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2010年8月11日 (水)

情勢の進展か、認識の変化か?

情勢の進展か、認識の変化か?
フィデルの立論が変化してきているようである。フィデルは、これまでイスラエルが、米国に相談しないでイランを攻撃すると指摘してきた。たとえば、次の省察がある。

6月8日 省察「悲劇の瀬戸際で」
イスラエルが米国の意見も聞かず、独自に核攻撃を行うことを疑うのは非現実的(具体的証拠示さず)。イランの核施設を攻撃することは明白である。

6月10日 省察「待伏せの一撃」
イスラエルは、米国によって核武装され、中東の憲兵となっているが、米国の意見も聞かずに狂信的に行動するものである。

しかし、8月8日以降は、イスラエルは、独自に行動せず、米国の指示まちと、フィデルは述べるようになっている。

8月8日 ベネズエラの記者とのインタビュー
イスラエルは、米国から供給された核兵器をもっている。しかし、イスラエルは米国が指令を出すのを待っている。彼らは、米国から説得されていると思っている。イスラエルは、今、オバマが核戦争の引き金を引くように期待している。しかし、オバマは引き金を引かない。というのは世界の世論、すべての大国が戦争をしてはならないという意見があるからである。だから、イスラエル人たちは、あえて勝手にミサイルを発射することはしないであろう。

8月10日 省察「イスラエルは最初の攻撃者とはならないだろう」
安保理決議1929により、イスラエルは、最初の攻撃を行う国を米国とすることに成功した。ネタニヤフは、最初の攻撃国となって、核保有諸国と対決することを好まないからだ。彼はバカではない。
オバマには無実の数億人を殺害する核戦争を命じるより他の政策はなくなっているが、彼は殺人者ではない。
最悪なのは、だれかが忌まわしい誤りを冒し、事態が展開することである。

ここには、明白にイスラエルの独自行動を否定するに至っている。

それだけではない。オバマ大統領への評価も変わってきている。

7月11日の省察「戦争の起源」においては、「本質において、オバマは、核兵器のない人類を語りながら世界をだまそうとしている。一方では、核兵器に代わる甚大な破壊兵器を用いるからだ」と述べていた。

8月8日の「ベネズエラの記者とのインタビュー」
しかし、ここでは、「オバマは、厚顔無知なニクソンとは違うし、レーガンのような恐るべき無知でもないし、ブッシュ氏のような頭の狂った馬鹿でもないし、ブッシュ氏の父のような、いかんともしがたい二重人格者でもない。オバマは、殺人者ではなく、他人の不幸を望んでいる人物でもなく、政治家で、教育があり、教養もあり、優れた演説家であり、多くの共感を得ている」と肯定的に評価し、さらに逆に記者に「あなた方に聞くが、あなた方は、良識あるオバマが、数億人の死者をだすことを決定しつつあると思うか」と質問するに至っている。さらに、世界の世論から、オバマは、核戦争の引き金をひかないだろうとも述べている。

これまで、イスラエルの独自の無謀なイラン核攻撃⇒米国の北朝鮮核攻撃を誘発⇒核戦争勃発というのが、フィデルの立論の基本であった。しかし、イスラエルの独自行動の否定、オバマの常識の肯定、世界の反核世論の存在の認識は、この論理の展開を否定するものである。

結局、フィデルの8月10日の論調は、「われわれが(フィデルが)説得すれば」という限定つきだが、核戦争は起こりそうもないという、常識的な認識に近づきつつある。その後、イスラエルも、米国も政策を変えたというニュースはないし、フィデルもその説明を行っていない。フィデルの分析、立論が変わってきているように思われてならない。
(2010年8月11日 新藤通弘)

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