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2011年6月

2011年6月30日 (木)

パーベル・ビダル教授インタビュー

パーベル・ビダル教授の7月14日(木)午後7時からの講演会をご案内しましたが、島田峰隆記者による同教授とのインタビューが6月28日付『しんぶん赤旗』に掲載されましたので、ご紹介します。
別添PDFをご参照ください。

「11.06.28 Tntrevista a Pavel.pdf」をダウンロード

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2011年6月29日 (水)

アルフレド・ゲバラ、ハバナ大学化学学部における対話集会

アルフレド・ゲバラ、ハバナ大学化学学部における対話集会

6月22日付で政府系ウエブサイト『クーバデバーテ』に、アルフレド・ゲバラ(1925-、チェ・ゲバラとは無関係)新ラテンアメリカ映画祭委員長、元キューバ芸術・映画産業庁(ICAIC)長官のハバナ大学化学学部における対話集会の模様が掲載されました。ゲバラ委員長は、革命前には人民社会党(キューバ共産党)に属し、反バチスタ闘争に参加するとともに、キューバ映画の揺籃期に記録映画の製作にも参加しています。キューバ映画の発展を推進してきた中心人物であると同時に、常に柔軟な姿勢から、率直な社会批判を行ってきた知識人でもあります。

この対話集会は、キューバ共産党第6回大会(4月16-19日)の15日前、4月初めに開催されましたが、これまで報告されませんでした。これまで公開されなかった理由がいろいろな憶測を呼んでいますが、ウエブサイトのコメント欄には、いずれも賛同の意見が殺到しています。

対話集会の中で、ゲバラ委員長は、日常の給料は、一週間もあれば使ってしまうこと、ソ連などは、社会主義とは程遠かったこと、キューバの官僚主義、国営至上主義とたたかう必要があること、思いつきでなく、政策を準備して社会主義を建設する必要があること、キューバは「馬鹿げた社会から社会主義への過渡期」にあることなど、縦横に語っています。その中で、特に興味ある箇所を以下に紹介します。

続きは、添付のPDFをお読みください。

「11.06.26 アルフレド・ゲバラと学生との対話.pdf」をダウンロード

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2011年6月26日 (日)

パーベル・ビダル教授 公開講演会「キューバの経済・社会改革における主要な課題」ご案内

キューバ視察・交流の旅(2/28~3/9)報告会シリーズ

パーベル・ビダル教授 公開講演会
演 題:キューバの経済・社会改革における主要な課題

本年4月のキューバ共産党第6回大会は、これから5ヵ年のキューバの経済・社会の改革の道筋を全面的に分析するものでした。この改革が実施されると別なキューバ社会になるだろうといわれています。しかし、新しい路線の中には今後一層発展させなければならない問題が少なからず含まれています。今回はキューバの若手エコノミストきっての改革派である パーベル・ビダル教授 が、キューバの経済改革が直面する課題を鋭く提起します。
スペイン語=日本語通訳付き
どなたでもご参加できます。

日時:2011年7月14日(木)
開場:18 時 30 分 
時間:19時 ~ 21時  
場所:秋葉原ダイビル12F、JR秋葉原駅下車1分(電気街口)
〒101-0021 東京都千代田区外神田1-18-13
資料代:700円
共催:首都大学東京宮川研究室・「キューバ視察・交流の旅」参加者
問い合わせ先:moriya320116@yahoo.co.jp

パーベル・ビダル・アレハンドロ教授経歴
生年月日:1975年8月20日
学歴:
1999年ハバナ大学卒業
2008年ハバナ大学経済学博士号取得
職歴:
1999年―2006年キューバ中央銀行通貨政策局勤務
2006年よりハバナ大学付属キューバ経済研究所調査員
現在、ハバナ大学経済学部マクロ経済学教授
主要著書:
1. Elementos de Econometría, Universidad de la República de Uruguay. 2009. (en coautoría con Renato Aguilar y Anicia García)
2. Miradas a la Economía Cubana I y II, Agencia Española de Colaboración Internacional para el Desarrollo (AECID), 2009 (en coautoría con Omar Pérez y Armando Nova)
など、他の論文多数。

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2011年6月25日 (土)

