« 2010年8月 | トップページ | 2010年10月 »

2010年9月

2010年9月23日 (木)

「第7期第5回通常国会」でのラウル・カストロの閉会演説。要旨

キューバの経済改革について注目が集まってきているようです。特に最近発表された50万人にのぼる過剰雇用の問題、労働力の再配置の問題は、60年代からの歴史的課題です。キューバ国内でも、賛否、疑問、不安などいろいろな議論が巻き起こっています。しかし、この問題に取り組まないで、キューバの経済改革は進みません。この問題を考えるには、8月1日のラウル演説が重要です。以下、簡単に紹介しましょう。

2010年8月1日「第7期第5回通常国会」でのラウル・カストロの閉会演説。要旨 (新藤通弘訳)

7・26の演説をマチャド・ベントゥーラ同志が行ったことに驚いた人もいた。この演説は、全く素晴らしいものであった。これまでこの日は、フィデルが、またまれに私が演説を行ったが、重要なことは、弁士ではなく、演説の内容である。それは、全国の重要な問題について党と国家の指導部の集団的な意見を述べるものである。

多くの国外のメディアが、わが国の経済・社会の予想される改革や、経済を調整するための資本主義的な対策の適用を報道していた。中には、革命指導部に諸傾向があり、それらの間の闘争を述べるものもあったりしたが、社会主義路線を解体する路線で急速かつ徹底した改革を要求する点では一致するものであった。

55年余の革命闘争の経験からすれば、われわれはそれほど悪い状態ではないし、あきらめと不満が毎日われわれに付き添っているものでもないように思われる。マチャド同志が7・26の演説でのべたように、思いつきや、急ぎ過ぎず、一歩一歩責任をもって対処しなければならないのだ。

革命内部、指導部、大多数の国民の団結は、われわれの最も重要な戦略的武器である。今日われわれの団結は、かつてなく強固であり、いつわりの満場一致、日和見的な欺瞞の結果ではない。団結は、真摯な意見の相違を排除するものでなく、異なった意見ではあるが、同じ社会的公正と民族主権という最終目的をもった討議を前提とするものである。その方が常により良い結論に至ることができるのである。

キューバの経済モデルを現実的なものにするために数カ月検討したあと、7月16日―17日に拡大閣僚会議を開催した。それには、複数の国家評議会副議長、党政治局員、党書記局員、県党第一書記、県行政評議会議長、キューバ労働者センター(CTC)幹部、大衆団体、青年共産同盟指導部、各省庁の幹部も参加して、国家部門の膨大な過剰人員の削減について漸進的に採用する方式について議論し、合意に達した。

まず、第一段階、2011年の第一四半期に過剰労働者への労働・賃金措置を修正し、丸抱え主義を廃止し、雇用の期間と関係ない平等主義の賃金、長期間の非勤労時の賃金の保障など、非生産的な政府の出費を削減する。そのためには、党の指導の下にCTCの積極的な参加、労働者との透明な対話が必要。

誰が、職場に残るかは、見びいきや、性差別などで決めてはならない。

閣僚会議は、また自営業を拡大すること、過剰労働者の雇用の方法として利用することも決定した。そのためには、免許を交付するあるいは生産物を販売するうえでの現行のいろいろな禁止条項を廃止し、また労働力の契約を柔軟化する。

同時に、自営業の税制の適用も承認された。自営業に携わる人びとが社会保障費を支払い、個人所得税と売上税を支払い、労働者を雇用するものは労働力雇用税を支払うことも承認された。近くCTCの全国委員会を開催し、詳細を討議し、実際の構造的改革となる。それは憲法の社会主義的性格、政治、社会的制度は後戻りできないという意思を達成することである。

こうした措置の実現には、労働者階級、農民、その他の社会分野の人びとの支持が決定的である。効率と生産性の向上なくしては、賃金を増額し、輸出を増大し、輸入を代替し、食料を増産し、われわれの社会主義制度の膨大な支出を支えることはできないのである。

この合意を実行するにあたり、だれも投げ出される人はいず、社会主義国家が尊厳ある生活のために必要な支援を行う。キューバは、働かなくても生活ができるという世界でも唯一の国であるという観念は、永久に消し去らなければならない。また、第6回党大会経済政策委員会の任務において検討が進められ、提案の作成のために作られたいろいろな作業グループが継続的に活動している。それらは、事前に党員及び国民全体と検討することになるだろう。

国際経済分野を述べると、国内経済での砂糖と農牧畜生産は、指導上の誤りと干ばつの結果目標は達成されなかったが、上半期は元気づけられる結果であった。外国人観光客は増加し、石油生産は維持ないしは若干改善し、国内通貨は均衡し、労働生産性は、平均賃金を上回った。これは数年なかったことである。輸出は若干増加し、エネルギー消費が減少した。電気消費は、国家部門では減少したが、民間の住居部門では予想を上回った。

一年前には、国外への支払いを制限したが、それにより支払いが蓄積し、債務の繰り延べをしなければならなかった。支払繰延では交渉が若干前進し、繰延した債務は新しい期日で確実に支払う意思がある。当時の外国への支払いの停止額は、現在3分の1となっている。その結果外国銀行のキューバ国内での預金額が増加している。

最近2003年に国家安全保障に違反したため処罰された53名のうち最初の21名が釈放された。2004年から22名が釈放されていた。これらは思想で処罰されたのではなく、米国政府、経済封鎖政策、撹乱政策に奉仕してわが国の法律に違反したため逮捕されたものどもである。祖国の敵に利してわれわれの独立を危険にしようとするものに無実はない。

米玖関係について、本質では何ら変わっていない。つまり、われわれの大事な5人の英雄は不当に収監され、過酷な取り扱いを受けている。非難はより少なくなり、特に限定された問題で二国間の協議が時折行われているが、現実には経済封鎖は引き続き継続されている。

簡単な新藤コメント
1)経済問題では、具体的方針としては、過剰労働者の問題と自営業拡大の問題を提起しているのみです。しかし、この二つは複雑な問題で、いろいろな改革が派生します。

2)53人の釈放問題では、なぜ、超法規的に、法律を無視してまで、行政で釈放したかという説明がありません。EUのクレジットの取得、対米関係の改善ということは言えないでしょうから。

3)米玖関係では、「本質では何ら変わっていない」という慎重な言い回しに注意する必要があります。水面下では、キューバ人5人とグロス諜報員との交換交渉が行われているようです。フィデルがそれをにおわすことを言っていますが、公式には発表されていません。ただし政府系ブログにビデオで出ています。これは、いずれ書きます。

4)ラウルが海外のメディアの動向、国内の指導部の団結について言及していますが、この二つは、これまで触れたことがなかったと思います。この点を相当気にしたようです。海外のメディアは、国内の国民の不満を取材していますので、改革への期待を必要以上に強調し、逆にラウル指導部は、それにガードを固める、マチャドに至っては、ポピュリスト的な解決はしないとまで、国民の意向に背を向けたような発言を行っています。

5)7月16日―17日に拡大閣僚会議が開催されました。これは、複数の国家評議会副議長、党政治局員、党書記局員、県党第一書記、県行政評議会議長、キューバ労働者センター(CTC)幹部、大衆団体、青年共産同盟指導部、各省庁の幹部も参加した重要会議でしたが、キューバの公式メディアは、同日のフィデルの外務省での講演は大々的報道したものの、この会議についてはまったく報道しませんでした。海外メディアも報道せず、参加者に報道管制が敷かれたようです。国民は、8月1日のラウルの演説までまったくこの会議を知らなかったことになります。詳細に報道しなくても、会議の開催や討議項目程度は、会議の重要性から国民に知らせるべきではないでしょうか。

