« 米=キューバ関係の複雑さ | トップページ | ビルダーバーグ・グループと小型核爆弾 »

2010年8月22日 (日)

マルティとマルクス

マルティとマルクス

キューバ独立の父と慕われるホセ・マルティが、マルクス(1818-1883)について述べたところを紹介します。マルティは、1853年1月28日にハバナで生まれ、1895年5月19日、サンティアゴデクーバの北東40キロほどのドスリオスでスペイン軍の凶弾を受けて死亡しました(マルティについての詳細は、2009年1月25日(日)の記事を参照ください)。

マルティがマルクスについて述べたことには、日本では、マルティがマルクスを「性急すぎた」と批判したとか、「マルクス主義、あるいは、階級闘争理論」を否定していた」とかなど、いろいろ誤解があるようです。しかし、以下の文章からは、とてもそのようには読めません。

マルティは、社会主義を理解してキューバで推進しようとしたことはありませんが、社会主義の基礎となる社会正義及び公正を強調しています。だからこそ、マルティの思想を基盤とし⇒社会主義へと発展するキューバ革命の思想的基盤があるのです。フィデル・カストロは、モンカダ兵営の襲撃(1953年)が失敗に終わり、逮捕され、その後の裁判で、自分たちの正義と無罪を主張して、「歴史は私に無罪を宣告するであろう」との言葉で終わる自己弁論で自分たちの正義と無罪を主張しました。カストロは、その中で、モンカダ兵営襲撃の精神的指導者としてホセ・マルティをあげました。

マルティの思想とキューバ革命については、「民族独立、反帝国主義、ラテンアメリカ主義、社会正義及び公正という、ホセ・マルティの理想を実現し、彼が考えたより公正で、より人道的で、より合理的な社会、つまり社会主義社会に向かって前進するという歴史的必要性にたいする革命的、科学的回答として、われわれは、その道を選んだのであった」と簡潔に述べられています(『グランマ』1991年8月29日論説)。なお、マルクスについての言及は、邦訳のマルティ選集でも第②巻194-197ページに訳があります。

ホセ・マルティ、1883年3月29日の書簡、全集第9巻、388-389ページ。
岡部廣治訳

【José Martí, Carta de Martí, Nueva York, 29 de marzo de 1883, Obras completas, tomo 9, págs. 388-389】

この大ホールに目を向けよう。カール・マルクスが死んだ(1883年3月14日)。彼は弱者の側に身を置いた。敬意に値する。しかし、被害を指摘し、その対策を立てようと躍起になるのはよくない。そうではなくて、穏当な対策を示すことが必要だ。人間の上に人間を積み重ねる仕事など、驚きだ。何人かの人間を他の人間の利益のために家畜のようにあつかうなど、憤怒のいたりだ。だが、憤りに出口をみつけて、家畜あつかいをやめさせ、憤りが暴発することのないようにしなければならない。このホールを見よう。あの燃えるような改革者、いくつかの異なった国の人びとの結集者、疲れを知らず活力にあふれた組織者の肖像が、その正面に掲げられている。〈インターナショナル〉は彼の作品だ。諸民族すべての人びとがやってきて、彼に敬意を表している。勇敢な人夫たちの姿は感動的で元気づけるものだが、彼らの大集団は宝石よりも筋肉を、絹まがいのネッカチーフよりも誠実な顔をみせている。労働が人間を美しくするのだ。農民や蹄鉄工や漁夫を見ると、心が洗われる。自然の力を使うので、彼らは自然の力とおなじように美しくなるのだ。

