文化の出発点となったバラコアを文化、歴史、自然世界遺産の指定をめざすことになった。

1512年2月2日 命をかけてスペイン征服者にたいする最初の抵抗運動を組織する栄光を担い、火あぶりの刑で犠牲となり、キューバの自由のための戦いの先駆者となったタイノ族の首長Hatuey(アトゥウェイ)の言葉として、Bartolomé de Las Casas(バルトロメ・デ・ラス・カサス)は次のように書き残している。金と宝石の入ったかごを見せながら「これがスペイン人たちの崇拝する神なのだ。このために争い殺し、われわれを迫害している。だから、われわれはこんなものは海に投げ捨てなければならない…圧政者たちは平和と平等の神を崇拝していると口では言うが、われわれの土地を強奪し、われわれを奴隷にしているのである。かれらは不滅の魂、その償いと永遠の罰について語るが、われわれの所有物を盗み、妻たちをたぶらかし、娘たちを犯している。勇気では、われわれに太刀打ちできないので、この卑怯者たちは、われわれの武器では破れない鉄製の鎧をまとっているのである。」また、処刑の前に、天国へ昇るためキリスト教になりたいかと問われ、「そこにいる白人たちも天国へ行くのか」と言い、そうだと聞かされると、「その人たちが行くところなど、私は行きたくない。」先住民たちはその後の100年のあいだに絶滅させられた(スペイン語の読み方は原文になし)。

1500年代の前半は強制労働による集中的な金鉱山での採掘が行われたが、1540〜50年ころには、金鉱脈が枯渇し、強制労働と病気のため先住民が絶滅となり、アフリカからの奴隷労働に頼ることになる。1492年から1870年の間に、キューバへ輸出された奴隷の人数は702,000人といわれている。

1515年 ディエゴ ベラスケス総督のもとでハバナの建設が始まった。こうしてその後の388年間にわたるスペインの植民地支配が続くことになる。砂糖、コーヒー、タバコをヨーロッパへ、その後米国へも。

1762年 ヨーロッパの多くの国々を巻き込んだ7年戦争(1756−63)のなかでイギリスがスペインに宣戦布告し、6月6日には約200隻の船と14,000人の兵士がハバナ沖に集結し、モロ城塞を攻撃、ハバナを砲撃し、イギリスがキューバを約11ヶ月間占領し、この間にキューバにたいしすべての国々との交易を許可した。その後パリ条約で英がキューバとフィリピンを返還しスペインが支配を回復し、仏領ルイジアナも獲得したが、フロリダ(現在のフロリダ州、ジョージア州とアラバマ州の南部、ルイジアナ州の南東部とその他メキシコ湾北岸地域)を失った。

スペイン ポルトガル戦争(1761−63)のなかでスペインのポルトガル侵略(1762年5月9日から11月24日)、英仏間で1763年2月10日パリ条約締結し7年戦争終結で、北米、西インド諸島、インドにおけるヨーロッパ各国の植民地の帰属が再編され、仏はインドからほぼ全面的に撤退し、北米の植民地のほとんどを失った。北米とインドでの植民地獲得競争で英の優位が決定的になった。しかし、英は多額の負債にあえぐことになり、植民地への課税に訴えるが、これが仇になりアメリカ独立戦争を引き起こすことになる。
1776年7月4日 アメリカ合衆国独立宣言
1789年 フランス革命始まる。(人権宣言、立憲君主制)アメリカ合衆国憲法発効、政府の成立。

1500年代の中頃から、キューバ総督領だったフロリダへのスペイン系キューバ人の移住が始まり、1700年代の終わりから1800年代のはじめにもスペインが支配していたルイジアナとテキサスにもキューバ人が移住した。その後、フロリダとルイジアナは1819年のアダムス オニス条約で米国領に。キューバ人の米国への移住には長い歴史がある。

以上で引用を終わりますが、この文章を、講師は、誤りを混ぜて試験をするつもりで書いたのではなく、すべて正解と思って書いたようです。

それでは、筆者が、考える間違と思われる箇所は、添付のPDFをご覧ください。
「11.10.19 キューバ史初級入門解答.pdf」をダウンロード

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2011年10月18日 (火)