6)また、5月に閣僚評議会で2010-2015経済計画が策定されたと、マヌエル・ムリージョ経済・計画相が述べているが、発表されていません。当然、こうした重大な路線は、国民にしらされるべきでしょう。

7)フィデル独自の核戦争の緊迫主観主義的情勢論(勃発期日の予想)、米国、イスラエルが、北朝鮮、イランを核攻撃するというものに関しては、7・26の記念演説(マチャド・ベントゥーラ国会評議会副議長)、7月28日から開催された、第7期第5回通常国会の12の常設特別委員会(国際委員会もあり)、7月31-8月1日の本会議、ラウルの国会閉会演説でも、核戦争の緊迫した危機は、全く触れられませんでした。

|

2010年9月21日 (火)

キューバの人種問題についての歴史ドキュメンタリー「1912年、沈黙を破って」

キューバにおいて、人種差別問題は、1959年の革命戦争勝利後、法律的・政治的には基本的には一掃されたとされています。しかし、実際には社会生活のすみずみに、いろいろな形の残滓も見られます。最近、人種問題が、キューバでも議論されるようになっています。そうした社会背景の中で、グロリア・ロランド監督は、ドキュメンタリー映画「1912年、沈黙を破って」を制作し、このほどキューバ社会に問題を問いかけました。以下、その紹介記事を掲載します。

キューバの人種問題についての歴史ドキュメンタリー「1912年、沈黙を破って」
前田恵理子訳
Cubanow 16 de Agosto del 2010
ホルへ・スミス

グロリア・ロランドは、サンティアゴ・アルバレスやロヘリオ・パリと同じく本格的な映画を学んだ映画作家で、彼女の記録映画「1912年、沈黙を破って」は、大虐殺、そしてキューバの人種差別の起源と、現在も偏見が見られる中で、人種差別がなお存続していることを訴えている。

Breakingthesilence

映画の一部は、2003年にアフリカ系米国人の女性教授の学術研究のために行われたインタビューから触発されたが、主要な動機は、女学生からの「黒人はキューバに何をしたのか?」という質問から出たものである。
2012年には「黒人の戦争」や「12年の戦争」として知られる1912年の3000人にのぼる大虐殺から100周年を迎える。この大虐殺は、キューバの東部地方で、支配体制に反対する絶望的な行動として、最も虐げられていた階層の人びとによる武装蜂起の後に起きたものである。

「1912年、沈黙を破って」は、3部から構成され、お決まりの教訓主義へと逃げてはいない。というのは、キューバでは1886年に奴隷制度が廃止され、旧奴隷たちは、独立戦争での重要な役割を果たしたのにもかかわらず、その後、この1912年という日は、無視されていたからである。

ドキュメンタリーの第一部は、初めに報道関係に公開された。それは、ひとりの奴隷の孫の記憶から展開する。「僕のお婆ちゃんが、僕に話してくれた。僕のおじいちゃんは、黒人の戦争で殺された。全く、関わっていなかったのに。家から出るなと警告されたけど、おじいちゃんは決心して家を出たところ殺された・・・黒人だったからだ」。
映画は、それから、奴隷制度の段階、人種差別が本当に始まった時にまで遡る。エドゥアルド・トレス・クエバス教授によると、黒人の人身売買、商品としての人間と法的自由の欠如の世界である。

Gloriarolando2010


映画は、また、以下の黒人の反乱を描いている。それらは、ホセ・アントニオ・アポンテ(?-1812)が指導した1812年の最初の黒人の反乱、1843年の「はしごの反乱」(黒人は「はしご」につながれ鞭打ちの罰をうけたことから来る)、第一次独立戦争の「10年戦争」(1868-1878年)、独立運動の英雄で混血のアントニオ・マセオ(1845-1896)、キューバ解放軍の黒人の将軍バンデーラス・ベタンクール(1834-1906)、勇敢な独立運動の指導者、黒人のホセ・ギジェルモ・モンカダ(1838-1895)の英雄的役割、「小戦争(1879-1880」、「1995年の戦争」である。
次の題材の解明は、考慮するにふさわしい。それは、19世紀の黒人の最初の組織の結成である。その組織は、「黒人中央幹部団」という名前をもっており、そこには、さまざまな貴重な視覚による証言によって、黒い肌をした人たちが、流行の服を着ているのが見られる。

グロリア・ロランドは、写真、新聞のファクシミリ、雑誌、古い文書を駆使し、観客を当時の雰囲気の中に連れていく。

米国に半ば支配されたキューバ共和国(1902-)で起こったことの分析は、同様に、アメリカ人が、スペイン人よりももっとひどい人種差別主義者であり、黒人男女への偏見と不当行為がより激しくなったことを見事に示している。

他方、この映画は、マルティン・モルア・デルガード(1857-1910。黒人独立党に反対)とファン・グアルベルト・ゴメス(1854-1933。独立後自由党員となる)など、諸政党に参加した黒人の指導者たちやその他の指導者たちと、ムラートと貧しい黒人たちとの分裂も描いている。

解放軍の将校のペドロ・イボネー(?-1912、エステノスと運動する)とエバリスト・エステノス(?-19121,黒人独立組織指導者)は、貧しい黒人の怒りを組織した。二人は、米国の2度目の干渉の際、1908年に黒人独立党を創設し、人種による政治的差別を禁じる憲法修正(まさしくマルティン・モルア・デルガードによって作成されたもの)に反対したのである。

これが1912年の戦争の起源で、この時でもって、人種差別のテーマが未解決であるというグロリア・ロランドの第一部が終了するのである。

|

2010年9月16日 (木)

第7期第5回通常国会(人民権力全国議会)報告

キューバ政府は、今月13日、歴史的な職場の過剰人員問題の解決に取り組むことを発表しました。これは、来年の第一四半期までに、過剰といわれる国営企業・官庁の労働者100万人余のうち、50万人を他の部門に、自営業、協同組合などの形で再配分しようというものです。この問題は、法的、社会的、金融的、経済的な様々な内容を含んでおり、国と政府をあげての議論が進められる大改革となります。この方針は、8月に開催された第7期第5回通常国会で、その基本線が提起されています。以下、西尾幸治さんの国会活動報告を掲載します。

