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2010年9月21日 (火)

キューバの人種問題についての歴史ドキュメンタリー「1912年、沈黙を破って」

キューバにおいて、人種差別問題は、1959年の革命戦争勝利後、法律的・政治的には基本的には一掃されたとされています。しかし、実際には社会生活のすみずみに、いろいろな形の残滓も見られます。最近、人種問題が、キューバでも議論されるようになっています。そうした社会背景の中で、グロリア・ロランド監督は、ドキュメンタリー映画「1912年、沈黙を破って」を制作し、このほどキューバ社会に問題を問いかけました。以下、その紹介記事を掲載します。

キューバの人種問題についての歴史ドキュメンタリー「1912年、沈黙を破って」
前田恵理子訳
Cubanow 16 de Agosto del 2010
ホルへ・スミス

グロリア・ロランドは、サンティアゴ・アルバレスやロヘリオ・パリと同じく本格的な映画を学んだ映画作家で、彼女の記録映画「1912年、沈黙を破って」は、大虐殺、そしてキューバの人種差別の起源と、現在も偏見が見られる中で、人種差別がなお存続していることを訴えている。

Breakingthesilence

映画の一部は、2003年にアフリカ系米国人の女性教授の学術研究のために行われたインタビューから触発されたが、主要な動機は、女学生からの「黒人はキューバに何をしたのか?」という質問から出たものである。
2012年には「黒人の戦争」や「12年の戦争」として知られる1912年の3000人にのぼる大虐殺から100周年を迎える。この大虐殺は、キューバの東部地方で、支配体制に反対する絶望的な行動として、最も虐げられていた階層の人びとによる武装蜂起の後に起きたものである。

「1912年、沈黙を破って」は、3部から構成され、お決まりの教訓主義へと逃げてはいない。というのは、キューバでは1886年に奴隷制度が廃止され、旧奴隷たちは、独立戦争での重要な役割を果たしたのにもかかわらず、その後、この1912年という日は、無視されていたからである。

ドキュメンタリーの第一部は、初めに報道関係に公開された。それは、ひとりの奴隷の孫の記憶から展開する。「僕のお婆ちゃんが、僕に話してくれた。僕のおじいちゃんは、黒人の戦争で殺された。全く、関わっていなかったのに。家から出るなと警告されたけど、おじいちゃんは決心して家を出たところ殺された・・・黒人だったからだ」。
映画は、それから、奴隷制度の段階、人種差別が本当に始まった時にまで遡る。エドゥアルド・トレス・クエバス教授によると、黒人の人身売買、商品としての人間と法的自由の欠如の世界である。

Gloriarolando2010


映画は、また、以下の黒人の反乱を描いている。それらは、ホセ・アントニオ・アポンテ(?-1812)が指導した1812年の最初の黒人の反乱、1843年の「はしごの反乱」(黒人は「はしご」につながれ鞭打ちの罰をうけたことから来る)、第一次独立戦争の「10年戦争」(1868-1878年)、独立運動の英雄で混血のアントニオ・マセオ(1845-1896)、キューバ解放軍の黒人の将軍バンデーラス・ベタンクール(1834-1906)、勇敢な独立運動の指導者、黒人のホセ・ギジェルモ・モンカダ(1838-1895)の英雄的役割、「小戦争(1879-1880」、「1995年の戦争」である。
次の題材の解明は、考慮するにふさわしい。それは、19世紀の黒人の最初の組織の結成である。その組織は、「黒人中央幹部団」という名前をもっており、そこには、さまざまな貴重な視覚による証言によって、黒い肌をした人たちが、流行の服を着ているのが見られる。

グロリア・ロランドは、写真、新聞のファクシミリ、雑誌、古い文書を駆使し、観客を当時の雰囲気の中に連れていく。

米国に半ば支配されたキューバ共和国(1902-)で起こったことの分析は、同様に、アメリカ人が、スペイン人よりももっとひどい人種差別主義者であり、黒人男女への偏見と不当行為がより激しくなったことを見事に示している。

他方、この映画は、マルティン・モルア・デルガード(1857-1910。黒人独立党に反対)とファン・グアルベルト・ゴメス(1854-1933。独立後自由党員となる)など、諸政党に参加した黒人の指導者たちやその他の指導者たちと、ムラートと貧しい黒人たちとの分裂も描いている。

解放軍の将校のペドロ・イボネー(?-1912、エステノスと運動する)とエバリスト・エステノス(?-19121,黒人独立組織指導者)は、貧しい黒人の怒りを組織した。二人は、米国の2度目の干渉の際、1908年に黒人独立党を創設し、人種による政治的差別を禁じる憲法修正(まさしくマルティン・モルア・デルガードによって作成されたもの)に反対したのである。

これが1912年の戦争の起源で、この時でもって、人種差別のテーマが未解決であるというグロリア・ロランドの第一部が終了するのである。

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