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2010年5月17日 (月)

変革は、単にスローガンだけではだめ

変革は、単にスローガンだけではだめ

キューバ共産主義青年同盟(UJC)の機関紙、『フベントゥ・レベルデ(反乱する青年)』の常連コラムニストに、ホセ・アレハンドロ・ロドリゲス氏がいる。ペペと愛称でよばれている快活なジャーナリスト、エコノミストで、筆者の知人でもある。ペペは、キューバ社会に見られる官僚主義、自由な報道活動への制限についての辛辣な批判的コラムで知られており、そのコラムはキューバ市民の中で高く評価されている。

彼は、昨年8月には「鏡」と題して、「国も、自らを見る『鏡』が必要であり、鏡はジャーナリズムの役目であるが、政府は余りに国、省、企業の体面を気にして、それへの批判を許さないという妄想観念がある」と政府の報道統制を批判した。また10月には、「皆の意見を」と題して、「キューバ社会では、上意下達が多く、上がいうのだからとか、もう上で決められたことだからとかいって、社会で十分検討されない傾向がある」とキューバ社会の民主主義の弱点を指摘した。いずれも国内外で少なからずの物議をかもしたコラムであった。

そのペペが、今月8日、「煮出し汁と酵母」と題して、社会の現状の変革を実際に実行する必要性を慎重な言い回しながら、大要次のように大胆に主張している。

「もし、いろいろな種類の人物から、社会主義民主主義を前進させるために人を選ぶことができるとするならば、余りにも打算的な者、出世主義者は捨て去らなければならない。これらの『優れた者たち』は、競って政治的な装いを取り、毒にも薬にもならない意見を述べている。こうした巧みな地位の簒奪者は、いずれ分かるもので、いつかはその地位を失うであろう」。
と、まずは、体制内の自己中心人物を批判した。さらに、その筆先は、懐疑主義者、体制批判者、快楽主義者、地位を利用した汚職への批判に進む。

「また、何も信用できなくなり、否定の眼ですべてを見て落胆を説く者たちは、キューバの現実の中に影と泥沼を見るだけで、すでに恨みと憎しみしかもっていない。快楽主義者や享楽主義者、腐敗した者たちとテクノクラートたちにいたっては、もはや色あせて、大胆に闊歩しており、国がどうなろうと構わない」。

「いろいろな困難に耐え、難しい質問にも答え、革命の成果を感じる真正な人びと、誠実な人びとを増やしたい。しかし、人びとを画一化してはいけないと賢者は私に忠告する。彼らの存在は、キューバ社会の現実の中にそれなりの理由があるからだ。彼らを抹消することもできないし、突然変異を起こさせることもできない」。

「問題は、敵が、これまでになかったように、革命の中にいるという複雑な状況にあることだ。キューバは、再編成し、矯正しなければならない。単なるスローガンではなく、『変革しなければならないすべてのことを変革しなければならない』のだ。明確に見える方法でそれを行い、壊死した部分も救えるので、再生しなければならない。それを避けて、すべてが壊滅する危険を冒すことはできない」。

ここで、ペペは、ラウルが2007年7月26日の演説で引用した、フィデルの2000年5月のメーデーでの言葉、『変革しなければならないすべてのことを変革しなければならない』に触れて、それがスローガンだけに終わっていないかと問題を提起しているのだ。

「しかし、問題は、意識の問題だけではなく、100年以上に及ぶ老練な資本主義に対して、どのように未経験の生成期の社会主義を考えてきたかを再検討することに発展する。われわれの前進を遅らせている内部の障害と懐古趣味を除去するフィルターが決定的となろう」。

ペペは、政府内部の「障害と懐古趣味」を批判しつつ、キューバの社会主義論そのものを真摯に再検討する必要があると訴えてコラムを締めくくっている。

「問題は、個人でも、種類でもない。問題の根源に遡り、キューバの経済・社会の構図の中でどの煮出し汁から誤りがでているのか、またどの酵母がもっとも役に立つかを突きとめることである。拱手傍観することは許されない」。

その後もペペのコラムは、5月13日、5月16日と『フベントゥ・レベルデ』に掲載されている。

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