キューバで、第7期第5回通常国会(人民権力全国議会)が開催される。
西尾幸治

8月1日、キューバの首都ハバナで第7期第5回人民権力全国議会(ANPP国会に相当)が開催されました。この制度は、革命後最初のキューバ共和国憲法が制定された1976年に創設されています。任期は5年なので、現在が第7期目です。第7期の国会議員選挙は2008年1月に実施されました。国会は、通常1年を2期に分けています(憲法第78条)ので、今回が第5回になります。現在の議員数は611名です(国会のHPより)。
これに先立って、7月の28、29日には12ある常設の作業委員会で討論があり、30、31日には各省の大臣からの所轄報告が行われました。1日の本会議では、2つの法案(交通安全法規と政治・行政区分法の修正案)が可決され、ラウル・カストロ国家評議会議長(以下、ラウル)が閉会の演説を行いました。
ラウルは、今年の第1四半期(1~3月)の国内経済は回復し始めていると述べながらも、今後の大きな課題として、国営分門の過剰労働力(100万人余)を削減するために労働者の再配置を段階的に実施する考えを明らかにしました。これは、全労働人口の約2割に相当します(統計では労働人口は約515万8000人)。
この課題については、7月16、17日に拡大閣僚会議が開かれて話し合われています。この会議には閣僚の他、国家評議会副議長、その他の共産党中央委員会の政治局・書記局員、党の県委員会第一書記、県行政のトップ、労働組合(CTC)・大衆組織・共産主義青年同盟(UJC)の幹部などが参加しています。
この会議で一連の削減措置について決定がなされました。来年の第1四半期が第一段階の予定で、主な再配置部門として、農業や建設分野が想定されています。これにより、働いていない者にも保証される「平等主義的支給」を含めた「非生産的な支出」の削減を目指しています。この計画が成功するためには、人事に関して不公平がないように透明性と適切な情報に基づいた対話が必要であるとラウルは指摘しています。とくに誰がその職に適しているかを判断する際に、えこひいきや、ジェンダー差別などを避けて、適格性を厳格に見極めることが重要であるとも述べています。
この措置と同時に、閣僚評議会は、自営業の業務拡大でも合意しました。これは過剰労働者の配置転換に伴う措置でもあります。そのため、新しい許可や、特定の生産物の販売を可能にするため、現在の様々な制限をなくしたり、雇用契約を柔軟にしたりするとしています。同時に、自営業向けの税制度も承認されました。この事業に参入した者が社会保障費を負担し、個人所得税や売上税を支払うことや、雇用者が労働力使用税を支払うことなどを取り決めています。まもなく開催される予定のCTCの全国拡大会議で、これらの「構造的・概念的変革」となる重要な決定を行うとしています。
ラウルはこうした政策を推進しても、憲法に規定されたキューバの社会システムの社会主義的性格、社会・政治システムの内実は変わらないこと、社会主義的国家の役割として、当然、働くことのできない人には社会扶助制度を通して、尊厳ある生活のために必要な援助を提供すると述べる一方で、「キューバが世界でただ一つ、働かなくても生きていくことができる国であるという観念を永久になくさなければならない」と訴えました。
さらに、革命記念日にあたる7月26日の記念式典で自ら演説しなかったことが海外で様々な憶測(指導部内の方向性の違いなど)を呼んでいることに触れながら、「団結」の意義を次のように強調しています。
「革命家同士、革命指導部と大多数の国民との団結は、我々の最も重要な戦略的武器」であり、「これによって、我々はここまで来ることができ、将来に渡って社会主義を完全なものにしていくことができる」。そして、「団結は誠実な意見の相違を排除するものではなく、異なる考えによる議論を前提とするが、社会正義や国の主権といった最終的な目的は同じである」と述べています。
次に、常設の作業委員会のうち、経済問題、農業・食料に関する委員会での討論を見ておきたいと思います。
マルガリータ・ゴンサレス労働・社会保障相の報告によると、今年の第1四半期で、労働生産性は約4・3%上昇したものの、平均賃金は約0・9%減少しています(昨年同時期比)。この数字について大臣は、「肯定的な兆候」と見なしうるが、「まだ不十分である」と評価しています。
キューバ政府は、労働者の賃金と、提供する労働の効率性や質の向上を結びつける政策を模索しています。つまり労働生産性の向上と賃金の上昇をうまくリンクさせることで経済全体の効率性を実現し、国民の生活水準のレベルアップを図りたいと考えているのです。
昨年の労働生産性は、マイナス1・1%でした。その原因は、先にあげた人員過剰にあると言われています。しかしこれは今に始まった問題ではなく、いわばキューバ経済の長年の課題です(詳しくは参考文献③をお読み下さい)。
他のテーマでは、ALBA銀行が活発に、農業・医療分野へ資金調達を行なっていること、ALBA加盟国で始まった統一通貨決済システム「スクレ」の将来についても話し合いが行われたと伝えられています。
農業食料分野では、コーヒーの生産が6万トンの目標を大きく下回り、6000トンと歴史的に最も低い数字を記録。結果、1万8000トン、金額にして約5000万ドル分を国内消費のために輸入しなければならなくなっています。対策として、買取り価格の引上げや収穫期の働き手の確保、人材育成における科学技術の適用などが挙げられています。コーヒー以外では5月の新聞報道で、砂糖生産が同じように歴史的に低い数字を記録したと伝えられています。最近、統計局が公表している数字によると、農牧畜生産は今年前半期で約7・5%の減少(昨年同時期比)となっています。
ラウルの演説でも、「砂糖や農牧畜生産の計画不履行」の原因として、「指導方針の誤り」があったことを認めています。
砂糖生産については、国際価格の低下に伴い、02年に全製糖工場の半分以上を閉鎖した結果、現在の価格の上昇傾向(バイオ燃料の需要増など)においても、昨年の急激な輸入削減に伴う資材の大幅な不足、施設の老朽化、管理不足などから計画どおりに進んでいないのが現状です。
先にあげた自営業の拡大についても、今年に入ってすでにいくつかの分野で改革が始まっています。タクシー運転手、美容院・理髪店の勤務員、小型バス運転手に対する固定賃金制度を改めて、それぞれの生産手段であるタクシー、営業施設や器具、小型バスを貸し出す形にして、売上げから一定の賃貸料や税金を納めた残りが、使用者の収入になるシステムに転換しました。これ以外にも、製造業とサービス関連の小企業の協同組合化を推進しようと計画されています。
農業に関しては、国有地の未使用部分を希望者(個人及び法人)に期限付きで耕作する権利を認める措置が08年に法制化され、実行されています。7月中旬の報道では、100万7000ヘクタールを超える未使用地(割合にして57%)が、13万3000名の申請者(個人・法人を含む)に引き渡されています。
新しく農業に従事する人は、信用サービス協同組合を通して基本的に必要な資材を調達していると、ペドロ・オリベラ・グティエレス全国土地管理局局長が報告しています。
但し、実際に生産している状態にあるのは全体の46%で、原因として、資材の調達に伴う困難や雑木の多さなどが言われています。また、新しい農業従事者の知識や技能などの問題、すでに引き渡された土地に対する検査システムの遅れなども実際の生産が遅れている原因として挙げられています。
今のところ、キューバ政府が進めようとしている経済政策は、所有制の転換を軸とした大幅なシステムの変更ではなく、賃貸契約による所有と経営の分離に基づいた一種の「生産請負制」であると指摘されています。
 国民生活に大きな影響を与える経済政策の「失敗」は許されないがゆえに、急激な改革よりも、一歩一歩、その成果を見極めながら進んでいく必要があることは確かです。
しかしその一方で、国民の生活水準が向上していくプロセスが実感されないと、社会的不満が高まっていくことも否定できないと思います。政府が国民の意向(不満や期待)から乖離せずに社会経済的な改善を実現していくことで、将来に希望をつなぐ社会へと進んでいけるのかが問われているのではないでしょうか。
ラウルは、演説の最後を「我々の唯一の道は、勝利へのゆるぎない信頼を持ち、楽観的に闘い続けることである」と締めくくっています。

参考文献
① キューバ共産党機関紙グランマ(Granma)http://www.granma.cubaweb.cu/
② 全国人民権力議会HPhttp://www.parlamentocubano.cu/
③ 現代キューバ経済史 新藤通弘 大村書店(2000年)

|

2010年9月12日 (日)

フィデルの言動から目が離せない(4)

フィデルの言動から目が離せない(4)

フィデルのゴールドバーグ記者との8日のインタビュー記事、またその記事について誤解があると指摘したフィデルのハバナ大学での10日の演説は、国際的に大きな反響を呼んでいます。キューバのグランマ紙は、同日、「世界の通信社は、インタビューでのフィデルの回答を歪曲して伝えている。フィデルは、それとたたかっている」とフィデルを擁護しました。

一方、フィデルの大学での演説に対して、ゴールドバーグ記者は、「私は、誤解していない、フィデルも認めたように、話した通りを聞いて、書いたまでだ」と反論しています。
また、フランスのロマ問題についても、フィデルの発言に、11日、フランス外務省は抗議の声明を発表しました。

