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2011年1月20日 (木)

キューバ人にとっての音楽と野球

キューバ人にとっての音楽と野球
ラファエル・ラム (森口舞訳)
2010年11月28日(日)

 キューバ人の国技、野球への熱狂は、1世紀以上前にも遡り、音楽とポピュラーソングの中にも表されてきた。野球を扱った曲も沢山あれば、歌手やミュージシャンだった野球選手、また野球ファンのミュージシャンや歌手も多くいた。ハバナ・チームのダッグアウトでユニフォームを着たベニ・モレの写真もある。
 ポピュラー音楽の人気歌手、レグラ出身のロベルト・ファス(1914-1966)は、ハバナ湾の対岸にあるレグラ地区の住民の名前で呼ばれているチーム「レグラーノス」の試合を毎試合見に行ったものである。
 
 野球がテーマの音楽をいくつか思い出してみよう。ブラボ兄弟とカジノ・バンドの「カルロタと野球に」、セプテト・ナショナルの「野球は、嫌い」、チャポティンとスターたちの「マリア、ボールを投げて」、リカルド・レイバと南カリブの「野球を教えて」、オルケスタ・アラゴンのキューバ出身の大リーガー、アモロスを歌った、「アモロス、セラ・コミオ」などがある。
 オルケスタ・アラゴンが、ラファエル・バカリャオとO・ペレスの次のソンを広めたことを多くの人が記憶している。「私と遊びたいなら、野球にはまらなければダメだ。うまく打たないなら、いいプレーではない。ボールは飛んでいく。ボールは飛んでいく。ボールは飛んでいく」。
 エンリケ・ホリン(1926-1987)が率いるオーケスタ・アメリカには、レパートリーの一つにこのような歌がある。「ミニョソが本気で打ったなら、ボールはチャチャチャで踊る」ペドロ・チャベスが入ったコンガのバージョンでは、「ペドリートが本気で打ったなら、ボールはチャチャチャで踊る」。
 一方、ロス・バンバンは、ペドリート・カルボ(1942-)が歌う野球をテーマにした歌で、こういう良く知られたリフレインがある。「野球については議論したくない。議論したくない。だれが打つか興味はない。議論したくない」。
 古い歌の思い出だが、シルビオ・ロドリゲス(1946-)が生まれた村のサン・アントニオ・デ・ロス・バニョス出身のライムンド・バレンスエラ(1848-1905)のオーケストラも、野球の試合の歌をいくつか作曲した。バレンスエラは、作家ホセ・レサマ・リマ(1910-1976)の詩の中で高く称賛されている。
 
 フェリックス・フリオ・アルフォンソの資料に拠って、野球選手でもあったミュージシャンについて、何人かを挙げてみよう。エドゥアルド・モラレス“鮫”(ソン・カトルセ)、アスカレーロス・チームとラス・ビジャス・チームの選手、ロランド・マシーアス、ダンソン歌手のロベルト・ゴンサレス・エチェバリアがいる。
 オリエンテ・チームで伝説となったマヌエル・アラルコンは、東部バヤモ市の歌手だった。トリオ・マタモロスは、スポーツ記者のエラディオ・セカーデス(1904-1976)が、考えをめぐらしているときに演奏をした。「ボールよ、どこにでも、どんな風にでも、好きなように。ボールよ、どこに飛んで行こうが、入りこもうが、好きなように」。
 
 全国シリーズの最終決戦の多くは、その当時人気のあった音楽のテーマと関係している。1986年、ピナル・デル・リオとの試合でハバナ・チームのマルケッティが、決勝場外ホームランを打った時、ロス・ラティーノスの曲、ラ・ベレンヘナが流行っていた。
 1997年のシリーズでは、ハバナのインドゥストリアレス・チームは、「どうして噂以上でないといけないのか。上になって、上になって」というフレーズの繰り返しに応援されながら勝利した。20世紀末の大ヒット曲だった。
1998年にはキューバ・サルサのドリーム・チーム(チーム・クーバ)がラテンアメリカ・スタジアムに集まり、超満員の中で野球の試合をした。インドゥストリアレス・チームの野球選手と現代キューバ音楽の野球選手が一堂に会した重大なイベントであった。
 
 キューバのスポーツ選手で、好記録を達成したもの、メダルを受賞したもの、好成績を残したものは、トレーニングを受けたり、オリンピックで競技に参加したりするとき、ロス・バンバン、チャランガ・アバネラ、NGラ・バンダ、アダルベルトと彼のソンなどを荷物の中に入れてもっていく、ということも言っておこう。
多くの野球試合では、野球や、その時の流行のテーマを扱ったレフレインを観客がコーラスしながら行われる。実況中継のアナウンサー、ボビー・サラマンカは、試合を描写するのに、音楽とサトウキビの収穫の表現を使う。アンディ・バルガスも、野球の実況中継で同じようなことを行っている。

 ソン歌手達のリフレインやコーラスには、野球、女性、音楽に関係のある言い回しが使われる。要するに、野球と音楽の結合は、この二つがなぜキューバだけでなく、米州諸国の人々にとって最も重要な二つの文化的表現であるかという理由を説明している。
試合を始めるにあたってマヌエル・アラルコンは、「トロチャへの道を閉ざしてココジェの踊りの準備をしろ」と告げた。インドゥストリアレスが勝った時には、「インドゥストリアレスがココジェの踊りを黙らせた」と、観客は繰り返して歓呼したのである。


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