キューバ資本論学習事情

パーベル・ビダル教授との懇談会―キューバ資本論学習事情―

去る23日(木)、東京の新宿で、ハバナ大学経済学部教授・キューバ経済研究所研究員のパーベル・ビダル(35歳)さんを囲んで懇談しました。この3月、東京資本論学習会の皆さんと一緒にキューバでキューバ経済研究所と「マルクス主義の古典と、日本、キューバ、東アジア及びラテンアメリカ」というタイトルで合同シンポジウムを行い、その際、パーベルさんの紹介で、時代物の国営工場見学を行い*、また彼からも現在のキューバの財政・金融問題についてのレクチャーを聞いた間柄です。久しぶりの懇談に、宮川彰首都大学教授(資本論研究家)を始め、仲間とともに、いろいろなテーマで会話が弾みました。

続きは、添付のPDFをご参照ください。

「11.06.25 パーベル教授との懇談会.pdf」をダウンロード

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2011年6月22日 (水)

ついに新自由主義政府と決別したペルー国民

ついに新自由主義政府と決別したペルー国民
―ウマーラ政権成立の背景とその課題―

 6月5日の大統領決選投票で、左派のオジャンタ・ウマーラ候補(ペルー国民主義大同盟)が、51.45%(7,937,704票)を獲得し、右派のケイコ・フジモリ候補(2011年の力)に3ポイントの僅差をつけて当選した。これで、新自由主義経済政策に反対し、それを押付けた米国から自立した政策をとる左派政権は、ラテンアメリカでは33カ国中、12カ国(36%)となった*。

続きは、添付のPDFファイルをお読みください。
「11.06.19 ついに新自由主義政府と決別したペルー国民.pdf」をダウンロード

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2011年6月12日 (日)

昔々、会議がありました・・

昔々、会議がありました・・・『グランマ』紙2011年5月30日付
レティシア・マルティネス・エルナンデス
(安井佐紀訳)

日本でも、会議が多い会社は危ないとよく言われます。4月に開催されキューバ共産党第6回大会の中央報告で、ラウル党第二書記(当時)は、「過剰な会議、点検、集団活動の習慣を改める。非生産的な活動への多数の参加を止める。会議の数と時間を減らすとことが不可欠である」と、厳しく指摘しました。キューバ共産党中央機関紙の『グランマ』紙でも、この問題を取り上げ、いろいろな議論を呼んでいます。以下に、同紙に掲載された、論評を紹介します。


昔々、会議がありました・・・

「あの列車が、魔術のせいではなく、大混乱を引き起こした時、鉄道公団の幹部たちはどこにいたのだろうか?」「闇屋たちで待合室が溢れ返っていたとき、待合室の責任者はどこにいたのだろうか?」「資材が、複雑な過程をたどって送られているとき、いつまでも終わりそうにない建設作業の責任者たちはどこにいたのだろうか?」。「もちろん、それぞれの事務所にはいたでしょう。問題を調整しながらね」と、ある女性は、何事もなく言った。彼女は、新聞を手にして、役人たちのある会議の記事を読み、さらにこうも言った。「最もありうることは、こうした人たちは、すぐに会議を開くことです」。

そう、実際に、キューバでは、余りの多くの人々が、非公開で、会議の中断を禁止して、会議から会議に飛び回っている。しかし一方では、会議の外の生活は、会議の狭い世界とは関係なく、あれほどたくさんの、延々と続く会議の意図とは、稀にしか接点を持っていないのである。

これは、「会議主義」と呼ばれている。多くの会議の招集に疲れている人々を見つけるのは、難しいことではない。彼らは、会議室の四方の壁に囲まれて、過ごした時間を計算し、未達成の10件の合意、来月までのもう5件の合意を議論し、おやつ(それがあれば)を食べ、何の個人的利益も考えずに会議を行う。会議は、長期にわたる工事の話し、悪循環、連綿と続く話しに変わっていく。その都度、誰かが、余りにも長い「本日の議事日程」をもとに、主要な文書の中で、規定されるべきこと、合意されるべきこと、重大目標とされることを修正しようとするが、それらの文書は、その後、ほとんどすべて、彼らの手の中から書類の抽斗の中へ、滑り落ちてしまうのである。とすると、会議は、問題に取りあえず絆創膏のバンドエイドを貼り、未達成の人びとを(ほとんどの場合、絹の手袋で)締め上げるための聖なる時間のようである。そして、未達成のこれらの人びとは、次回の会議で再度、「予測が甘かった」とか、「その問題は、別の人に移ってしまった」とか、「解決に努めているところだ」とかいうのである。それがまた、「救済する」ためのサロンを新たに招集するための、格好の言い分ともなるのである。