どうやら、話しが泥沼化しつつあるようですが、話しを再整理し、問題形式としました。読者のみなさんが、正答を見つけてください。

下記のインタビューの質問に対する回答を読み、回答そのものから引き出せる最も適切な解釈を選びなさい。なお、「記者は、発言に付け加えたり、歪めたりしておらず、そのまま伝えている」という、質問者、回答者とも認めていることを前提とする。質問、回答とも記者の記事を加筆削除せず、忠実に翻訳したものである。

〔設問1〕キューバ・モデルをめぐって
質問:「あなたは、今もキューバ・モデルを、輸出する価値があると思っているのか」。
回答:「キューバ・モデルは、キューバにとってさえも機能していない」。
解釈:
① キューバ社会主義は、失敗した。
② 国によって過度に管理されているキューバ経済は、キューバでは機能せず、ラウルが進めている分権化が必要である。
③ 社会主義経済が機能していないという意味でなく、まったく反対で、資本主義体制は米国でも、世界でも役にたたず、重大な問題が一層悪化している。したがって、資本主義的なシステムが、キューバのような社会主義国にとってどうして役立つであろうかという意味である。
④ 記者の②解釈は、逆で、キューバ経済は機能しており、輸出したい。

〔設問2〕1962年のミサイル危機の際の核先制攻撃をめぐって
質問:「ある時点では、あなたが、ソ連に米国を核攻撃するように進言したのは正当であったと思われるが、その考えは今でも正しいと思うか」。
回答:「その後いろいろなことを見て、いろいろなことが分かってみると、まったくその考えは間違っていた」。
解釈:
① 進言した核先制攻撃は、誤りであることを初めて率直に認めたものである。
② 核先制攻撃は、いずれの場合でも有利な軍事的戦法である。
③ もし米国が、ソ連の核兵器が装備されているキューバに侵攻するなら、こうした状況においては、1941年6月22日にドイツ軍とヨーロッパ諸国軍がソ連を攻撃したように、ソ連を攻撃する先制攻撃を許すべきではない。したがって、その場合に敵が先制攻撃をするのを阻止するように進言したという意味を読者は、以上の回答から読み取らなければならない。「いろいろなことが分かってみると」という回答者の厳しい皮肉、「アルコール中毒のロシアの大統領が、自国の重要な軍事機密を米国に手渡した裏切り行為を述べたものである」という歴史的事実も行間に読み取るべきである。

〔設問3〕国連決議1929の報告について。(フィデルの文章から)次の(   )の中に適切なことばを、以下の①-⑤の選択肢の中から選び、入れよ。
7月9日の国連安保理決議1929に基づく報告書は、(     )、日本人の天野之弥国際原子力機関(IAEA)事務局長の異例の報告がわずかあるだけである」と
① 経済大国の
② 最近就任した
③ 『ヤンキーの手先』、
④ 優れた
⑤ 何も入れない方が良い。

〔設問4〕フランスの少数民族ロマ問題(フィデルの文章から)次の(   )の中に適切なことばを、以下の①-⑤の選択肢の中から選び、入れよ。
フランスのジプシー(ロマ)の追放のニュースは問題である。彼らは、フランスの極右の残虐性の犠牲者であり、すでにその数は7000人にのぼっている。彼らは、(      )犠牲者である。フランスの国民が強力に抗議しているのは当然である。
① しかし、EU法には抵触しない
② 少数民族や移民を差別するグループの
③ (ナチのホロコーストと同じく)もう一つの人種差別ホロコーストの

さて、あなたの採点は?各問25点。

正解は、下記の通りです。
フィデルが述べたところからみると
1):③、2):③、3):③、4)③

海外通信社及びゴールドバーグ記者からみると
1):②、2):①、3):⑤、4):②


(2012年9月12日 新藤通弘)

|

2010年9月11日 (土)

フィデルの言動から目が離せない(3)

フィデルの言動から目が離せない(3)

9月7日、8日とゴールドバーグ記者がフィデルとの会見を掲載した記事が、国際通信社を通じて配信され、物議をかもしているが、それらに対して、フィデルは、10日、発言が誤解されているとして、真意を説明している。フィデルによれば、「ゴールドバーグは、優秀な記者で、発言を捏造せず、そのまま伝えている」とのことである。

それでは、どこに誤解があり、フィデルの真意はどうであろうか。先ずは、質問:「あなたは、今もキューバ・モデルを、輸出する価値があると思っているのか」に対して、「キューバ・モデルは、キューバにとってさえも機能していない」と答えたことから、検討しよう。

フィデルのこの発言は、「社会主義型のキューバ経済モデルは、もはやキューバでも機能していない」、とか、「これはラウルの現在の改革路線を後押しするものである」とか解釈されて報道された。あるいは、筆者が、心配したように、フィデルのこの表現は、フィデルが社会主義、共産主義そのものを否定したとの解釈まで出され、『ニューヨーク・タイムズ』には、フィデルが、「わが国は完全に破産し、共産主義を放棄せざるをえない」と述べる風刺漫画アニメまで掲載されるにいたった。フィデルのあいまいな短い発言が、経済のあり方の問題でなく、体制全体のあり方の問題として、問題が拡大され、反共攻撃に使われる恐れを筆者は感じていたのである。http://thelede.blogs.nytimes.com/2010/09/09/fidel-castros-doubts-about-cuban-communism-and-iranian-anti-semitism/

しかし、フィデルは、ゴールドバーグの「キューバ社会主義経済モデルが機能していない」という解釈も、ジュリア・スウィグの「中央集権経済が機能しないので、ラウルの分権化改革路線を後押しするものである」という解釈も、自分の意図とは、正反対のものであると説明している。フィデルは、「資本主義体制は米国でも、世界でも役にたたず、重大な問題が一層悪化している。したがって、資本主義的なシステムが、キューバのような社会主義国にとってどうして役立つであろうか」というのが真意であると、今回、新たに述べている。

しかし、「キューバ・モデルは、キューバにとってさえも機能していない」というフィデルの回答を、ゴールドバーグが捏造せず、適切に報道しているとすれば、はたして最初の回答から、今回の説明が引き出されるであろうか。少なからずの外国新聞記者が、フィデルは論旨を変更したと指摘しているところである。

もう一つは、フィデルが、ミサイル危機の際に先制核攻撃をフルシチョフに進言したという問題である。ゴールドバーグによれば、記者の質問とフィデルの回答はこうであった。

質問:「ある時点では、あなたが、ソ連に米国を核攻撃するように進言したのは正当であったと思われるが、その考えは今でも正しいと思うか」。
回答:「その後いろいろなことを見て、いろいろなことが分かってみると、まったくその考えは間違っていた」。

今回、フィデルは、前回の発言を否定はしていないが、この問題を「もし米国が、ロシア(ママ)の核兵器が装備されているキューバに侵攻するなら、こうした状況においては、1941年6月22日にドイツ軍とヨーロッパ諸国軍がソ連を攻撃したように、ソ連を攻撃する先制攻撃を許すべきではないということである」と補足した。フィデルは、続けて述べる。「ここからわかるように、もし米国がロシア(ママ)の核兵器が装備されているキューバに侵攻するならば、その場合に敵が先制攻撃をするのを阻止するように進言したことを読者は読み取ることはできなかったであろう。また、『いろいろなことが分かってみると』という私の厳しい皮肉も読み取ることはできなかったであろう。その皮肉とは、アルコール中毒のロシアの大統領が、自国の重要な軍事機密を米国に手渡した裏切り行為を述べたものである」。

ここでも、「その後いろいろなことを見て、いろいろなことが分かってみると、まったくその考えは間違っていた」という前回の言葉からは、今回の発言は読み取れないことはもちろんである。しかし、フィデルは、ナチスのソ連攻撃を例として、米国のキューバ侵攻が予定されれば、キューバ側から核先制攻撃をするように提案した事実を否定してはいない。ここには、やはり、通常兵器の戦争の例を引きながら、核先制攻撃を進言するという問題があるのである。

