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2011年1月16日 (日)

尖閣諸島問題をどう考えるか

尖閣諸島の領有をめぐる問題が、昨年9月以来、日中間の重大な外交問題となっています。どう考えたらよいのでしょうか。領土問題は、どのような問題であれ、まずは歴史の過程を客観的に検討する必要があります。そして、その結果に基づいて、あくまで話し合いで解決することが大道です。

以下、友人の弁護士の毛利正道さんが、各種の資料を渉猟して、「出発点としての尖閣諸島領有問題」という題で、力作を発表されています。問題の解決方法については、私は若干異なる見解をもっていますが、問題点を深く考えるには格好の史料となっていますので、ここに紹介します。

「尖閣諸島領有問題をいかに解決すべきか」
2011年1月8日毛利正道

尖閣諸島は日本の領土

1 日本政府は、1884年頃から尖閣諸島の島で海産物業を営んでいた古賀氏からの借用願を契機に、10年かけた測量・調査のうえ、1895年に無人の尖閣諸島を日本の領土とする旨の閣議決定をして、翌年から30年の期限で古賀氏に無償貸与、同氏とその相続人は(大正島を除く)4島で諸施設を建てて最大200名を従事させて「古賀村」を形成し、1916年頃まで約20年間(若しくは1940年頃まで45年間)海産物採取販売事業を展開してきた。
位置図:別紙 図1・図2

2 自国の領土以外の土地を原始取得する方法として国際法上認められている「先占」は、
①他国の領土になっていない土地について
②領有する意思を示すこと(相手国に対して示すことは要件でない)と、
③実効的な占有が必要を要件とするが、

① については、1895年の時点ですでに中国の領土になっていたということが証明されているとは言えないと思われる。それどころか、すでに1884年頃から日本の古賀氏が私人の立場で尖閣諸島で海産物業を営んでいたこと(前記1885年9月6日の清国の新聞によると、中国側もこのことをある程度把握していたと思われる)に対し、日本政府が古賀氏に30年間貸与を決めた下記1896年まで10年間以上にわたり(むろん、その後においても)清国側からクレームが付けられた形跡がない。すでに清国の領土になっていたというなら、当然あるべきであろうものが。

② については、遅くとも1896年9月に、日本政府として古賀氏に30年間無償貸与した時点で、領有意思を公表したとみることが適切である(1895年1月の閣議決定については、公表されていないだが、それでもこの要件を満たすと言えるのかも知れない)。

③ については、古賀氏に貸与していない大正島(1896年4月に沖縄県知事によって日本に編入されてはいる)についてはともかく、貸与した4島については、十分要件を満たしている。個人では国土を領有できないから、この古賀氏への貸与とその事業継続で、日本国としての実効支配と言える。

以下、続きは別添添付書類をご参照ください。
「11.01.08 毛利 尖閣問題.pdf」をダウンロード

あるいは下記のサイトをご参照ください。
http://mouri-m.mo-blog.jp/blog/2011/01/post_0cf5.html


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