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2010年5月10日 (月)

カスタニェーダの予見、「カストロ政権崩壊近し」

カスタニェーダの予見、「カストロ政権崩壊近し」―当たるも八卦、当たらぬも八卦―

ホルヘ・カスタニェーダ(1953年生まれ)といえば、2000年から2003年までメキシコのフォックス保守政権のもとで外務大臣を務めた人物として、また筆力もあり、ラテンアメリカの左翼についての数々の評論を書いていることでも知られている。アンドレス・オッペンハイマーとともに、日本でも多くの読者がいるものと思われる。

カスタニェーダは、80年代はリベラルな立場からのシャープな評論が好評を博していたが、次第に右傾化し、現在では右派の論客と見られている。2006年には『フォーリン・アフェアーズ』誌で、「ラテンアメリカには『正しい』左翼と『間違った』左翼がある。前者は、『急進的な起源をもっているが、開かれた精神で、現代的、改良主義的、国際的』左翼であり、後者は、『攻撃的、民族主義的ポピュリズム』の左翼である。『正しい』左翼は、ルーラ、バチェレ、バスケス(ウルグアイ)であり、『間違った』左翼は、チャベス、キルチネル、モラーレス、ウマーラ(ペルー)、オブラドール(メキシコ)、キューバである」という珍説を展開した。しかし、正しいか、間違っているかの判断の基準は、とどのつまりは単純で、対米従属か、対米自立かということである。

そのカスタニェーダが、『ニューズ・ウィーク』誌の2010年4月16日号に「キューバ、危機的転換点」と題して「カストロ体制は最終過程に入りつつあるのではないか」いう、彼独特のセンセーショナルな論文を書いている。かれは、その中で三つの理由を述べている。それを紹介しよう。

第一の理由。キューバは、現在、ソ連崩壊以来の未曽有の経済危機にある。それは、最大輸出産品のニッケルの輸出価格の大幅な下落、観光収入の減少、マイアミからの家族送金の停滞、近年のハリケーン被害による。そのため、停電、医療制度の欠陥、食料不足、住宅危機、2009年以降の対外債務支払停止が生じている。キューバの悲惨さはこれまでになく高まっている。もはやアメリカ帝国主義に責任を課すことはできない。オバマ大統領は一般のキューバ人に大きな期待をもたれるようになっている。

第2の理由。新たな公然とした抗議が現れていること。サパタ政治囚の監房でのハンスト死亡以来(本年2月)、ファリーニャスなどハンスト抗議が続出している。その死亡によりEUと米国との関係改善の道が遠のいた。また、親族の政治囚の釈放を要求している「白い貴婦人たち」の相次ぐデモが体制への脅威となっている。

第3の理由。フィデルは、すでに83歳であり、病は深まり、日に日に権力を弟のラウルに移譲している。ラウルは78歳だが、フィデルなら、サパタを釈放するか、処刑したであろう。フィデルは、1994年ハバナ市のマレコンで暴動が発生した際、自ら乗り込んで群衆を沈静化したが、ラウルはそうしたことはできない。彼にはフィデルの政治感覚はない。
野原は、極度に乾燥している。しかし、消防隊は枯渇している。最後の希望であるベネズエラは、いつ崩壊してもおかしくない。

こうした主張の展開は、最も一般的に見られるものである。さて、これをどう考えるか。実際はどうか。ここからキューバ研究が始まるのである。

まず経済危機:
ニッケルの国際価格であるが、輸出価格は、2007年トン当たり5万4,200ドルまで上昇していたが、09年4月には1万ドルを割るところまで下落した。しかし、その後反転し、10年4月には2万6,000ドルまで回復し、引き続き上昇傾向にあると見られている。問題は、むしろ価格よりもニッケル生産が、年間7万トン程度で低迷していることである。

