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2010年8月10日 (火)

国際情勢が変わったのか? それとも・・・

国際情勢が変わったのか? それとも・・・

8月7日、フィデルの要請により、国際問題を討議するために特別国会が開催された。フィデルは、階級章のない上下オリーブ・グリーンの軍服姿で現れた。国会では一国会議員に過ぎないフィデルは、空白のまま維持されていた従来の席には、さすがに座らず、演台での発言のあと、アラルコン国会議長の横に座り、質問に答えた。
フィデルは、約12分間、用意してきたメッセージを読みあげ、自由討論に付した。国会議員の発言は、フィデルの指導力を賛美するもの、国際問題を述べるもの、原爆問題を述べるものなど、いろいろ相次いだ。しかし、フィデル、国会議員とも国内問題についての発言はなかった。1時間半に及ぶ国会の間、国家評議会議長のラウルは一言も発言しなかった。

フィデルは、「8週間前の当初、差し迫った核戦争の危険は、解決不可能だと考えた。
しかし、つい最近まで夢にも思わなかった解決の条件が現在作られつつある」と切り出した。以下にみるように、フィデルは、6月1日からはトーンダウンしてきたものの、一貫して米国による北朝鮮への核攻撃、イスラエルによるイランへの核攻撃の可能性を主張してきた。一体、本当に新しい条件が作られつつあるのか、それはどういう国際条件なのか。国際条件が変わったのか、それともフィデルの主張が変わったのか。以下、検討してみたい。

フィデルは、6月1日の省察で唐突に核戦争の危険を提起するが、それまで、今年のその他の省察では、核戦争は、まったく述べられていなかった。海外の国際ニュースでは、その後も核戦争の危険については、小生の知る限り報道されていない。キューバのメディアでもそれ以前は、報道されていない。

それでは、なぜ、フィデルが6月1日から唐突な形で核戦争の危険を提起するようになったのか。以下の事件がフィデルの頭脳に強く焼き付いたからではないだろうか。

3月26日、天安艦事件(韓国海軍哨戒艦沈没)勃発。
5月23日、1975年3月イスラエルが南ア向けに14発の核弾頭を売却契約したことが暴露される。アンゴラ派遣の4万人のキューバ軍はこれを知らずに戦闘。
5月下旬、国連安保、イラン追加制裁決議を討議。
5月31日、イスラエル特殊部隊、公海上でガザ支援船を強襲、15名を殺害。

では、次に、6月1日以降の「省察」の中の核戦争に関するフィデルの主張箇所を抜き出してみよう。

6月1日 省察「帝国と戦争」
天安艦事件(3月26日韓国海軍哨戒艦沈没)は、米国の仕組んだもの(具体的証拠提示せず)。米国の北朝鮮核攻撃を必至とみる(具体的論拠提示せず)。
イスラエルは、米国の決定を無視してイランへの核攻撃を行う(具体的論拠言及せず)。
イスラエル特殊部隊、5月31日、公海上でガザ支援船を強襲、15名を殺害したことを非難。

6月3日 省察「帝国とウソ」
米国による北朝鮮とイランへの核攻撃は、差し迫った危険である。
米国の仕組んだ天安事件は、日本の「国民統一政府である鳩山政権」を放逐することにも役立った。
しかし、代償もあり、中国の胡錦濤国家主席は、日本の明仁天皇、首相、重要人物と話しあうために重要な指導者を派遣しなければならなかった。

6月8日 省察「悲劇の瀬戸際で」
天安事件は、米国の工作であることは明白。
イスラエルが米国の意見も聞かず、独自に核攻撃を行うことを疑うのは非現実的(具体的証拠示さず)。イランの核施設を攻撃することは明白。
イランは、イスラエルの脅迫には屈しない。

