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2011年6月 6日 (月)

ペルー、大統領選挙、より少なく悪い候補の選択だったのか?

ペルー、大統領選挙、より少なく悪い候補の選択だったのか?

5日、大統領選挙の決選投票で、左派候補のオジャンタ・ウマーラ候補(民族主義大同盟GANA PERU)が、開票率88%の段階で、得票率51.3%を獲得し、中道右派候補といわれるケイコ・フジモリ候補(2011年の力)、得票率48.7%に、2.6ポイントの差をつけて、暫定開票から見ても勝利を確実なものにした。

なぜ、保守勢力が強い国のペルーで、左派のウマーラ候補が勝利したのであろうか。詳細は、別途分析しなければならないが、現時点での筆者の考えの大要を記しておきたい。

この決選投票は、4月10日の大統領選挙で、ウマーラ候補が31.7%、ケイコ候補が23.6%、保守派経済学者のペドロ・パブロ・クチンスキー(大変革のための同盟)が18.5%、元大統領のアレハンドロ・トレード(可能なペルー)が15.6%を獲得したものの、過半数を獲得した候補者がいないことから、上位2名、ウマーラ候補とケイコ候補の決選投票が行われたものである。

決選投票に先立ち、ラテンアメリカ評論家のオッペンハイマーは、今回の決選投票は「より少なく悪い候補を選択する」投票だと皮肉った。あるいは、両者とも貧困層を基盤としており、争点のない選挙と、一般のマスコミでは喧伝された。しかし、ペルー国民がどのような大統領を選ぶのであれ、自らの希望を候補者に託して投票するのであり、常に「より良い大統領」を、と考えて選ぶのであることはいうまでもない。オッペンハイマーの意見は、米国からラテンアメリカの国を見た、身下した見方であり、ペルー国民を侮辱するものである。

また、争点のない選挙というのも、ケイコ候補が父親のアルベルト・フジモリ元大統領の強権的な政策から国民の目をそらすため、一定の貧困対策を述べるという争点隠しの選挙戦術を取っているのを、マスコミが後押ししたものである。実際、今回、ウマーラ候補の主張を歪めて報道するペルーのマスコミの姿勢は目に余るものがあったと報告されている。ケイコ候補は、米国との自由貿易協定を支持する紛れもない新自由主義者であり、ウマーラ候補は、90年代からの歴代の大統領、フジモリ、トレード、ガルシア大統領の新自由主義政策からの決別を明確に主張しているのである。

いずれにせよ、今回の投票率は、85.5%に達し、第一次投票の投票率83.7%を上回っており、国民の高い関心を示している。「より少なく悪い」選択とか、争点のない選挙であれば、これほどの高い投票率とはならなかったであろう。

新自由主義批判政策を掲げた、ウマーラ候補に、決選投票で右派のバルガス・リョサや中道のトレード元大統領が支持を訴えたが、それらは、新自由主義政策反対の立場からではなく、それぞれフジモリ大統領との個人的な過去の確執からであった。したがって、トレード元大統領は、今回のウマーラ候補の勝利を、「民主義の勝利」と評価しつつ、「自分(トレード)の政策と同じものとなることを期待している」と本音をのぞかせている。バルガス・リョサは、同じく、「民主主義は救われた」と述べつつ、「ウマーラは、チャベスの真似をしてはならない。ルーラに学んだはずだ。議会で少数派のウマーラは、親自由市場主義の議会と対峙しなければならないのだ」と釘をさしている。

ウマーラ候補は、勝利宣言の第一声で、「これから大きな変革を行うが、それは数百万人のペルー国民のたたかいの成果である。経済成長を図るとともに、教育の向上と貧困者のための約束を実行する」と述べた。この裏には、近年の安定した経済成長率にもかかわらず、ペルーの貧困者数が、1980年代、国民の46%に達していたものが、2007年になっても48.7%と改善するどころか、悪化しており、隣国の革新政権下のエクアドル、ボリビアと対照をなしていること、こうした現実をもたらした新自由主義から、このあたりで決別したいと、大多数の国民が希望している現実があるのである。

(2011年6月6日 新藤通弘)

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