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2010年9月 4日 (土)

フィデルと核戦争の予測

フィデルと核戦争の予測

フィデルが、9月3日午前7時30分、2006年7月に腸の手術をして以来、4年ぶりに野外で演説を行い、健康の回復ぶりを示した。ハバナ大学の正面入り口の階段で、数千人のハバナ大学の学生・教員を相手に、軍帽をかぶり、軍の階級章はつけないが正式の軍服姿で40分にわたり、用意した「メッセージ」を読み上げた。司会者は、フィデルをキューバ共産党中央委員会第一書記、最高司令官として紹介した。

演説の内容は、国内のことはまったく触れず、持論のイランへの核攻撃が緊迫しており、それを唯一回避できるオバマ大統領を説得する世論を世界に広めようというものであった。一般的には核兵器の使用反対、核廃絶を目指して話しあい、世界に運動を広めることは必要であり、それにフィデルも参加することは、評価されることである。

しかし、今回の演説において、筆者は、次の3点が気になった。

一つは、次の点である。フィデルは、こう述べている。
「この核戦争を回避するための時間は、極めて限られている。今年の6月世界では地球の人類の命が脅威にさらされている危険について、何も警告されていなかったので、私はその時から、その危険性を広く伝える努力をしてきた。・・・
巨大な資本主義企業が握っている大手通信社、大手マスコミは、沈黙しており、世界は、(核戦争が緊迫していることを)、知らされていない。・・・
痛ましい真実をいうのも気持ち良いものではないが、これは、世界の政治、政府に携わっているすべてのものにとって恥ずかしいことである。つまり、こうした事実(緊迫した核戦争の可能性)が、故意に隠されていることである。そこで、キューバ(フィデルが、という意味)が、人類に現在起きつつある危険を警告するという困難な課題を担うことになったのである」。

しかし、はたしてそうであろうか。核戦争が数日以内に、あるいは9月10日に緊迫しているというフィデルの独自の見解に対して、世界の多くの指導者、政治家、マスコミ記者は、核戦争が緊迫したものではないという認識をもっているので、報道したり、警告したりはしないのではなかろうか。これらの人びととて、真に自らの、自らの家族の、あるいは自国の国民の生命が脅かされているのであれば、何らかの形で報道し、阻止するために行動するであろう。フィデルとは認識は違っても、世界の平和を希求している世界のいろいろな国々の真摯な政治家、政府、マスコミ記者、反核平和活動家が、無視されてはいないだろうか。認識の違いを棚に上げ、自分だけが、緊迫した核戦争の危険性を認識し、世界に警告しているという考えは、正当であろうか。

二番目は、核戦争勃発の予測日が、再三変わっていることである。

フィデルは、この演説でこのように述べている。
「(6月7日に)決議1929が承認され、イランの商品の検問が許可され、90日という期限が定められ、各国はその日までに決議を順守したかどうか、(IAEAと安保理)に報告しなければならない。
今や、この状況の中で何が行われるか、世界の世論を彼らはどう評価するか、新たな期限を設定するのかどうか、見守らなければならない。・・・
したがって、世界のマスコミは、奇妙な沈黙を守ったり、あるいは突然ニュースを報道したりするので、気をつけておかねばならない。
現在、事態は展開しつつあるので、だれも起きることを正確な言葉でいうことはできないが、9月7日、9日、15日、20日に何が起きるであろうか。われわれは、対策の計画を立てておかなければならない」。

フィデルは、一貫してイスラエル商品の公海での検問が強制的に行われると主張しているが、それにはあくまで輸送船の船籍国の同意が必要である。イラン以外の船籍国は、これを承諾するであろうが、イランはイラン船籍の船には同意せず、決議によればこれを強制的には検問できない。90日(9月7日)以降、決議は、問題を再検討すると述べているので、いきなりの対決、イラン攻撃とはならないのである。

フィデルは、またも核戦争が起きる日を変更して、9月15日、20日に核戦争が起きるかのように述べている。世界核戦争のような重大なことを、確実な判断の材料がない段階で予測するのは、核戦争を避けようという善意として機能するよりも、いたずらに恐怖感を与えるだけではないであろうか。フィデルは、わずか4日前に、メキシコの『ラ・ホルナーダ』紙とのインタビューでは世界核戦争は、9月9日に起きると述べていたばかりである。すでに、フィデルは、7月4日の『省察』「不可能な祝福」で、7月8日か9日に核戦争が勃発すると予測して、外れている。仏の顔も三度まで、という感じもしなくない。

最後に、フィデルは、歴史的な様々な世界の反核運動、現在の反核運動の高まりについて、まったく言及していないことである。フィデルは、「もはやわれわれは、紳士的な時代に生きているのではなく、恐るべき核が2回も使用された時代であり」、核が安易に使用される時代にあるという。そしてイランを米国やイスラエルが攻撃すると、「イスラエルが通常兵器で反撃すると、激しい戦争となり、攻撃側の統制がなくなり世界核戦争となるのは必至だ」と述べた。

しかし、戦争において、世界から理性が失われ、なんでもありの時代にどんどん深入りしているかのようなフィデルの持論は、近年の反核運動の高まり、特に今年になってからの反核運動の前進を認識していないといえよう。

フィデルは、オバマの昨年のプラハ演説も、「オバマは、核兵器のない人類を語りながら世界をだまそうとしている」と一蹴し(7月11日、省察『戦争の起源』)、今年になって反核運動で一定の貢献を行っているバン・キムーン国連事務総長も「上部から(米国からの)の指令に従う」人物と批判している(8月15日、省察「免責と戦争」)。こうした一面的な評価で、しかもこれまでの反核運動と無関係に、幅広い国際的な核兵器使用反対、核廃絶の運動を、フィデルが中心となって推進することができるであろうか。むしろ、一定の肯定的な発言を行っているこうした指導者をも巻き込んで、世界的な大きな反核の渦を作っていかなければ、主観主義的な危機感や一面的な評価では、せっかくの大きな善意の目的も達成できないのではないだろうか。
(2010年 新藤通弘)

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