その他にも問題はあるが、フィデルは、「7月9日の国連安保理決議1929に基づく報告書は、わずか『ヤンキーの手先』、日本人の天野之弥国際原子力機関(IAEA)事務局長の異例の報告があるだけである」と、天野事務局長を罵倒していることは、問題である。筆者は、天野事務局長の短期間の活動を評価する十分な資料をもちあわせないが、こういう国際組織は、一人の事務局長が独裁的に運営するものではない。いわんや、9月5には、天野事務局長はイスラエルにNPTに参加するよう批判をしている。まさかこれも「ヤンキーの手先」としての行動だとフィデルはいわないであろう。キューバの政府系電子版新聞『ペリオディコ26』は、当然のことながら、この行動を肯定的に報道している。フィデルが自らの考えを中心にとはいえ、反核運動を世界に広めようと希望するとき、こうした一面的な個人攻撃で、はたしてキューバは外交的に何を得るのであろうか。

フィデルの言動は、隠居老人の長屋談義ではない。キューバ共産党第一書記の発言である。国際通信社のなかには、何かの機会にキューバの社会主義は失敗だとか、そもそも社会主義は役に立たないとか、反社会主義的な立場から、指導者の失政、失言を待っているものもいる。そのことを考慮して、フィデルは、従来は論理的かつ慎重に発言してきたはずだが。

(2010年9月11日 新藤通弘)


|

2010年9月10日 (金)

フィデルの言動から目が離せない(2)

ある友人から、「フィデルの発言に対する新藤さんの批判のポイントはどこでしょうか?」、
「フィデルの発言のスタイルといったものに対する批判ですか」という質問をいただきました。

昨日の文章は、抑制して書いたものだったので、文意があいまいだったかもしれません。以下に、少し、明確に書いてみましょう。記者の質問とフィデルの回答は次のようでした。

質問:「あなたは、今もキューバ・モデルを、輸出する価値があると思っているのか」
回答:「キューバ・モデルは、キューバにとってさえも機能していない」

ゴールドバーグは、フィデルの回答に驚いて、同席のアメリカ人のキューバ専門家のジュリア・スイッグにフィデルの発言の解釈を聞いて、それを記事で紹介していますが、それは、ジュリアの解釈で、フィデルの発言の真意は、発言以上のものでも、以下のものでもありません。国内問題については触れないというインタビューの前提があったと思われますが、なんとか、「モデルの輸出」という国際問題にからめて、国内問題を発言させようというゴールドバーグの巧妙な作戦が伺われます。フィデルも、国内問題を長々と説明するわけにもいかず困ったものでしょう。

「モデル」という意味が、キューバ経済だとすると、「もはや機能していない」ことは、ラウルの近年の度重なる発言で、明白です。「キューバは、働かなくても生活ができるという世界でも唯一の国であるという観念は、永久に消し去らなければならない」と、ラウルは、今年の8月の国会の演説で適切に指摘しました。「わが国の経済モデルを改革するために数カ月検討したあと、7月16日―17日に拡大閣僚会議を開催した。それには、複数の国家評議会副議長、党政治局員、党書記局員、県党第一書記、県行政評議会議長、キューバ労働者センター(CTC)幹部、大衆団体、青年共産同盟指導部、各省庁の幹部も参加した」とラウルは、同じ演説で述べており、国と政府の総力をあげて、経済モデルの改革に取り組んでいるところです。それでも、毎日の生活に苦しんでいる一般の国民の目からは、改革の速度が緩慢であるという批判が少なくありません。

問題は、今のキューバ経済は、そういう否定的な段階に留まっておらず、したがって、その問題を議論する意味もなく、歴史的な誤りから脱出しようと、不十分ながらも様々な努力を行っている段階です。そこを言えばいいので、歴史的な誤りを再確認するだけでは、現在の改革をぼかすことにもなりかねません。

「キューバ・モデルは、もはや機能していない」という発言は、キューバ・モデルという、「代表的なモデル」がそもそも存在しないうえに(中央指令型経済で、ソ連、中国、ベトナムなどにも存在しましたが、特にキューバ・モデルとはいえません)、モデルというあいまいな表現から、「キューバの体制そのものが機能していない」という全否定の解釈を生みだす恐れがあります。実際、国際ニュースでは、「社会主義そのものが機能しないことを認めた」という論調も多く流れています。

私ならば、「キューバ・モデルというものはないし、ラウル他指導部が困難の克服に努力しているところだ」とでも言っておくでしょうか。
(2010年9月10日 新藤通弘)

|

2010年9月 9日 (木)

フィデルの言動から目が離せない

フィデルの言動から目が離せない
このところ、キューバ・ウオッチャーは、フィデルの言動から目が離せない。フィデルは、8月28日米国のネオコンで親イスラエルの雑誌記者、ジェフリー・ゴールドバーグをキューバに招き、懇談した。目的は、8月中旬に雑誌『ジ・アトランティック』に掲載されたゴールドバーグの記事「イスラエルがイラン爆撃を準備している」をフィデルは注目し、持説の補強のために彼を呼んだのであった。

しかし、ゴールドバーグが招待されフィデルと会談した記事は、8月30日政府系のウェブ、「クーバ・デバーデ」に紹介されたが、会談した事実と水族館を訪問したことに限定され、会談の中身は、キューバのメディアでは明らかにされなかった。

ところが、9月7日なって、ゴールドバーグが、雑誌『ジ・アトランティック』に会見の記事を掲載し、内容が明らかとなった。その記事によると次の3点が新たな点として、直ちに世界の通信社によって報道された。

一つは、ユダヤ人のゴールドバーグに対して、「ユダヤ人ほど迫害を受けた民族はなく、アフマディネチャド大統領が、ユダヤ人虐殺のホロコーストを否定しているのは誤りである。イラン政府は、反ユダヤ主義を止めて、イスラエル国の存在を認めてイスラエルの恐怖を取り除き平和の大義に奉仕するほうが良い」と述べたことである。

ゴールドバーグが、「あなたは、それをアフマディネジャドに話すのか」とフィデルに聞いたところ、「今、これをいっているので、君がそれを彼に伝えてくれてもいい」とフィデルは答えたという。正論であるが、キューバの友好国であるイラン政府、アフマディネジャド大統領を批判したことにもなる。こうした微妙な問題についての見解は、通常では、正式な外交ルートに乗せて意見が交換されるものである。

二つ目は、かつて、1962年のミサイル危機の際、フィデルが、米国への核先制攻撃をフルシチョフに提案したが、ゴールドバーグは、フィデルに、「その考えは今でも正しいか」と質問した。その質問の背景には、当時、以下のようにフィデルとフルシチョフの間に書簡が交わされたことがあったからである。

フィデルは、ミサイル危機の真最中の62年10月27日、フルシチョフ首相宛てに、
「24~72時間以内にアメリカのキューバ攻撃が差し迫っている。もしアメリカのキューバ上陸攻撃あるならば、帝国主義者に核先制攻撃を許してはならない」
と進言した。
それに対し、フルシチョフは、フィデル宛ての10月30日の書簡で、
「貴下は、敵の領土に核兵器による第一撃を加えるようわれわれに提起している。しかし、それは、世界的な熱核戦争の始まりとなっていたであろう。ソ連、社会主義陣営全体、キューバもまたひどい損害をこうむるであろう」
と戒めた。
 すると、フィデルは、10月31日のフルシチョフ宛ての書簡で、
「帝国主義の攻撃の後に、ソ連は、騰膳せずに、そのように行動し、敵が、ソ連に先制核攻撃を加えるという状況を許すという過ちをけっして犯すことのないよう進言したのである。それは、特定の状況についての現実的かつ正当な評価であった」
と自説を正当化した。フィデルは、
「一度戦争が開始されれば、いつ核兵器を使用しなければならないかということさえ決定する特権を、侵略者に譲渡すべきではない。この兵器の破壌力が、非常に大きく、その輸送手段の速度が非常に速いので、侵略者は、著しい先制攻撃の有利さを得ることができる」
という現実主義的考えをもっていたのである。ゴールドバークが行った質問は、こうした先制核攻撃論を、フィデルは現在も維持しているのかということであった。
 フィデルは、こう答えた。
「その後いろいろなことを見て、いろいろなことが分かってみると、まったくその考えは間違っていた」
フィデルは、ミサイル危機後、48年にして、当時の主張の誤りを認めたのであった。なお、筆者は、1992年にカストロとフルシチョフの往復書簡が公開された際、この核先制攻撃論を批判したことがある(『世界政治―論評と資料』1992年12月上旬号、No.874)。