ベネズエラ音楽の夕べ

情熱とやすらぎ ベネズエラ音楽の夕べ
日本アジア・アフリカ・ラテンアメリカ三多摩連絡会主催
世界で活躍する「カラカス・シンクロニカ」公演
http://www.venezuela.or.jp/images/semana-cultural-2011.pdf

―駐日ベネズエラ・ボリバル共和国が特別に招聘―

駐日ベネズエラ・ボリバル共和国大使館は、大使館主催の「ベネズエラ文化週間」の一環として、ヨーロッパや南北アメリカなど、世界で活躍するベネズエラ音楽グループ「カラカス・シンクロニカ」を招聘します。グループは、ギター、マンドリン、クラリネットによるベネズエラの伝統音楽や民族音楽に厚みを与えるために、バス、パーカッション、ボーカルを加えた6人で結成。国内外で多くの賞を受賞しています。今回がアジア初公演です。大使館のご好意で、立川で開催できることになりました。是非、この機会に情熱的で文化の香り豊かな音楽を楽しみ、友情と連帯を深めましょう。

 日時 11月11日(金)午後6時開場、6時半開演
 場所 立川市市民会館(アミューたちかわ)小ホール 〒190-0022 立川市錦町3-3-20 TEL:042-526-1311
 会費 3,000円自由席* 小学生以下2,000円
 主催 日本AALA(アジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会)三多庫連絡会

申込み:完全予約制です。
住所、氏名、連絡先電話、希望枚数(大人小学生以下を明記)記入し、郵送かFAXでお送り下さい。予約券を送付します。会費は、当日お支払い下さい。

 申し込み先
後藤ひろみ FAX 042-243-57300
三好鉱 FAX 042-543-6836
松井幸博 FAX 042-676-1997
中島荒太 Tel 042-421-3626
池上武雄 FAX 042-487-7768
小松崎榮 FAX 042-320-1091
小松崎栄 住所 〒183-O042 府中市武蔵台2-36-16

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2011年10月17日 (月)

想定外だったでは済まされないTPP交渉

想定外だったでは済まされないTPP交渉

先週の15日(土)、東京都内で、農民連、全国食健連、農民連も加入する世界最大の農民組織「ビア・カンペシーナ」の3組織の主催で、「FTA/TPPに関する国際フォーラム」が開催されました。韓国、タイ、インドネシア、日本の農民・市民団体の代表が、それぞれの国におけるFTAによる経済・国民生活の惨憺たる被害の現状を報告し、参加者は、あらためて、予測されるTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の反国民的性格を実感しました。

すべての発言者が、現在のFTA、TPPは、米国が、あるいは経済先進国が、新自由主義に基づく国際貿易ルールを自国の利益のために押し付けるものであり、各国の経済主権、法制主権、食料主権が危機に陥れる危険がある、したがって、各国で広範な国民と、また国際的な連帯を推進して、米国と多国籍企業の他国経済制覇の企図を打ち破らなくてはならないということで一致しました。

このTTPの日本への導入が、急激かつ強制的に進められているのは、次の理由からだと筆者は考えています。

続きは添付のPDFをご覧ください。「11.10.18 想定外だったでは済まされない、TPP交渉.pdf」をダウンロード


なお、本ブログ「2010年11月21日付 日本のTPP参加をどう考えるか」も、合わせてお読みいただければ幸いです。

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2011年10月16日 (日)

「参加型社会主義」に関連しての雑考

「参加型社会主義」に関連しての雑考
岡部 廣治
ある友好組織の文書で、キューバ「独自の参加型社会主義」について語られていることを知りました。しかしながら、「参加型社会主義」は魅力的な新語ですが、社会科学の用語としても、友好運動をすすめる観点からも、下記の理由から不適切と考えます。

まだ、世界に社会主義社会は現実に存在していませんが、科学的社会主義の考え方からすれば、本来、社会主義社会、すなわち経済的社会構成体としての社会主義においては、社会の全成員が、社会のすべての面での決定と、その実現過程へ平等かつ自由に、積極的に参加するのです。「自由の王国」(マルクス)においては、「自然との物質代謝を合理的に規制し、自分たちの共同の管理[全成員の参加]のもとにおく」のです。そういう科学的社会主義の創始者たちが述べている社会主義に「参加型」と「非参加型」と二つの「型」を区別することはできません。したがって、「参加型社会主義」というのは、同語反復(トートロジー)となりかねません。