6月10日 省察「待伏せの一撃」
イスラエルのガザ支援船攻撃は、世界でのサッカーのワールドカップ熱を利用したもの。
国連安保理のイラン追加制裁措置についてのオバマ演説は、昨年のカイロ演説と矛盾する。イスラエルは、米国によって核武装され、中東の憲兵となっているが、米国の意見も聞かずに狂信的に行動するものである。

6月16日 省察「避けがたい小衝突」
北朝鮮は、天安を沈没させるような兵器はもっていない。
米国は、口には出さないが、イランの民族主義政権を打倒したいのだ。
米国は、サウジアラビアに、イスラエルの最新爆撃機がイラン攻撃用に空路を使用することを承認させた。これは、イスラエルが米国により供給された核兵器を使用することを可能にするものである。

6月24日 省察「私が間違っていてほしいものだ」
天安艦は、北朝鮮でなく、米国の諜報機関による爆薬で沈没された。
6月20日、空母ハリー・S・トルーマンを旗艦とする原潜、戦艦などが、スエズ運河を通りイラン海域に向かった。同時にイスラエル軍艦も貨物検問のため、イラン海域に向かっている。
当初、朝鮮で小戦闘が始まり、それが第二次朝鮮戦争、核戦争となり、それが、イラン核攻撃を誘発すると私は考えたが、現在は状況が変わり、逆で、イランへの核攻撃が最初で、それがすぐさま朝鮮戦争を引き起こすと考えている。

6月27日 省察「十分に前もって真実を知ること」
現在は、26日前より、より落ち着いている。もし米国チームが勝てば、オバマは、ワールドカップの準決勝戦に出席すると述べた。戦争が起きていたら、出席できないからだ。
6月26日、イラン軍司令官が、米国あるいはその同盟国が公海でイランの船舶を検問するなら、ペルシャ湾、ホルムズ海峡で反撃を受けるであろうと述べた。つまり、船舶の検問が行われるなら、イランから雨のようなミサイル攻撃を受けるであろう。
1975年3月イスラエルが南ア向けに14発の核弾頭を売却契約したことが暴露された。アンゴラ派遣のキューバ軍はこれを知らずに戦闘していた。イスラエルはそういう国だ。

7月4日 省察「不可能な祝福」
2010年6月9日の国連安保理1929に従って、イスラエル軍艦は、米航空母艦に守られてイラン船舶の検問を行うであろうか。決議は検問には、イランの同意が必要となっている。イランがそれを否定するならどうなるか、われわれは検討してみなければならない。
われわれは、核戦争の破滅的な結果に直面しなければならないが、その核戦争は極めて近い時期に(7月8日か9日に)勃発するであろう。

7月11日 省察「戦争の起源」
米国、イラン両国とも譲歩しないだろう。双方とも望まないが、戦争が勃発するだろう。
本質において、オバマは、核兵器のない人類を語りながら世界をだまそうとしている。一方では、核兵器に代わる甚大な破壊兵器を用いるからだ。
米国は、イランの屈服が非常に近いと考えているが、EUも7月26日に署名を予定している別な制裁措置を検討している。
イランの外相は、国際制裁に関わらずウランの濃縮を継続すると述べている。
救い難い障害(核戦争)を克服できる可能性は、一日一日と減っている。核戦争が勃発することをほぼ正確に予測できることは明白である。
自己批判しなければならないことは、6月27日木曜日の省察で(フィデルの記憶違い、実際は7月4日の省察)、遅くとも木曜日か金曜日、遅くとも土曜日まで、遅くとも金曜か土曜日には核戦争が勃発すると述べたのは誤りであった。
イスラエルの戦艦が米海軍とともに目的地に向かっており、検問の指令が出されていることを知っていた。しかし、船籍国の同意が必要であるという条件に気がつかなかったのである。
8月8日は、6月9日の安保理決議の実施状況を報告する60日の期限が切れる。しかし、現実には何か残念なことが起きるであろう。
決議の第36項に決議1737(2006)のイランの履行状況についてのIAEA事務総長の報告の提出が90日以内に要求され、第37項でこの報告に基づいてイランへの行動を再検討するとなっていることを見逃していた。
私の目的は、生じていることを国際世論に警告することであった。