三つ目は、ゴールドバーグが、フィデルに「あなたは、今もキューバ・モデルを、輸出する価値があるか」と質問したことに対し、「キューバ・モデルは、キューバにとってさえも機能していない」と答えたことである。すぐさま、このニュースは、フィデルが、自らが指導してきたキューバの「社会主義」体制全体が機能していないと述べたものとして、ニュースが世界を駆け巡っている。キューバ経済が、深刻な困難を抱えており、構造的変革が必要なことは、ラウル議長も再三再四述べていることである。しかし、ここは、「過度な中央指令経済は、ソ連や、中国や、ベトナムでも機能しなかったように、キューバでも機能していない」と意味であったろう。誤解を生む、舌足らずな表現であった。
 ラウル体制は、最近、国営の製造業、サービス業を協同組合に再編成することを決め、改革にさらに一歩踏み出し始めているところである。所有は、国有のままであるが、経営は組合員にゆだねるという、所有と経営の分離である。所得税の問題、生産手段のリース料の問題、資材の供給の保障、流通・販売網の整理、雇用者の賃金制度などいろいろな問題が解決されなければならない。しかし、この改革は小さくない意味をもっている。さらに、経済の分権化も進められている。「キューバ・モデルは、機能していない」という表現は、こうした危機の克服の努力に触れるものではなく、現状を正確に表しているものではない。
(2010年9月9日 新藤通弘)

|

2010年9月 5日 (日)

キューバ経済の発展段階の史的素描―

『アジ研ワールド・トレンドNo.168 (2009.9)』に掲載された論文、新藤通弘「キューバ経済の現状と課題 ―キューバ経済の発展段階の史的素描―」を転載します。

キューバを説明すれば、フィデルが政府首班であると同時に、反対派のリーダーでもあるということだ―ガブリエル・ガルシア・マルケス

はじめに
キューバの政治的アクターを見事に表現しているこのガルシア・マルケスの言葉は、音楽のソナタ形式の主題のように、50年のキューバ革命史の中で繰り返し現れてくる。一度目は、1970年に砂糖1000トンの目標が未達成となったとき、二度目は、1980年代半ば、キューバ社会での誤りと否定的傾向とたたかう議論をすすめたとき、三度目は、2005年不正、汚職、勤務規律の弛緩を追及しとたき、そして、今年度三月、若手幹部に対し革命とフィデル・ラウルへの忠誠心の欠如を批判したときに現れた。

また、経済困難に見舞われ、社会に不満が鬱積すると大量出国事件が起こり、米国の対キューバ敵視政策が強化され、キューバの国内の改革が抑制される、という主題も繰り返し現れてくる。このことは、60年代初頭、80年、94年の大量出国事件で見られた。この二つの主題が絡み合いながら、革命の50年が展開されたとみることもできる。

現在、キューバ経済は、困難を極めている。本年の経済成長の見通しは、昨年末国会で承認された6.5%から、5月には2.5%に大幅に下方修正されたが、7月の共産党中央委員会総会ではさらに1.7%に修正された。しかし、キューバ人エコノミストたちはそれも危ぶんで1%を切るのではないかと憂慮している。
いったい、キューバは、歴史的にどういう経済建設を歩んできたのであろうか。筆者は、キューバ革命の歴史は、1959―1960年、1961―1969年、1970―1979年、1980―1989年、1990一1999年、2000―2007年、2008―現在までの七時期に区分できるのではないかと考えている。この時期区分に従いながら、革命50年の経済建設を歴史的にたどることによって、現在のキューバ経済の座標軸を定め、今後の経済の発展の道を展望することにしたい。
(続きは別添PDFをご参照ください)
「09.09.01 キューバ経済の現状.pdf」をダウンロード

|

2010年9月 4日 (土)

フィデルと核戦争の予測

フィデルと核戦争の予測

フィデルが、9月3日午前7時30分、2006年7月に腸の手術をして以来、4年ぶりに野外で演説を行い、健康の回復ぶりを示した。ハバナ大学の正面入り口の階段で、数千人のハバナ大学の学生・教員を相手に、軍帽をかぶり、軍の階級章はつけないが正式の軍服姿で40分にわたり、用意した「メッセージ」を読み上げた。司会者は、フィデルをキューバ共産党中央委員会第一書記、最高司令官として紹介した。

演説の内容は、国内のことはまったく触れず、持論のイランへの核攻撃が緊迫しており、それを唯一回避できるオバマ大統領を説得する世論を世界に広めようというものであった。一般的には核兵器の使用反対、核廃絶を目指して話しあい、世界に運動を広めることは必要であり、それにフィデルも参加することは、評価されることである。

しかし、今回の演説において、筆者は、次の3点が気になった。

一つは、次の点である。フィデルは、こう述べている。
「この核戦争を回避するための時間は、極めて限られている。今年の6月世界では地球の人類の命が脅威にさらされている危険について、何も警告されていなかったので、私はその時から、その危険性を広く伝える努力をしてきた。・・・
巨大な資本主義企業が握っている大手通信社、大手マスコミは、沈黙しており、世界は、(核戦争が緊迫していることを)、知らされていない。・・・
痛ましい真実をいうのも気持ち良いものではないが、これは、世界の政治、政府に携わっているすべてのものにとって恥ずかしいことである。つまり、こうした事実(緊迫した核戦争の可能性)が、故意に隠されていることである。そこで、キューバ(フィデルが、という意味)が、人類に現在起きつつある危険を警告するという困難な課題を担うことになったのである」。

しかし、はたしてそうであろうか。核戦争が数日以内に、あるいは9月10日に緊迫しているというフィデルの独自の見解に対して、世界の多くの指導者、政治家、マスコミ記者は、核戦争が緊迫したものではないという認識をもっているので、報道したり、警告したりはしないのではなかろうか。これらの人びととて、真に自らの、自らの家族の、あるいは自国の国民の生命が脅かされているのであれば、何らかの形で報道し、阻止するために行動するであろう。フィデルとは認識は違っても、世界の平和を希求している世界のいろいろな国々の真摯な政治家、政府、マスコミ記者、反核平和活動家が、無視されてはいないだろうか。認識の違いを棚に上げ、自分だけが、緊迫した核戦争の危険性を認識し、世界に警告しているという考えは、正当であろうか。

二番目は、核戦争勃発の予測日が、再三変わっていることである。

フィデルは、この演説でこのように述べている。
「(6月7日に)決議1929が承認され、イランの商品の検問が許可され、90日という期限が定められ、各国はその日までに決議を順守したかどうか、(IAEAと安保理)に報告しなければならない。
今や、この状況の中で何が行われるか、世界の世論を彼らはどう評価するか、新たな期限を設定するのかどうか、見守らなければならない。・・・
したがって、世界のマスコミは、奇妙な沈黙を守ったり、あるいは突然ニュースを報道したりするので、気をつけておかねばならない。
現在、事態は展開しつつあるので、だれも起きることを正確な言葉でいうことはできないが、9月7日、9日、15日、20日に何が起きるであろうか。われわれは、対策の計画を立てておかなければならない」。