私の知る限り、現在、当のキューバでも「参加型社会主義」については語られていません。少なくとも、キューバ共産党第6回大会決議のなかにも、また、キューバ共産党機関紙『グランマ』の大会についての記事のなかにも、「参加型社会主義」という語は見あたりません。大会で議論の対象とはならなかったのです。「参加型社会主義」という語は、「参加型民主主義」とならんで、魅力的な「新語」ですが、それだけに、悪用の危険もはらんでいます。たしかに、たとえば、スターリン時代のソ連や東欧諸国の社会を「社会主義」と言うならば、「参加型社会主義」という語を用いたくなります。しかし、あのソ連にみられたような社会は社会主義とは無縁のものでした。そうなると、「参加型社会主義」は、どういう社会主義に対抗する概念でしょうか。キューバで社会主義社会の建設をめざしている人びとのあいだで、「参加型社会主義」という語は使われていませんし、使われたこともありません。キューバ共産党も、この点では、理論的混乱は犯していないようです。

それにもかかわらず、二つの型を峻別して、キューバの目標とする社会を、その文書が「(キューバ)がキューバ独自の全員参加型の社会主義に向って歩みを速めることを心から期待する」と述べているように、「キューバ独自の全員参加型社会主義」と規定しては、キューバ共産党、キューバ政府自身も言っていないことを一方的に相手に期待することになり、筋違いのキューバの「美化」=「賛美」に陥ることになりはしないでしょうか。社会主義への過渡期にあるキューバをすでに「社会主義」国であるとして、「参加型社会主義」と規定することは、もちろん誤りですが、社会主義への過渡期にある社会=国は、どこであれ、市民参加を深化=強化することを不可欠な課題とするべきですし、また、しています。キューバだけが特別ではありません。そうしなければ、社会主義社会を建設できないからです。

以上のようなキューバ「特殊」論は、「有機農業のモデル」国であるとか「キューバ人の底抜けの明るさ」とか、キューバを「美化」=「賛美」する傾向と、深い関係を持つように思われます。チェ・ゲバラを「100%すばらしかった」とするのも、この一連の傾向の一環と言えましょう。チェの風貌・情熱はきわめて魅力ですが、それだけに、内政干渉(「国境を越える革命」論)、『主観主義』的、「冒険主義」的傾向などの否定的側面を正確に批判することを忘れてはなりません。

キューバ当局側の言い分を鵜呑みにすることなく、あるいは事実は存在しないのに自分たちの願望を投影して相手を描くことなく、事実・真実を(キューバの「短所」・「弱点」も含めて)、日本国民に知ってもらうようにして、はじめて、キューバ国民が社会主義への道をすすむのに真に寄与することができると思われます。また、日本での革新的変革を考える人びとに、正確な世界の現状の認識を提供することによって、今後の日本の変革の過程に大いに寄与することとなりましょう。もちろん、「独裁制」とか「非民主主義」とか「テロ支援国家」とかいう、キューバに対する誹謗=中傷には、断固として、反駁する必要があります。その反駁のためにも、「キューバ、よいとこ」式の「仲良しクラブ」的感覚では、太刀打ちできないのではないでしょうか。

さて、本題に戻りますが、でも、キューバには、この「参加型社会主義」という語を使いたくなる誘惑にかられる社会状況がないとは言えません。1959年1月以降、少なくとも1961年4月の「社会主義革命宣言」以降のキューバ社会は、社会主義社会建設をめざす過渡期の社会です。つまり、まだ、経済的社会構成体としての社会主義が確立されているのではありません。それゆえ、国民の社会参加は十分に実現されていません。それで、参加を深化・強化することが必要だという認識から、それを重要な課題としています。社会主義社会をめざす過程で、国民の参加を格段にすすめよう、国民が大いに参加して社会主義社会への道筋を着実に歩もうとしています。その後国民の社会参加として、地方・国会議会制度、選挙制度、職場集会、地域住民集会などの制度化が図られていきました。それは、反バチスタ独裁政権闘争において武力闘争で勝利したキューバ革命が、多数者革命として、革命を一段と推し進める過程でもありました。