これは、会議とは言えないし、問題は、毎月15日開かれるそれぞれの党会議で解決されるものでもない。党会議で解決されるのは、国のいろいろな問題である。会議の招集は、働くためであって、招集への無条件反射として集まるためではない。私たちはどれだけ、私たちの仕事の実際の内容を中断しているのであろうか。そして、「いつ終わるかは、神のみぞ知る」と、もっぱら言うのである。ひょっとすると、秩序、規律、間違いに対する恥、所有権の感覚、労働時間の尊重、間違ったことへの批判を要求することを止めた方が、より成果があるのではないだろうか? しかしまた、誰にも疑いのないことは、これが、より有益で、同時により難しい要求であるということである。なぜなら、悪い見本の雑草は、こうした場面においても、はびこるからである。

そして、もしこの拙文を、一般的な会議風に長々と書くとすれば、それぞれの会議を定義する類型、その分枝類型、概念について書くことができるであろう。会議としては、課題を決めたり、合意を点検したり、入念に点検したり、積極性を引き出したり、奉仕労働(多くの場合、押し付けられたり、非生産的なものであるが)を募ったり、叱責したり、一日の出来事を議論したりするものがある・・・。それらの会議は、また、一日の勤務時間の真っただ中に行われるものもある。一日の勤務時間は、ラウル・カストロが党大会で言ったように、何よりもまず共産主義者にとっては、神聖なものであるはずだ。さらに、議論されていることは、火星の生命のように私たちにはまったく無関係だということで、ただ賛成の挙手をする人々については、どういったら良いのだろうか。

私は、これらの会議の中には、適切なもの、時宜にかなったもの、生産的なものもあるという事実を疑わない。しかし不幸にも、そういう会議は、一般的ではない。最近、すべてを、時間までも節約するのが急務であり、また、すべての投資を、時間までも、効率良く行うことが急務となっている。したがって、非常に頻繁に会議に「逃げ込む」習慣がある人たちには、もっと時間をかけて、足を地につけ、耳をそばだて、起きていることに注意を傾けるように忠告したい。そうすれば、なんらかの新聞に発表された手紙によって、会議で言われなかったり、隠されたことが発覚するようなことはないであろう。

エドゥアルド・ガレアーノが述べた言葉、「官僚は、それぞれの問題を解決するためには、必ず別のひとつの問題を持ち出してくる」、を忘れないようにしよう。

結局、要は合理的でなければならないということである。即ち、多くのキューバ人が、「政策路線」の討論において意見を述べたように、会議の数を必要不可欠なものに減らすこと、過剰な点検や「上級」の視察――誤りを指導するための術策であるが、結局は、現場の偽りの反応がそれに加わることとなる。というのは、問題は、根本的な問題があるからである――を禁止することである。「指導」という言葉を引き続き使用するとしても、ただ、突然の訪問が、(逆に)連絡されていたり、あるいは会議の出席者全員が現場に到着するとという形で行われれば、引き続き、無駄の積み重ねということになるであろう。この記事のタイトルもまた、引き続き、もちろん、いつも会議を行っているおとぎ話ということになろうが、しかし、魔法の杖はない、おとぎ話なのである。

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2011年6月 8日 (水)

ペルー大統領にウマラ氏 新自由主義転換訴え 左派政権誕生へ

6月5日に行われた、ペルー大統領選決選投票は、開票率99.3%でオジャンタ・ウマーラ候補が51.55%、ケイコ・フジモリ候補が48.45%を獲得し、ウマーラ候補の勝利が確定しました。

左派のウマーラ候補は、なぜ勝利したのか、『しんぶん赤旗』の菅原啓特派員が、的確な分析を行っていますので、以下に紹介します。

「11.06.07 ペルー大統領にウマラ氏 新自由主義転換訴え 左派政権誕生へ.pdf」をダウンロード

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2011年6月 6日 (月)

ペルー、大統領選挙、より少なく悪い候補の選択だったのか?

ペルー、大統領選挙、より少なく悪い候補の選択だったのか?