フィデルは、一貫してイスラエル商品の公海での検問が強制的に行われると主張しているが、それにはあくまで輸送船の船籍国の同意が必要である。イラン以外の船籍国は、これを承諾するであろうが、イランはイラン船籍の船には同意せず、決議によればこれを強制的には検問できない。90日(9月7日)以降、決議は、問題を再検討すると述べているので、いきなりの対決、イラン攻撃とはならないのである。

フィデルは、またも核戦争が起きる日を変更して、9月15日、20日に核戦争が起きるかのように述べている。世界核戦争のような重大なことを、確実な判断の材料がない段階で予測するのは、核戦争を避けようという善意として機能するよりも、いたずらに恐怖感を与えるだけではないであろうか。フィデルは、わずか4日前に、メキシコの『ラ・ホルナーダ』紙とのインタビューでは世界核戦争は、9月9日に起きると述べていたばかりである。すでに、フィデルは、7月4日の『省察』「不可能な祝福」で、7月8日か9日に核戦争が勃発すると予測して、外れている。仏の顔も三度まで、という感じもしなくない。

最後に、フィデルは、歴史的な様々な世界の反核運動、現在の反核運動の高まりについて、まったく言及していないことである。フィデルは、「もはやわれわれは、紳士的な時代に生きているのではなく、恐るべき核が2回も使用された時代であり」、核が安易に使用される時代にあるという。そしてイランを米国やイスラエルが攻撃すると、「イスラエルが通常兵器で反撃すると、激しい戦争となり、攻撃側の統制がなくなり世界核戦争となるのは必至だ」と述べた。

しかし、戦争において、世界から理性が失われ、なんでもありの時代にどんどん深入りしているかのようなフィデルの持論は、近年の反核運動の高まり、特に今年になってからの反核運動の前進を認識していないといえよう。

フィデルは、オバマの昨年のプラハ演説も、「オバマは、核兵器のない人類を語りながら世界をだまそうとしている」と一蹴し(7月11日、省察『戦争の起源』)、今年になって反核運動で一定の貢献を行っているバン・キムーン国連事務総長も「上部から(米国からの)の指令に従う」人物と批判している(8月15日、省察「免責と戦争」)。こうした一面的な評価で、しかもこれまでの反核運動と無関係に、幅広い国際的な核兵器使用反対、核廃絶の運動を、フィデルが中心となって推進することができるであろうか。むしろ、一定の肯定的な発言を行っているこうした指導者をも巻き込んで、世界的な大きな反核の渦を作っていかなければ、主観主義的な危機感や一面的な評価では、せっかくの大きな善意の目的も達成できないのではないだろうか。
(2010年 新藤通弘)

|

2010年9月 1日 (水)

最近のキューバの新聞は何を報道しているのか

最近のキューバの新聞は何を報道しているのか

キューバには、全国紙として最大発行部数の日刊紙では『グランマ』(キューバ共産党中央委員会機関紙、日曜日は発刊せず、通常8ページ。発行部数50万部)、『フベントゥ・レベルデ(反乱する青年)』(キューバ青年共産同盟機関紙、月曜日は発刊せず、日曜日が8ページ、残りの日は4ページで発刊。発行部数20万部)、週刊版で『トラバハドーレス(労働者たち)(キューバ労働者センター機関紙、月曜日発刊、8ページ)。他に地方紙がある。ハバナの場合は、『トゥリブーナ・デ・ラ・アバーナ』。すべてタブロイド版である。かつてはグランマ紙、フベントゥ・レベルデ紙とも、タブロイド版の倍の大きさの8-12ページ建てであったが、1993年にまず、ページ数が半分となり、さらにその後大きさもタブロイド版となった。ニュース量としては、かつての4分の1となっている。

テレビでは、『クーバ・ビシオン』、と『教育テレビ1』が午後1時から1時間、夜8時から35分間同じニュース番組を放送する。

代表的なグランマ紙では、8月5日は、表紙はフィデルの言葉、マイアミに収監中の5人の一人ヘラルドのメッセージ。2、3、8ページと国内ニュース、4、5ページと国際欄、6ページが文化欄、7ページがスポーツ欄であった。一般の国々に比較すると、50ページ程度のページ数で半分以上が広告というのは論外だが、ニュース量はやはり少ない。しかし、それなりに読者の関心、社会の必要性に応じた紙面構成といえるだろう(添付の8月5日グランマ紙参照)「10.08.05 Granma.pdf」をダウンロード

しかし、8月になると、党第一書記、革命の最高指導者であるフィデルが、健康を回復し、旺盛な執筆活動、国会の出席、会談、インタビューを精力的に行うようになった。するとそれらを報道するのに最大の全国紙『グランマ』紙の紙面では足りないようである。

フィデルは、今年に入り、『省察』を1月4、2月1、3月3、4月3、5月3、6月7本のペースで執筆してきたが、7月7日に全国科学調査センターCENICを訪問して、公衆の前に姿を再び現すと、会談、執筆活動が飛躍的に増えるようになった。省察は、7月は5本であったが、8月には17本と急増した。しかもそれらが、A4(80字x40行)で10ページから14ページ(日本語に直すと400字詰めの原稿用紙で40-55枚)という長いものが多くなった。長いといっても、ほとんどは、外電か、他人の著作の引用が80パーセント程度を占める。

その上、長時間の会談、インタビューを行っている。その中には、8月7日には国会での発言、8月10日はベネズエラ人記者団とのインタビュー、8月22日はテレビ座談会、8月23日にはキューバ人科学者との懇談、8月26日には作家のダニエル・エスチューリンとの対談、8月30日にはメキシコの『ラ・ホルナーダ』紙とのインタビューなどがある。これらも、紙面の1-3ページを使って報道されている。

そうすると、8月10日の『グランマ』は、フィデルの国会での演説とベネズエラ記者団とのインタビューが重なって、全体の8ページのうち、国内・外信・文化・スポーツは合せて1ページということになった(添付のグランマ8月10日参照)。「10.08.10 Granma.pdf」をダウンロード

しかし、8月のグランマ紙一般は、8月10日号まではいかないが、2日に一度はフィデルの省察が8ページのうち2-3ページを占め、国内ニュースはわずか1ページとなっている(グランマ紙8月19日、8月28日参照)。外貨節約と緊縮財政にあるキューバでは、そのために増ページされることもままならない。現在キューバは、国内で経済問題、汚職問題など数々の課題をかかえており、その克服のために国民が大いに議論し、積極的に取り組む時期である。これらのニュースを国民は待ち望んでいるのではないであろうか。「10.08.19 Granma.pdf」をダウンロード

「10.08.28 Granma.pdf」をダウンロード

なお、テレビニュースでも、これらの省察が全文読まれることが多く、ニュース番組の半分以上占めることもある。各新聞とも電子版がインターネットに掲載されているが、ネットは、一般に職場で見る程度で、メールが精いっぱいで、とてもニュースを見るまでにいたらない。一般に個人でネットを利用している国民は極めて少ない状況である。

それでは、意気軒昂になったフィデルは、最近なにを主張しているのであろうか。次に、それらを見てみよう。

8月22日、フィデルはテレビ座談会で次のように、米国あるいはイスラエルによるイラン核攻撃と北朝鮮による先制攻撃を述べている。「いずれにせよ、イスラエルにとって、極めて近いイランが核兵器をもつことは、許しがたいことである。それが、もし米国がイランを攻撃しなければ、イスラエルが攻撃する理由である。
オバマは、引き続き引き金に指をかけており、決定を下すのに長い時間をかけないであろう。そうするのを避けるようにしよう。現在できるすべてのことを、しなければならない。
北朝鮮は、自分たちが天安艦を沈没させたのではないと、中国に真実を述べた。しかし、北朝鮮に責任があるというと、北朝鮮は、北朝鮮を破壊させないと反論する。北朝鮮は、ソウルを火の海にすることができるのである。北朝鮮は、イランで戦争が勃発したならば、北朝鮮への最初の一撃を許さない。なぜなら、北朝鮮は、即座に彼らを攻撃してくることを知っているからである。それは、まったく疑いのないことである」。