7月18日 省察「ネルソン・マンデラ」
人類は、近づきつつある核悲劇の破滅的な衝撃をまだ予防することができる。環境の悲劇は最早、目の前にあるのだ。

7月18日 省察「もう一つの悲劇」
7月13日にキューバ世界経済調査所(CIEM)を訪問した際、現在、目にしているもう一つの悲劇、環境破壊について述べた。この問題では、現存していることをみんなが協力して変えていくことが必要だ。
私が6月1日から省察で述べている人類最後の戦争となる戦争の差し迫った危険は、一日一日、悪化している。99.9%の人が基本的な常識が勝利すると期待している。しかし不幸なことに私が見ている現実からは、そういう可能性はまったくない。世界の人びとがこうした現実に対処するよう準備することがはるかに現実的だ。

8月3日 省察「米国大統領への要請」
天安艦沈没事件後に核戦争の危険が生じた。これは韓国政府の主張である北朝鮮の旧式ソ連製潜水艦の魚雷によるものではなく、米国の諜報部隊が天安艦の船体に爆薬を仕掛けたことによる。
8月1日、マイケル・ミューレン米軍統合参謀本部長は、イランが核武装する計画を持っているので、それを止めさせるイラン攻撃計画があることを認めた。
8月2日、アフマディネジャド大統領は、9月にニューヨークでオバマと会い、直接、対等平等の立場で話し合いたいと述べた。イラン政府は、米国とイスラエルがイランを封鎖し、イランの商船が検査を受けるやいなや、検問した船舶にミサイルを発射すると通告した。
したがって、オバマが安保理決議の実行を命令するならば、同地域のすべての米国軍艦が沈没させられることになる。
現在の最悪の可能性は、核戦争であり、それはすでに実際上避けられないものとなっている。それを避けるように。

8月7日 フィデルの「メッセージ」
8週間前の当初、差し迫った核戦争の危険は、解決不可能だと考えた。
幸いに、まもなく希望があると分かった。さらにその機会が失われるなら、最悪の結果となり、人類は救われない。しかし、そうならず、逆に、つい最近まで夢にも思わなかった解決の条件が現在作られつつある。
米国大統領が一人で決定を下さなければならないだろう。彼の補佐官たちはこのことを理解し始めた。些細な前進だが、ヘラルド(米国に収監中の5人のキューバ人諜報員の一人)の拷問が停止されたことである。これは、12年間も起きなかったことだ。次は、妻のアドリアーナの面会が認められか、あるいは即時の釈放があるだろう。
イランが米国とイスラエルの要請に一歩も譲歩せず、米国とイスラエルは戦争手段を動員しているので、2010年6月9日の安保理の合意期限が終了するやいなやイランを攻撃しなければならない。
その指令は、オバマ大統領が行うことになるが、膨大な核兵器により米国も含め世界で数億人の死者を出すことになる。同時に、近東、極東、ユーラシアでも核戦争が勃発するであろう。
オバマ大統領は、アフリカ人と白人の、イスラム教徒とキリスト教徒の子孫である。その指令を出さないであろう。もし、彼がこのことについて良識的に考えるならば、である。イスラエルを除き、世界の大国、同盟国、敵対国も、そうしないように呼びかけるであろう。

メッセージを読み上げた後、国会議員の質問に答えて。そのうちのいくつかを記す。
(問):オバマは、攻撃指令を出すことができるか?
(答フィデル):いや。もしわれわれが彼を説得するならば。
(問):あなたは、オバマが二つの文化の遺伝子をもっているとのべたが、文化的対話についてもう少し詳しく話してほしい。
(答):時間がないが、中国もこの方向で動いている。ソ連人(ママ)もこの方向で動いている。この二つの大国のうち、ソ連(ママ)は、異常な気候変動に苦しんでいるところである。オバマの有利な点は、ニクソンでないこと。ニクソンは厚顔無知だった。レーガンも無知だった。ルーズベルトは、彼なら広島と長崎に原爆を落とさなかったであろう。落としたのは無知で無責任なトルーマンだった。落とす必要はなかった。日本は敗北しており、天皇はすでに終戦を決定していたからだ。
(問):あなたは、イスラエルがイランに攻撃しないように説得されうると思うか。
(答):思わない。

