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2011年8月28日 (日)

アメリカ「勢力圏」主義の形成と展開

アメリカ「勢力圏」主義の形成と展開
(『科学と思想』No.66、1987年10月)掲載、岡部廣治

      Ⅰ 「勢力圏」思想の形成

 アメリカ合州国という国は、領土の拡張を前提とする国として発足した。1787年7月13日に議会を通過した『北西部条例』は、オハイオ河以西への国の拡大のさいに守られるべき諸原則を規定したものだったし、おなじ年の9月17日に採択されたアメリカ合州国憲法の第4条第3項には、議会の承認によって新しい州が「連合」(ユニオン)に組み入れられうることが明記された。 事実、独立当時88万平方㌔しかなかった「十三州」は、現在50州、10倍以上もの937万平方㌔余となっている。
「アメリカ民主主義の父」トマス・ジェファスンも、1786年1月パリから、ケンタッキー州が連合州から脱退する可能性ありとの報せに懸念を表明しつつ、つぎのように知人あてに書き送ったのである。

「わが連邦の現在の領域が、すぐれた政府にとって大きすぎるということはない。わが連合州こそは、南北を問わず、アメリカ全土に住む人びとを送り出す巣と考えられるべきである」。

1823年12月2日に第5代大統領ジェイムズ・モンローの議会への『年次教書』 の形で発表された「モンロー主義」は、この考えを集大成したものであった。そこでは、「ヨーロッパ諸国間のそれら諸国自身にかんする事柄をめぐっての戦争に、われわれは一度も参加したことはないし、そうすることは、われわれの政策に合致するものでもない」とする一方、ヨーロッパ諸国が「それら諸国の体制を、この半球のどの部分にであれ、おしひろめようとするなら、そのような試み」を排除する決意であることを明言した。相互不干渉という形をとっているが、西半球内においては、アメリカ合州国が保護者的立場に立つべきであること、したがって、半球内の他国に干渉する権利を有することを内外に宣言したのであった。いいかえれば、西半球はアメリカ合州国の「勢力圏」であるとしたのであった。

続きは、添付のPDFをご覧ください。
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