8月22日には、省察『引き続き議論する用意がある』において、今度は、オバマのみが核戦争を回避できるように強調している。
「なぜ、戦争か平和が、オバマにかかっているのか。ただ一つ重要な事実は、米国において憲法は、同国では戦争の指令を出すことができる唯一の人間が存在していることを規定していることである。そのことは、かつてなく重要である。というのは、世界核戦争は一分で開始され、おそらく一日しか継続しないからである。
この2010年という最後の段階で、もし国連安保理の指示を遵守するならば、おそらくそれを韓国人のバン・キムーンという人物(訳注:国連事務総長)が確実に呼びかけるだろうが、オバマが人類の消滅に責任があるであろうという私の考えを誰も想像しなかったし、オバマももっと想像しなかったであろう」。

また、フィデルは、8月23日には、核の危険についてのキューバ人科学者と意見交換し、世界核戦争が勃発する危険性を強調する。「これは、世界で最初の核戦争となるように思われる。人類史は、このような戦争を経験したことがない。つい最近までだれが戦争の危険を知っていたであろうか。だれがそれについて話したであろうか。だれが、世界のすべての通信手段を支配しているのであろうか。
ここに、すべては、一人の人間(オバマ大統領)にかかっているのだ。それは、強大であるからというのではない。それは、彼が、引き金をひく権限をもっている唯一の人間であるからである」。

8月28日には、フィデルは、省察『憂慮する238の理由』において、国連安保理決議1929の報告切れの9月7日以降に核戦争が必至であると主張するようになる。
「9月7日以降、国連安保理は、イランが核計画を停止したかどうかを検討するであろう。もし、決議1929の文言に合致するならば、米国あるいはイスラエルは、公海でイランの商品を検査しようとするであろうし、武力を行使しなければならなくなるであろう。これが、現在われわれが、明らかに不確実な点である。
ジェフリー・ゴールドバーグの重要な論文、『アトランティック』誌の「後戻りできない地点」を注意深く読んだなら、この史上まれな矛盾が意味すること、双方の国の間で、核の時代において、ほとんど解決できないことがわかる」。

そして8月30日には、フィデルは、『ラ・ホルナーダ』紙とのインタビューにおいて、9月9日には世界核戦争が勃発するかもしれないと具体的に警告している。
「このところ、私は、表舞台に出ないわけにはいかない。世界は、最も興味深く、存在が危険な段階にあり、私には、勃発しようとしていることに対し、行うべき義務がある。
その義務は、全面的な反核戦争運動の結成のようなものである。そうした巨大な脅迫が実行されるのを避けるために、国際的な説得力を作ることである。
私は、最初、北朝鮮への核攻撃が行われると考えた。しかし、すぐさま修正した。というのは、中国が安保理において拒否権でそれを止めさせたからである。しかし、イランに対してはだれも止めない。中国も、ロシアも拒否権を使わなかった。
われわれは、バラク・オバマ米国大統領に核戦争を避けるよう説得するために世界を動員しなければならない。彼だけが、ボタンを押すかどうかできるのである。
100発の核爆弾だけでも世界全体を暗闇にする核の冬を作ることができる。
こうした残酷なことは数日以内の問題として、より正確にいえば来る9月9日に起こりうる。その日が、イラン船舶の検問を開始するために、国連の安保理が与えた90日期限が終了する日だからである。
イランは、譲歩しないことは確実だ。アメリカが譲歩するだろうか。どちらも譲歩しないとしたら、どうなるだろうか。このことが、来る9日に起こりうることなのだ。
爆発後の1分間で、人類の半分以上が死亡し、灰と炎の中で諸大陸の噴煙が太陽の光をさえぎり、暗黒の闇が世界を支配し始めるであろう」。

フィデルの主張をまとめれば、①米国、イスラエルは、帝国主義で侵略的で、イランの核武装を許せない、②イランはイスラム原理主義で譲歩しない、③米国、イスラエルは、核攻撃でイランの核武装を阻止、④米国は、北朝鮮にも攻撃を行う、⑤北朝鮮、核攻撃で韓国に先制攻撃、⑥そこで、世界核戦争になる、⑦核の冬で世界は滅亡、⑧一方、米国では憲法上、大統領が軍最高司令官であるので、オバマが人類滅亡のカギを握っている、⑨したがってオバマに核の引き金を引かないように自分が先頭に立って国際的に呼びかける、という筋書である。

しかし、日本でも、欧米でも主要紙は、まったくこの世界核戦争の勃発の可能性について報道していない。一体どうなのだろうか。ここで、まず国連安保理決議第1929をよく読んで見る必要がある(別添決議訳文参照)。「10.06.09 国連安保理決議1929全文.pdf」をダウンロード


そこには、第15条で船舶の船籍国の同意を得て初めて検問が公海上でできることになっている。その場合、決議文では武力行使は排除されている。そして、36条、37条で決議後90日経過したところで、イランが決議を順守した状況を国際原子力機関(IAEA)と国連で検討することになっている。したがって、90日経過すれば、いきなり米国、イスラエルが検問、イランが拒否、米国、イスラエルが武力行使、核攻撃という展開になるようには、決議文からは伺われない。そうであるから、一般に報道されないのであろう。

また、フィデルの主張は、すべて①から⑨までのそれぞれの要素の本質を理論的に展開しており、それぞれの要素が具体的な情勢、条件の中で、中東諸国、ロシア、中国、韓国、日本政府などの重大な利害関係国が自国の維持のために、どういう態度をとり、米国政府やイスラエル政府が平和勢力とどう対峙し、どういう制約を受け、どういう実際の行動をとるかという分析にもとづいていない。状況は、大変複雑な問題となるのである。

たとえば、米国大統領とて、一方的に一人で核戦争開始という重大な政策を決定するのではない。米国自体の軍事的、経済的安全性、米国民の反応、議会の反応、政権内部のコンセンサス、国家安全保障会議での議論、自らの陣営にも影響する核兵器の絶大な破壊力、大量な人命の犠牲についての考慮、同盟国の協調、同意の可能性などいろいろな要素がある。

あるいは、前にも指摘したが(8月10日付「国際情勢が変わったのか、それとも・・・」)、世界における50年代からの様々な国際的な反核運動(それにはキューバも積極的に参加してきた歴史がある)、核軍縮の歴史、「核戦争に勝利者はいない」、「核兵器には軍事的に使い道がない」という軍人たちの経験、国際反核運動の高揚も、現段階では、核使用を抑えている重要な一因である(たとえば、ジョナサン・シェル『核のボタンに手をかけた男たち』川上洸訳(大月書店、1998年)参照)。フィデルがいう今オバマに核を使用させない運動を国際的に作るという善意も評価されるが、主観主義的な危機感に立たず、むしろこうした反核世論・運動と一緒になって世界において核使用禁止、核廃絶の世論を高めることが有効ではないだろうか。

フィデルの核戦争勃発の予告は、すでに7月4日の予測が外れて、その後7月9日に自己批判するものとなっている。今回、9月9日に核戦争が起きなくても、それは、現在の反核運動・反核意識の高まりの結果ではなかろうか。
(2010年9月1日 新藤通弘)

|

« 2010年8月 | トップページ | 2010年10月 »