食料輸入価格は、一時の急騰時期はすぎ、その後下落し、現在下げ止まり状態にある。むしろ食料は、国内の農業生産の停滞が問題であり、本年1月には「首都ハバナの農産物の供給、計画の60%にしか達せず、品不足の状態。理由は、2009年10月以降、肥料、農薬を協同組合、自営農受け取らず」と報道されている。実際、筆者が滞在した3月には、葉野菜はまずまず出回っているものの、根菜類(サトイモ、山芋、サツマイモ、料理用バナナ)は一切市場に出回っていなかった。09年末までに政府が農業希望者、10万人に92万ヘクタールの使用権を付与したが、農地の整備、農業資材の供給などの基本的な条件が未整備で、本格的な食料の増産とはなっていない。従来の農業制度の改善とともに、食料の増産は、これからの課題である。

外貨事情は、昨年、各種の対外債務の支払いを大幅に延期したり、繰り延べを要請したり、輸入を36%削減するなどの荒療治を行った結果、国際収支は、11億4900万ドルの黒字を記録している。遅延していた支払いも本年になって回復基調にあると報道されている。マイアミからの家族送金は、確かにかつての年間10億ドル近くから、08年には6億ドル程度に激減したが、キューバ系米国市民の里帰り訪問が、昨年度は20万人程度となり(08年度は8万5000人)、キューバで落とすドルは、家族送金の減少分を補っているものと推測される。

賃金や年金が、日常生活物資の購買分の4分の1程度しかカバーできないという不正常な通貨価値ではあるが、食料の半分近くをカバーできる配給制度、最高で賃金の10%の家賃制度、いろいろな困難な問題を抱えながらも基本的には無料の医療、教育制度、政府の補助金による廉価のガス・水道代、バス、列車代、書籍代、映画、芸術鑑賞費などは、セイフティー・ネットどころか、いわば浮き袋となって国民の生活が水面下に沈むのを防いでいる。カスタニェーダは、このことが見えないようである。

第二の理由の国民の不満について。ハンストについては、3名いたハンスト実行者のうち、フランクリン・ペレグリーノは4月7日に、ダルシ・フェレールは4月12日にハンストを中止している。ハンストが政府の政策を揺るがすものではないと悟った結果であろう。残りはファリーニャス1名であるが、自宅で政府の専門の看護師が付き、栄養剤などの点滴を受けつつ、米国の利益代表部、EUの大使館員、海外の通信社と頻繁に連絡をとりながらのハンストであることも知っておく必要がある。

「白い貴婦人たち」の方は、デモ参加者は、毎回依然10数名にしかすぎず、「民主主義、人権、政治犯の釈放」というスローガンでは、一般のキューバ市民の共感を幅広く得ることはできない。市民の現在の関心は、サービス業、小規模小売業・製造業などの一層の経済活動の自由、交通事情の回復、実質賃金の回復、汚職の解消などである。しかも、彼女たちが米国政府から経済的支援を受けながら活動していることには、一般の市民の共感を得られていない。

第三の理由のフィデルとラウルの指導、器量の違いは当然ありうるが、ラウルは、フィデルと綿密に相談しつつ指導を行っている。フィデルは、常に政治的側面を優先させてきたが、ラウルは、フィデル時代の経済制度の問題点を、緩慢ではあるが修正しつつある。ラウルの性格から、より組織的にものごとを進め、信賞必罰、弁解を許さないというという反面、50年の間に歪んだ経済制度を実践的かつ急ぎ過ぎずに是正するという方針である。この方針に国民の間には支持を寄せつつも、改革のより早急な実施を望む声が強い。もともと、二人の政治感覚は異なるのである。

キューバ国民は、国民意識をもって独立したラテンアメリカでは唯一の国である。米国に近く、歴史的に米国の文化に対するあこがれが強い半面、米国に従属したくないという意識も強いものがある。キューバ国民の間には、カスタニェーダがいう「正しい」左翼でありたいと望む国民は多くはないようである。(2010年5月10日記)

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