ニューヨークは渦巻きさながらだ。世界で煮えたぎるものすべてが、ここに落ちてくる。こちらで逃亡者が笑われ、あちらで彼は逃がされる。この寛容さから、この力がこの町の住民にもたらされる。カール・マルクスは、世界を新しい基礎のうえに置く方法を研究し、眠れる者たちを目覚めさせ、朽ちた柱を地面に倒す方法を彼らにしめした。しかし、足早に、そして早々と陰に行ってしまった。歴史のなかで人びとの内奥からも、家庭のなかで女性の胎内からも、骨の折れる自然の発育を経たことのない子どもが、すこやかに生まれてくるのを見ることはなかった。カール・マルクスのすばらしい友人たちが、ここにいる。彼は、たんにヨーロッパ労働者たちの激怒を燃えあがらせた巨人だっただけでなく、人類の悲惨の根源、人類の未来を洞察した探求者だった。適確に行動したいという熱望にとりつかれた人だった。彼は、すべてのなかに、彼自身持ちあわせていたもの、すなわち、反乱、高きにいたる道、闘争を見ていた。

ここにはレコビッチという新聞人がいる。彼がどのように話すかをみよう。あの優しく眼光鋭いバクーニンの面影が彼の脳裏を横切る。英語で話しはじめる。他の人たちにはドイツ語で話すようになる。ロシア語で話すと、彼と同国の連中の席から「ダー! ダー!」という興奮した声がこたえる。ロシア人は改革の鞭だ。だが違う。これらの連中は活発で生産的でない。憤怒の染みがついていない。新しい世界の礎石を置く者たちでない。彼らは拍車であり、眠り込むかもしれない良心の声としてぴったりやって来る。しかし、拍車の鋼鉄は創建のための鉄槌の役割を果たすことはない。

ここには、不公正に憤った老スウィントンがいる。彼は、カール・マルクスの中に、ソクラテスの山と光の雄姿を見た。ここには、ドイツ人のヨハネス・モストがいる。しつっこくて優しくない大声の火付け役だ。左手に口を開ける傷をいやすべき芳香油を右手に持ってはいない。多くの人が、彼らの話を聞きに行ったが、ホールが一杯で、道路にあふれ出る。コーラス・グループは歌う。大勢の男性のあいだに、多くの女性もいる。壁に掛けた厚紙に書かれたカール・マルクスの言葉が、一斉に賛嘆の声で朗読される。フランス人のミヨーは、すばらしい言葉を発する。「自由はフランスで何度も転んだ。しかし、転落するごとに、いっそう美しくなって立ち上がってきた」。ヨハネス・モストは熱狂的に話す。「私は、英国の牢獄でマルクスの書を読んで以来、人類の吸血鬼にたいして剣をとった」。マギュールという人は語る。「あらゆる国のこんなにも多くの人びとと、いまや憎悪の念なく、合いまみえることは嬉しい。地球上の労働者はみんな、いまや単一の民族に属する。そして、たがいに争うことはなく、みんな一緒になって、自分たちを抑圧する者たちにたいしてたたかうのだ。パリの忌まわしいバスティーユのあったところの近くで、フランスとイギリスから6千人の労働者が集まっているのを見て、嬉しく思う」。ボヘミア人が話す。有名な新しい経済学者、苦しむ者たちの友で、人びとに愛されているヘンリー・ジョージの手紙が読みあげられる。彼は、ここでもイギリスでも有名だ。耳をつんざく喝采と、熱烈な歓声に包まれるなか、広い額でトレードの葉のような目をした二人が、主宰委員会が仕上げたばかりの決議文を読み上げるや、熱狂した集会は一斉に起立する。それらの文で、カール・マルクスはもっとも高貴な英雄で、労働界でもっとも強力な思想家と称されている。音楽が演奏される。コーラスが響くが、平和のコーラスでないことがわかる。
【José Martí, Carta de Martí, Nueva York, 29 de marzo de 1883, Obras completas, tomo 9, págs. 388-389】


では、農民組合が集まり、全員が北米の社会主義者である労働者の連合とは? 司教である金持ちのハンティントンの使命とは? 彼は、ロシアのトルストイのように、貧民たちのあいだで生活し、彼らにクラブを開放している。彼らは、今日の社会を礎石ごと突き崩して、家屋を壊さないでもっと安全確実な礎石を置く方法について、まったく自由に話し合いに、そこへ行くのだ。われわれが欲するのは、われわれの薬でわれわれの問題を解決することだ、彼らは言う。それぞれの国民は、それぞれの性格にしたがって癒される。当該の病気や異なる薬剤のなかのあれこれの要因の欠如にしたがって、それぞれ異なる度合いの薬剤が必要とされる。サン=シモンでも、カール・マルクスでも、マルローでも、バクーニンでもなく。われわれの体にあうような諸改革だ。
【José Martí, Desde el Hudson, Nueva York, Enero 9 de 1890, Obras completas, tomo 12, pág. 378】