5日、大統領選挙の決選投票で、左派候補のオジャンタ・ウマーラ候補(民族主義大同盟GANA PERU)が、開票率88%の段階で、得票率51.3%を獲得し、中道右派候補といわれるケイコ・フジモリ候補(2011年の力)、得票率48.7%に、2.6ポイントの差をつけて、暫定開票から見ても勝利を確実なものにした。

なぜ、保守勢力が強い国のペルーで、左派のウマーラ候補が勝利したのであろうか。詳細は、別途分析しなければならないが、現時点での筆者の考えの大要を記しておきたい。

この決選投票は、4月10日の大統領選挙で、ウマーラ候補が31.7%、ケイコ候補が23.6%、保守派経済学者のペドロ・パブロ・クチンスキー(大変革のための同盟)が18.5%、元大統領のアレハンドロ・トレード(可能なペルー)が15.6%を獲得したものの、過半数を獲得した候補者がいないことから、上位2名、ウマーラ候補とケイコ候補の決選投票が行われたものである。

決選投票に先立ち、ラテンアメリカ評論家のオッペンハイマーは、今回の決選投票は「より少なく悪い候補を選択する」投票だと皮肉った。あるいは、両者とも貧困層を基盤としており、争点のない選挙と、一般のマスコミでは喧伝された。しかし、ペルー国民がどのような大統領を選ぶのであれ、自らの希望を候補者に託して投票するのであり、常に「より良い大統領」を、と考えて選ぶのであることはいうまでもない。オッペンハイマーの意見は、米国からラテンアメリカの国を見た、身下した見方であり、ペルー国民を侮辱するものである。

また、争点のない選挙というのも、ケイコ候補が父親のアルベルト・フジモリ元大統領の強権的な政策から国民の目をそらすため、一定の貧困対策を述べるという争点隠しの選挙戦術を取っているのを、マスコミが後押ししたものである。実際、今回、ウマーラ候補の主張を歪めて報道するペルーのマスコミの姿勢は目に余るものがあったと報告されている。ケイコ候補は、米国との自由貿易協定を支持する紛れもない新自由主義者であり、ウマーラ候補は、90年代からの歴代の大統領、フジモリ、トレード、ガルシア大統領の新自由主義政策からの決別を明確に主張しているのである。

いずれにせよ、今回の投票率は、85.5%に達し、第一次投票の投票率83.7%を上回っており、国民の高い関心を示している。「より少なく悪い」選択とか、争点のない選挙であれば、これほどの高い投票率とはならなかったであろう。

新自由主義批判政策を掲げた、ウマーラ候補に、決選投票で右派のバルガス・リョサや中道のトレード元大統領が支持を訴えたが、それらは、新自由主義政策反対の立場からではなく、それぞれフジモリ大統領との個人的な過去の確執からであった。したがって、トレード元大統領は、今回のウマーラ候補の勝利を、「民主義の勝利」と評価しつつ、「自分(トレード)の政策と同じものとなることを期待している」と本音をのぞかせている。バルガス・リョサは、同じく、「民主主義は救われた」と述べつつ、「ウマーラは、チャベスの真似をしてはならない。ルーラに学んだはずだ。議会で少数派のウマーラは、親自由市場主義の議会と対峙しなければならないのだ」と釘をさしている。

ウマーラ候補は、勝利宣言の第一声で、「これから大きな変革を行うが、それは数百万人のペルー国民のたたかいの成果である。経済成長を図るとともに、教育の向上と貧困者のための約束を実行する」と述べた。この裏には、近年の安定した経済成長率にもかかわらず、ペルーの貧困者数が、1980年代、国民の46%に達していたものが、2007年になっても48.7%と改善するどころか、悪化しており、隣国の革新政権下のエクアドル、ボリビアと対照をなしていること、こうした現実をもたらした新自由主義から、このあたりで決別したいと、大多数の国民が希望している現実があるのである。

(2011年6月6日 新藤通弘)

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2011年6月 3日 (金)

キューバは、参加型社会主義を追求?

キューバは、参加型社会主義を追求?

あるキューバとの友好組織の総会で、キューバは、「独自の参加型社会主義をめざそうとしており、それに関心が高まっている」と報告された。キューバに何らかの期待をいだく善意の方々は、「さすがに、キューバだ。新しい形の社会主義をめざしている」と感心するかもしれない。

しかし、はたしてそうであろうか。

続きは、添付のPDFファイルをお読みください。
「11.06.03 キューバは参加型社会主義か.pdf」をダウンロード

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