キューバ共産党第6回大会での討議文書『経済社会政策路線』案を国民的討議に付するにあたり共産党機関紙『グランマ』(2010年12月1日付)に掲載された「主張」には、「決定するのは国民である」という表題が付されました。そこには、次のように書かれています。
「国の運命に参加することは、キューバ人一人ひとりの権利である。社会主義的民主主義のもっとも明確な行使であり、《革命》と、それと国民との融合とを、もっともはっきりと明快に表現するものでもある」。
また、「参加」の問題と関連すると思われるのですが、共産党内の問題について、大会で開催が決定された党全国会議招集の文書の中に、討議され、改革されるべき議題の一つとして、次のように記されています。
「党内民主主義の強化、党の活動をますますダイナミックにすること。そのために、自発性を発揮させ、官僚主義的な方式・態度、すなわち、拙速、形式主義、虚偽の全会一致、御都合主義に対決を挑むこと」。
つまり、ここでは、キューバ共産党内にも、民主主義の問題で不十分な点があるという現実を率直に指摘しているのです。

党大会で、『路線』案は、大会への「報告」によると、16万3079の集会で、延べ891万3838名が参加して、討議され、それを含めて大会で議論されました。一人が平均3回の会議に重複して参加した(党内討議、職場討議、居住地域討議)とすれば、キューバ国民(未成年、乳幼児、討議に参加できない高齢者も含めて)の10人に3人が、討議に参加したことになります。そして、案の改正にあたり取り上げられた意見は40万件にのぼりました。結果、原案の291項目中197項目に修正が加えられ、16項目はまとめられ、36項目が付け加えられて、最終的には311項目にまとめられました。しかし、このことをもってしても、一面的にキューバにおいて「参加型民主主義」(この語も「非参加型民主主義」もしくは「議会制民主主義」の対語として使用すべきではないでしょう)が発揮されたと賛美することはできません。一社会的集団である共産党の『路線』案に、職場や地域住民の非党員も参加して、国の方針として討議するというのは、一党制からくる制限をいわば苦肉の策で解決を図るものともみられます。また、職場討論集会は、強制的参加という側面があり出席率が高いのは当然ですが、地域住民討論集会(革命防衛委員会の集会)では、出席率は50%以下が多く、しかも一般住民の発言は少なく、消極的なものであったといういろいろな報道や研究者の報告があり、討論参加者の人数でもって、単純に圧倒的多数の国民が参加しての民主的討議が行われたとも言えません。

それはともかく、こうして、国民大多数の参加を得て、国家機構や国営企業の余剰人員120万人の民間部門への移転、地方分権化、基礎食料品の配給制廃止、二重通貨制の廃止、国営遊休地耕作権の農業従事者への貸与、外資や海外渡航の規制緩和など、旧来の陋習(中央集権主義的、管理主義的な経済社会運営)の廃棄とともに、医療・教育の無料制、社会的弱者への援助の維持と改善を明示した「路線」が採択されたのです。

キューバ共産党の第6回大会については、「参加型社会主義」というような主観的な空語でなく、その内容を理解して、今後、キューバが国民全体の繁栄と世界平和に向けて、正しい進路をたどっていくのを見まもっていくことが必要でしょう。

(2011年10月16日記)

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2011年10月 6日 (木)

レネ・ゴンサーレスさん、釈放へ

レネ・ゴンサーレスさん、釈放へ

1998年、米国でスパイ罪で逮捕され、15年の刑期で服役中のキューバ諜報員のレネ・ゴンサーレス・シワラートさんが、13年(85%)経過しましたので、7日(金)に釈放される予定です。

レネ・ゴンサーレスさんは、1956年シカゴ生まれで、1961年に一度キューバに帰国しましたので、米国とキューバの二重国籍をもっています。彼は、米国におけるキューバ側の諜報組織の「アビスパ・ネット」の一員として、他の4名とともに、マイアミで反キューバ過激派勢力のキューバ破壊計画を探るため諜報活動を行っていました。

そうした中で、1996年マイアミの亡命キューバ人過激派組織「エルマーノス・アル・レスカーテ(救援のための兄弟)」がキューバに航空機で侵入するとの情報を入手し、キューバ当局に通報した結果、航空機2機がキューバ軍により撃墜され、乗員4名が死亡するという事件が起きました。5名は、スパイ容疑で逮捕され、ゴンサーレスさんは、破壊謀議、外国諜報機関のエージェント隠蔽、IDカード偽造の罪で、懲役15年の判決を受け、服役しました。