『ラナシオン』社長殿

今月の出来事を束にしようとすると、それらを持ち上げる巨人キュクロプスの腕が必要とされるでしょう。そこでは、石製の熾天子セラフィムを頂き、アヤメで敷きつめられた、光り輝く門をくぐって、すでに飾りつけたおしゃべりな淑女たちが、はや美の光に酔いしれ、きらびやかに輝く紳士たちの腕に抱かれて、登場します。そこでは、暗い道路に面し広く陰になった門をくぐって、日雇労働者たちが、ざわめいた群れをなして去っていきます。彼らの腕は苦しい労働でつかれきっていたり、はだけた胸は恨みで一杯であったり、寛大な精神は貧者にたいする待ちきれない愛情で満たされたりしています。彼らの使い古したフェルトはよじれ、荒荒しいこぶしは落ち着きなく、気は怒りっぽく、目つきには険しいものがあります。そして、そこでは、骸を見ないように喪服を纏うべきなのに、真昼の光のもと、木の上によじ登り、電柱や街灯にまたがり、スキンヘッドと不吉な目つきで持ち上げられた屋根を縁取って、群衆の英雄、喧嘩早く頑健な大闘士の骸が月桂樹とバラに覆われて通り過ぎて行くのを見るのです。それらの暗闇の息子たちはみんな、人体内の細菌のように、血にまみれ、凄みを帯び、乾きに襲われて、大都市の中で繁殖します。つねに、もっとも美しい木の根元にうじ虫は深い洞穴を掘りました! 剣闘士の葬儀に参列した人は2万を数えました。アメリカのこの部分のロスチャイルドにあたるヴァンダービルトなる人物の舞踏に参加した紳士淑女は千人でした。そして、1万人もの人は、手をせわしなく動かせ、粗野な衣服を身に着け、みっともない帽子をかぶり、心を燃えあがらせて、労働の子たちを戦争に駆り立てる複数の言語を話す熱心な弁士たちに拍手を送りました。彼らは、絹のような心と鉄のような手を持つ、あのドイツ人、かの有名この上ないカール・マルクスを追想しました。彼は、最近の死によって、尊敬の的となったのです。この町では、すでに叙事詩的に壮大なものが現実となっていて、大きさがしばしば偉大さを反映し、魂は揺さぶられ、自由に包まれています。この都会の喧騒には、自由の中でたたかわれるので、たぶん血塗られることはないと思われるつぎの戦闘の歌も混ざっています。神秘主義者たちは、身に油を塗り、高貴な使節団が、ニューヨークの町の敬虔なしきたりにしたがって、埋葬する祖国への途にある、チュニジアから運ばれてきた北米人の魂を甘く揺り動かす歌の作者の遺体に付き添っているのに、まったく柔らかく調和を保っています。剣闘士というよりも詩人が行きました。しかし、大きな行列を見ることはできません。喧騒な都市が一人の詩人をたたえるのは美しいものです。【José Martí, Cartas de Martí, Nueva York, 29 de marzo de 1883, Obras completas, tomo 13, pág. 245】


ロシア
「ニヒリストたちは、今日、共通の目的に向かって一体となって動いている。そうだ。しかし、彼らが望んでいる大破局を彼らにとって有利なものと決めていることを知らない。ロシアは、バクーニンの無政府的集団主義論、フーリエの完全なる結社論、コントの父権的庇護国論、マルクスの共産主義論、あるいは、プルードンの交換銀行論にしたがって構築されるかもしれない……」。M. L.ガギュール。

|

« 米=キューバ関係の複雑さ | トップページ | ビルダーバーグ・グループと小型核爆弾 »

歴史」カテゴリの記事