こうして、まとめて読んで見ると、筆者には次のような、いろいろな問題点が感じられる。
事実認識についての誤解が見られないだろか。6月8日付の省察では、「日本の『国民統一政府である鳩山政権』を放逐することにも役立った」とあるが、鳩山政権が「国民統一政府」とはだれが規定したのか。新自由主義政策の誤りの修正を期待された過渡的政権である鳩山政権の性格をしっかりと把握してほしいものである。鳩山政権の退陣は、金権問題が大きな比重を占めていた。また、民主党の総選挙の敗北の主要な原因に天安事件を挙げる人は少数であろう。選挙の敗北の最大の要因が、菅首相の唐突な消費税論議であったことは、衆目の一致するところである。普天間基地の問題は、天安事件以前から、実際はすでに鳩山内閣は、県外移転をあきらめていた。鳩山内閣の倒壊と天安事件の関連は薄いといわなければならない。

さらに「中国の胡錦濤国家主席は、日本の明仁天皇、首相、重要人物と話しあうために重要な指導者を派遣しなければならなかった」とあるが、日本の天皇が海外の要人に接見するのは単なる儀礼行為であり、何らかの政治的な説明をするものではない。

「日本は敗北しており、天皇はすでに終戦を決定していた」という点については、広島原爆の投下が8月6日、長崎原爆投下が9日、9日夜御前会議で天皇の最終決断でポツダム宣言受諾決定というのが、時間的経過である。

一面的すぎる評価が見られないだろうか。「本質において、オバマは、核兵器のない人類を語りながら世界をだまそうとしている」とオバマのプラハ演説を批判している。全面的に一路オバマが核廃絶の措置を取るとは思えないが、核廃絶の道に進む姿勢を示したことは評価しなければならないであろう。「世界をだまそうとしている人物なら」、どうして核戦争のボタンを押さないように期待することができるであろうか。

また、天安事件を口実とした米国の北朝鮮攻撃があれば、通常兵器であっても、38度線で対峙する韓国への反撃は必至であり、韓国の経済・生産施設は壊滅的となり、ひいては国際経済全体が大混乱となる。朝鮮半島の地理的条件から、現在はこの地域での本格的戦争は不可能であることを、北朝鮮も含めて東アジアの国々の政府指導者は良く知っていることである。核戦争となれば、もはや大惨劇となり、それはオバマ政権の足元自体を大きく揺るがせるものとなろう。オバマ大統領は、あるいは米国支配層は、そうした馬鹿げたことをするほど愚かであろうか。通常兵器勃発の必然性の主張でも論理の飛躍があるが、核兵器使用の必然性となれば、いかなる具体的資料でも説明されていない。

主観的な判断が見られないだろうか。イランの制裁の実施をめぐって、米国、イスラエルがイラン向けの貨物の検問を行うことになっているが、船籍国の了解事項で制限されており、それを見落として、一気に衝突、核戦争というのは、論理の飛躍ではないだろうか。その後、気がついたにせよ、問題の核心部分だけに慎重な資料の読み込みが望まれるところであった。

7月4日の省察で、「われわれは、核戦争の破滅的な結果に直面しなければならないが、その核戦争は極めて近い時期に(4日か5日に)勃発するであろう」と大変重大な予測をしていながら、7日後の7月11日に「自己批判しなければならないことは、6月27日木曜日の省察で、遅くとも金曜か土曜日には核戦争が勃発すると述べたのは誤りであった」と自己批判されている。理由は、「船籍国の同意が必要であるという条件に気がつかなかった」ということであるが、大きな影響力のある指導者が、小競り合いの紛争の予測ならともかく、核戦争の緊迫した予測を行い、すぐさまそれを打ち消すとはどういうことであろうか。このような重要な問題が、集団的に討議されたのであろうか。もし、それを信じていたなら、どういう対策を国民全体が取っていたであろうか。