ゴンサーレスさんも、他の服役中の4名、ヘラルド・エルナンデス・ノルデロ(刑期無期2期+15年)、ラモン・ラバニーニョ・サラサール(刑期30年)、フェルナンド・ゴンサーレス・ジョル(刑期18年)、アントニオ・ゲレーロ・ロドリゲス(刑期22年)とも、キューバの諜報機関のエージェントであることは認めていますので、まったくの冤罪というわけではありません。しかし、諜報活動の内容からすれば、5名とも過剰な量刑ですし、裁判も、反キューバ感情が強いマイアミで行われるという問題もありました。また拘置中も取り扱いに不当な処置があることが指摘されています。

本年9月16日、フロリダ裁判所のジョアン・レナール判事が、ゴンサーレスさんの釈放後の即時キューバ帰国を認めず、釈放後3年間米国に留まり、保護観察を受けなければならないと決定しました。一般には米国では、外国人犯罪者は、釈放後は国外追放となるのが普通ですが、ゴンサーレスさんは、米国国籍ももっていますので、米国法が適用されることになります。しかし、仮釈放後、ゴンサーレスさんが、再度即時の帰国を申請し、許可される余地は残っています。

キューバ政府は、先週、反キューバ過激派勢力が多いマイアミでは、ゴンサーレスさんの安全は保障されないので、即時に帰国を許可するようオバマ政権に要求しています。

一方、マイアミの反キューバ過激派勢力を代表する、フロリダ州選出の共和党下院議員、イレアーナ・ロス=レチネン議員(下院外交委員会委員長)は、「ゴンサーレスは、米国の敵であり、厳重な監視が必要である」と主張しています。しかし、それほど危険な人物であれば、すぐさま国外退去させた方が、米国にとって安全ではないかと、ゴンサーレスさんの弁護士は述べています。

米玖両国は、熾烈な対決の歴史の中で、双方が少なからずの諜報員を相手国や、自国内の反政府派に送りこみ、諜報活動を行っています。それぞれの国で、外国人の諜報活動をどう規制するか、処罰するかは、それぞれの国に独自の法律があり、複雑な問題です。残りの4人は、米国の国内法からすれば、無実ではありませんが、刑期的には、米国内で最早や十分刑に服したのではないかと一般には考えられています。人権の観点からすれば、早期の釈放が望ましいでしょう。

また、同じように。米国の諜報員として、2009年キューバでスパイ活動を行い、逮捕され、現在15年の刑期で服役中の米国人アラン・グロスさんについても、過剰な量刑が指摘されています。彼の場合も、人道的観点から、早期の釈放が適切と言われています。両国政府は、水面下でいろいろ交渉を行っているようですが、早期に円満に解決され、米玖の関係改善が進展することが期待されています。

(2011年10月6日 新藤通弘)

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2011年10月 2日 (日)

ボリビア、住民の生活向上か、自然環境維持か。問われているもの。

ボリビア、住民の生活向上か、自然環境維持か。問われているもの。

9月30日付の『しんぶん赤旗』で、菅原啓メキシコ特派員が、「南米ボリビア遣路建設、先住民が抗議、一時凍結。〝警察の弾圧〝処罰。計画是非住民投票へ」として、現在、ボリビアで問題となっている、イシボロ・セクレ国立公園内の幹線道路建設計画問題をリポートしています。日本では、他には時事通信が報道しているだけのようですが、『赤旗』の報道は、内容の客観性、適格性において際立っているように思われます。別に『赤旗』の宣伝をするわけではありませんが、ラテンアメリカのニュースに関しては、その量と質において、大変優れたもので、ラテンアメリカを知るには最適の新聞となっています。

「イシボロ・セクレ国立公園先住民領域」(TIPNIS)は、ボリビアの北部のベニ県の南部と中部のコチャバンバ県の北部にまたがる約100万ヘクタールの森林地帯で、3つの部族の5万人の先住民が、64の共同体に分かれて生活しています。

続きは、添付書類をお読みください。
「11.10.03 ボリビア、住民の生活向上か、自然環境維持か。問われているもの.pdf」をダウンロード

「11.09.31 菅原ボリビア道路建設.pdf」をダウンロード

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