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2011年4月 3日 (日)

>〈われらがアメリカ〉発行120年に際して

〈われらがアメリカ〉発行120年に際して
マルレネ・バスケス・ペレス (森口舞訳

2011年1月24日付けCubanow紙 より

1891年1月1日、キューバの知識人であり、政治家でもあるホセ・マルティは、ニューヨークの『レビスタ・イルスラーダ』(教養)誌に「われらがアメリカ」*という論文を発表した。同月の30日にはメキシコの雑誌『自由党』が、それを再掲載した。(*訳注:もうひとつのアメリカはアメリカ合衆国のことで、マルティは、この二つのアメリカを対比させた)

この論文には、歳月を経たマルティの成熟さと知識欲が見事に結集されているとともに、論文は、スペイン語圏の歴史において重要な里程標ともなっている。

この論文の様々な面を評価し、経過した1世紀と20年の間に理解され、普及された方法を検討するためには、いくつかの点を明らかにしなければならないし、特に、論文を読んだことがある人には再読を、未だ手に取ったことがない人には読んでみるようにおすすめしたい。
 
まず最初に、注目されることは、発行の場所である。というのは、この文章は、われらが大陸にとって中心となる文化論的定義を行っている文章だからである。

この表題自体から、地理的に北のリオ・ブラボから南のパタゴニアの間に存在している住民共同体を定義するために、ずっと以前から使用されている用語が認知されることとなったのである。

この地域は、また、明らかな地域的差異があるものの、起源、言語、文化を共有する共同体という、ひとつの家族である。共通性は、また未来の課題でもある。各国の独立と主権を維持している人びとにとっては、大陸の統一を達成することは不可欠だからである。

この論文をニューヨークで発表するということは、大都会に住むスペイン語を話す移民、様々な理由でより良い地平を求めて移住した同一性を持った住民グループの間に、論文を普及するということを意味していた。
 
現在そして未来の危機から大陸を守るためには、これらの人々に頼らざるをえず、その危険については、間近の過去について考慮した諸論文があった。マルティは、北で生活する人びとに、「将来、奴隷になったり、田舎者が都会に目がくらむようになったりするのではなく、『われらがアメリカ』がその長所によって評価されるように、またその犠牲によって尊敬されるように貢献する決意と能力でもって生活すべきである。・・・かの国が、その華美でもって、また誘惑の多い生活でもって、また卑怯にもわれわれの心を意気消沈させ、たたかいを忘れさせようとしても、それは無駄である」と書いている(「母なるアメリカ」)。
 
この予告的な言辞は、1889年に開催中のパンアメリカン会議の代表者たちに向けられたマルティの演説、「母なるアメリカ」の一節である(1)。その後、今日われわれが思いだしているこの論文の中に、反響が見られ、かなりの程度、論文の起源となっている。

この論文の文章自体の中で、別の基準によってではあるが、1889年の演説で始まった二つのアメリカの間の歴史的な対比が継続されている。マルティは、南北間に存在する発展の相違について分析を深めるために、この演説を利用している。そのことにより、この論文は、歴史的演説から本質を引き継いでいるのである。

しかし、マルティは、植民地精神が依然として残存している独立した共和国において、政府が行使する方法として、起源を問いただすことを主張するとともに、近代の世界的な事象に関与する必要性も述べた。

村落は基準にはなりえないが、外国の大都市もまた基準にはなりえない。対立する二つの領域間の均衡を見つけなければならないのである。それは、普遍的なものの中で最良のものを無視することなく、何が固有のものであるかを徹底して研究することによってのみ、達成されるであろう。

北に住んでいるラテンアメリカ人たちに、マルティは、「自らの土地への信頼」が、未成熟な人間、「未熟児」を成長させ、恥ずかしくて拒否した母親を認め、擁護しなければならないと説いた。

マルティは、彼らに、「ハミルトンの布告でも、平原の小馬をおとなしくさせることはできない」ことを思い出させている。アレクサンダー・ハミルトンは、北アメリカの独立の著名人のひとりであり、マルティは、彼の視野の広さと政治的知性を高く称賛しているけれども、それは彼の見解を採用し、自分の見解を犠牲にすることを意味しない。創造しなければならないのである。しかし、そのためにはわれわれ自身を知る必要があるのである。

豊饒な対立において相手側を深く弁証法的に解明することが、論文の支柱として役立っていることは、興味深い。明らかに土台となっているのは、固有=普遍関係であり、このことは、より広い意味での文化理解にも、多くの無知な大衆を「解放する」ために政府が着手しなければならない教育の実践にも、また、国内の大学での支配層の育成にもいえることである。

もうひとつ考慮すべき対語は、統一=多様性であり、これでもって、将来の共通の敵に対して統一してたたかうことができるのである。その敵は、すでに生まれつつある北の帝国主義という姿を取りつつあり、7レグア(40キロメーター)の長大な長靴をはいた巨人という恐るべきイメージとなっている。

しかし、この統一のためには、大陸の性格の諸要素まで利用しなければならず、それには、過去のいろいろな侵略を引き継いだ憎悪、嫉妬深い兄弟国の競合関係が邪魔となっている。それらは、チリ・ペルー・ボリビアが巻き込まれた太平洋戦争(1879-1883)などである。

従って、アメリカを統合することは、それぞれの共和国の様々な固有性を取り除くことではなく、それぞれの地域性を損なわずに統合するということである。したがって、「7レグア(里)の巨人が通り抜けられないように、木々を並べなければならないのである。点呼を取り、統一して行進する時なのである。アンデスの地底に根を張った銀の鉱脈のように、隊列を引き締めて行進しなければならないのだ」。

訳注:
(1) 母なるアメリカ、José Martí, Obras Escogidas en Tres Tomos, Tomo II, Editorial de Ciencias Socilaes, La Habana, 1992, pp.420-pp.427. 『ホセ・マルティ選集②』(日本評論社、2005年)、318-332ページ。
(2) われらがアメリカ、José Martí, Obras Escogidas en Tres Tomos, Tomo II, pp.480-487. 『ホセ・マルティ選集②』(日本評論社、2005年)、333-346ページ。

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