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2010年7月18日 (日)

フィデル、職務に復帰?

フィデル、職務に復帰?

7月15日、フィデル前国家評議会議長、現キューバ共産党第一書記(共産党内の最高の地位、ラウルは第二書記)が、ハバナ市の国立水族館を1時間半にわたり訪問。20分間3匹のイルカショーを観覧し、水族館の勤務員、観覧中の市民と会話した。さらに翌16日正午、キューバ外務省を訪問、外務省幹部及び115人のキューバ大使を前に、イラン、北朝鮮問題を1時間半にわたり説明した。また各大使、外務省幹部にイラン・北朝鮮問題について個人的な書簡を渡した。フィデルは、すでに、12日に国営テレビの時局討論番組「メサ・レドンダ」で1時間にわたりイラン・北朝鮮における核戦争の危険を論じていた。7日の全国科学調査センター(CNIC)、13日の世界経済研究所(CIEM)を合せて10日間で5回も公共の場所に姿を現したことになる。

テレビなどでフィデルを見た市民の印象は、「少しやせたが、快活、意欲的で、身動きも迅速で、頻繁に会話をする、議論の場面でも適切に質問に答えている」というものである。フィデルの姿がテレビで放映されたのは、昨年8月23日にベネズエラ人青年たちとの会見の様子が7分間TVで放映されて以来である。しかし、12日のテレビ会見は、約1時間に及び、直接、国民にイラン・北朝鮮情勢を説明するものであり、一年前と意味がまったく違う。

では、なぜ、この時期にフィデルは、このように集中的に公共の場に姿を現しているのであろうか。いつものことだが、キューバのメディアは、この10日間に5回のフィデルの活動の動機をなんら説明してはいない。したがって、いろいろ状況を分析して推測するほかはないのである。彼は、2008年2月18日、国家評議会・閣僚評議会議長の席をラウルにまかせ、自らは退任するにあたり、今後の活動について、次のように述べている。

「肉体的条件がないところで、機動力と全面的な献身を必要とする責務に就くことは、私の良心に反することである。・・・思想の一兵士としてたたかうことだけを望んでいる。『同志フィデルの省察』という題のもとで引き続き執筆を続けるであろう。武器庫に頼りになるもう一つの武器があるということである。」

つまり、健康が許さないので、今後は思想面で執筆により貢献したいということである。もちろん、その後もラウル議長とは密接に連絡をとり、必要に応じて政府幹部を自宅に呼んで、重要問題では指示を出してきた。議長引退後に執筆する「省察」では、国際問題、国際経済、地球環境にテーマを絞り、国内問題には触れることはなかった。

フィデルは、本年1月以降、7月4日までの6カ月余で23件の省察を執筆している。3、4,5月各3件、6月7件のペースであった。内容は、4月9日付のキューバ青年共産同盟の大会の印象を述べた「省察」を除きすべて国際問題である。この5回の公共の場でも、国内問題にはまったく触れていないことが注目される。したがって、フィデルが、国際問題で指導を再開したと考えるのは当たらない。ラウルと、取り組む課題の区分けができているのである。

それでは、他に何の動機があるのであろうか。現在、キューバは、大変な経済困難な中にある。ほとんどの国民は、何を改革すべきかについて異論はない。問題は、ではいつ改革を始めるかということである。国民の不満は小さくはなく、もはや、経済改革は、一刻の猶予も許されないことは、政府指導者も認識している。たとえば、ラウルの娘で、父親とも良く話しあっている性社会学者のマリエラ・カストロも、「経済的観点から若者がキューバに留まる意味があるように、もっと若者に魅力的な政策が必要である」と最近述べている。

しかし、さまざまな本格的な構造改革の具体的政策、その深さと広さについては、国民的合意が必要である。そのためには、現在の権力機構のもとでは、憲法第5条で「キューバ共産党は、キューバ国民の前衛組織であり、社会と国家の最高指導勢力である」と規定されている以上*、党大会で決定することが望ましい。
*本来こうした規定は、国民主権の立場からは正しくないことが広く指摘されている(たとえば、杉原泰男『憲法の歴史』(岩波書店、1996年)237ページ)。

実際、各組織の民主的な運営を重視するラウルは、2008年4月、1997年以来開催されていないキューバ共産党第6回党大会を2009年下半期に開催することを決定した。党規約では、「党大会は、通常5年に1回開催される」となっているからである。しかし、一年後の2009年7月31日、ラウルは、悪化した経済状況が良くなるまで第6回党大会を延期することを発表した。また翌日、新たな中央委員、政治局員、書記局員の選出などのために、党全国会議を近く開催することを決定した。

しかし、党全国会議は、9か月間開催されず、本年4月、ラウルは、「すべての国民の生活のための戦略的な課題においては、感情的に指導してはならず、必要な総合的政策で行動しなければならない。そのことから、党大会、全国会議の開催を数カ月延期した」と会議が開催されない理由を述べた。その上、本年5月には、「非常時」体制の中で20年間作成されなかった経済5カ年計画、「経済計画2010-2015」が閣僚評議会で承認された。しかし、このような重要な経済方針は、現在に至るも発表されていない。一般には、こうした重要な経済政策は、党大会で議論されるものである。また、年1回以上開催されなければならない党中央委員会総会も8月までには開催しなければならない。さらに、次回党大会開催期日は、中央委員会総会で6カ月以上前に決定しなければならない。

こうして見ると次回中央委員会総会が、大変重要な意味をもっていることがわかる。憲法と党規約からすれば、キューバの権力構造で最高の地位は、キューバ共産党第一書記だからである。フィデルは、大変な戦略家でもある。フィデル共産党第一書記の頻繁な公的活動は、党大会、党全国会議の文脈の中で考えるべきものであろう。

前にも(7月7日付)本ブログで紹介されているが、キューバ共産党中央機関紙『グランマ』には、6月5日付から、第1ページのフィデルの「省察録」のタブが掲載されなくなった。代わりに、6月7日からフィデルの過去の重要な言説が、掲載されている。それらの内容は、国内問題に限っており、生産上の無駄をはぶく必要性(1986年)、市民の第一の義務は働き、生産すること(1986年)、なによりも経済効率をあげなければならない(1976年)、社会主義国家は、もっているもの以上をあたえることはできない(1986)、社会主義は人間がつくる事業である(1986)、一日4時間程度働いていては生活は向上しない(1986)などである。これらは、キューバ社会でいずれも現在でも深刻な問題で、克服しなければならない課題となっている。

いみじくもガルシア・マルケスが述べているように、「キューバを説明すれば、フィデルが政府首班であると同時に、反対のリーダーでもある」のである。ラウルが改革しようとしていることは、フィデルの政府首班時代に蓄積された問題である。論理上、もはやフィデルが、「反対派のリーダー」にはなりえないであろうが、いずれにせよ、ラウルの改革を側面から、あるいは背景から指導しつつ支援していくであろう。

(2010年7月18日 新藤通弘)

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