8月7日のフィデルの「メッセージ」で、「8週間前の当初、差し迫った核戦争の危険は、解決不可能だと考えた。しかし、そうならず、逆に、つい最近まで夢にも思わなかった解決の条件が現在作られつつある」とある。解決の条件とは何であろうか。「メッセージ」には、米国で収監中の5人のキューバ人の一人に対する米国側の処置が変わったことを挙げているだけである。もしそれを作られつつある条件と考えているのであれば、このことは米国とキューバの二国間の問題で、対イラン、対北朝鮮との国際関係についての米国やイスラエルの政策の変更を示すものではない。そもそも、天安事件、イランの制裁措置をめぐって、通常戦争の危険がどの程度あるのか、またそれが核戦争で行われる論理的な必要性があるのか、具体的な資料を使っての慎重な作業が必要であろう。

なお、5人のキューバ人諜報部員の米国での長期収監問題について触れれば、最近水面下で米玖間で秘密裏に交渉が行われているようである。恐らくは、この5名と昨年12月にキューバで逮捕された米国人諜報部員のグロスとの交換釈放があるのではないかと言われている。こうした諜報関係の問題は、優れて二国間問題であり、第三国の政府や民間組織が関与できる問題ではないことを、最近の米玖間の交渉は示している。このことについては、別稿を記したい。

ある国会議員が、「オバマは、攻撃指令を出すことができるか?」と質問したことに対して、フィデルは、しばし考えた上で「できない。もしわれわれが彼を説得するならば」と答えた。巧妙なレトリックとも指摘されている。もともと、今回は核戦争の可能性は、考慮に値しない程度と筆者は考えているが、もし、核戦争が行われなかったら、フィデルやキューバ国民が今回説得したから、オバマは核のボタンを押さなかったとなるであろうか。近年、核兵器使用禁止には、これまで米国の外交政策を担ってきた、キッシンジャー、シュルツ、パウエルなども連名で意見広告を出している。オバマやキューバ政府、国連も含めて、世界の反核運動は、最近大きな高まりを示している。こうした世界の世論形成こそ、ブッシュに対しても、イスラエルに対しても核使用の手を抑えてきたのでないだろうか。

かつて、フィデルが、卓越した洞察力を示した二つの逸話がある。一つは、1958年6月、フィデルが率いる7・26運動は、シエラマエストラの山中で300名程度で、2万人バチスタ軍に包囲され、熾烈なたたかいを行っており、未だ勝利が明らかでなかった。その時、フィデルは、同志のセリア手紙を書いた。そこで、今後の真のたたかいが米国との長い戦争であることを述べていることである。
「シエラマエストラ 58年6月5日
セリア:
マリオの家にロケット砲が打ち込まれるのを見たとき、アメリカ人に、彼らが行っていることに高い代償を払わせてやると私は誓った。この戦争が終わった時、私にとって、はるかに長期にわたる大きな戦争が始まるであろう。その戦争を、私は彼らに対して行うつもりだ。それが、私の真の運命となることが私にはわかっている。
フィデル」

また、1989年7月、ソ連の困難が報道されてはいたが、ソ連の崩壊まではほとんどの人が考えていなかった。その時、フィデルは、ソ連の崩壊をこのように予測していた。
「もし明日、あるいはいつの日か、ソ連において激しい内戦が起きたというニュースで目を覚ますことがあるかもしれないし、あるいはソ連が解体したというニュースで目を覚ますことがあるかもしれない」

今回は、この洞察力は、発揮されるであろうか。

(2010年8月9日 新藤通弘)

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