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2010年4月 6日 (火)

キューバの人権問題をめぐって

2月下旬以降、キューバ国内の「人権問題」をめぐって、米国、一部のEU諸国、一部のラテンアメリカ諸国、国際メディア、国際人権団体から、キューバ政府批判が集中して行われている。この問題は、いろいろな要素を含んでおり、複雑な問題となっている。問題を時系列的にたどってみよう。

発端は、昨年12月2日にカマグエイの刑務所内でハンストを開始したオルランド・サパタが、本年2月13日、反政府ブログとスペインのEFE通信により突然「政治犯」として報道され始めたことである。サパタは、同月17日、容態の悪化によりカマグエイの刑務所病院からハバナの刑務所病院に移送されたあと、23日にはキューバで最高の病院、ハバナのアメイヘイラス病院の集中治療室に移され、栄養剤投与などの集中看護を受けたが、同日、死亡した。国際メディアは、一斉に「政治犯」が政治囚の釈放を要求して、ハンストで死亡したと報じた。

すると翌日24日、サンタ・クララの自宅でギジェルモ・ファリーニャスが、2003年に逮捕され服役中の73名の「政治囚」のうち、健康状態が悪化している26名の釈放を要求してハンストを開始した。すぐさまスペインのサパテーロ首相は、キューバの政治犯の釈放を要請し、クリントン国務長官は、200名の政治犯の釈放を要求した。フランス、カナダ政府も、政治犯の釈放を要求し、ピネイラ、チリ大統領は、キューバのあらゆる種類の弾圧の停止を訴えた。これに対し、フィデル・カストロ前議長は、サパタの死亡を遺憾とするも、死亡には米国に責任があると批判した。

3月になると、11日EU議会は、サパタ死亡とキューバの人権事情について非難決議を圧倒的多数で採択した。同日、米国務省は、2009年国別人権事情を発表し、「キューバは、全体主義国家で、反政府活動を許していない。194名の政治囚がおり、5000名以上が危険分子とみなされている。表現の自由、新聞出版の自由、宗教の自由などについて厳しい制限がある」と非難した。

同月15日には、ハバナ市の中心街で、反政府グループ「白い貴婦人」50名近くが、73名の「政治囚」の釈放を求めて行進。この行進は3月22日まで連日続いた。この行進には、米国利益代表部の政治・経済担当書記ローエル・デール・ロートン、ドイツ大使館員、チェコ大使館員も参加した。24日には、オバマ大統領が、異例ともいえる短い声明を発表し、「サパタの死亡、白い貴婦人への弾圧の状況について深く憂慮している」と述べた。

一方、マイアミでは、25日、歌手のグロリア・エステファン、ウイリー・チリーノなどが先頭に立ってデモを行い、そこには国際テロリストとしてベネズエラ政府が引き渡しを要求している、1976年のキューバ航空機爆破事件の首謀者ポサーダ・カリーレスも参加した。キューバ国内では、「白い貴婦人」も、このデモに呼応して、デモを再開した。
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マイアミで「白い貴婦人」を支持するデモに参加したポサーダ・カリーレス。


しかし、このオルランド・サパタという人物はどういう人物であろうか。EU議会の非難決議も、各種メディアも、「反体制派政治囚」として扱っている。しかし、サパタは、家庭内暴力(1993年)、軽傷害罪(2000年)、詐欺罪(2000年)、傷害・銃刀法不法所持罪(2000年)、公共秩序紊乱罪(2002年)など、14の刑事事件を繰り返し引き起こし、懲役3年の罪で服役中であった。EU諸国も非難した2003年4月に逮捕された政治囚73名のリストにはもちろん入っていない。いうならば、単なる社会的無頼漢であった。12月のハンストの要求も、個人用電話、TV、調理器の設置を要求したもので、まったく個人的動機であり、「政治囚」の釈放や、刑務所内の人権改善を要求したものではなかった。

もう一人の、「ジャーナリストで心理学者」といわれるギジェルモ・ファリーニャスは、1995年勤務先の女医病院長傷害罪・脅迫罪で3年の自由権はく奪、罰金600ペソの刑を受けた。その際、それに抗議してハンストを行い、反体制派の一員とみなされるようになった。そして自らの主張を海外のラジオを通じ度々報道した。2002年にはポサーダ・カリーレスが派遣したテロリストの活動を阻止しようとした70歳の老人に暴力をふるい傷害罪で逮捕、5年10カ月の自由権はく奪の刑を受けた。その際、それに抗議して、また看護室へのテレビ設置を要求してハンストを行った。今回も、国際的なマスコミを自宅に呼び、携帯電話を駆使しながら、「反体制人権活動家」としてのパフォーマンスを行っている。かれも、また、とても誠実な人権活動家といえるものでなく、社会的無頼漢ともいう人物である。米国政府も、もっとまともな人物を、利用できないのであろうか。

「白い貴婦人」グループとはどういうものであろうか。彼女たちは、2003年以降、折りにふれて、白装束で身をまとい、「政治囚」の釈放、言論の自由、集会の自由を叫びながら、ハバナ市中心街を行進している。モノ不足社会のキューバで、おそろいの白いユニフォームをそろえるのは、それなりに資金が必要であり、米国国際開発庁(USAID)の資金が供与されていることが指摘されている。なお、米国政府は、ハバナにある米国利益代表部を通じ、キューバの「反体制派」にパソコン、携帯電話、テレビ、現金などを供与していることを認めている。このグループのデモ行進に、米国利益代表部の職員が一緒になって行進しているのは、あまりにもむき出しの内政干渉行為ではないであろうか。
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ハバナのミラマール地区をデモする「白い貴婦人」グループ。


現在、キューバ社会は、外貨不足から輸入物資が4割近く減少し、モノ不足が目立っている。食料も輸入肥料、農薬の不足による農業の不振でハバナ市では農産物の流通は昨年比4割近く減少している。ラウル・カストロ議長も認めているように、少なからずの市民が現状に不満をもっており、現状を批判している。そのことから、米国政府は、「カストロ兄弟政権」打倒の好機とみて、いろいろな揺さぶり政策をとっているようである。しかし、国民の批判は、生産を伸ばし、モノが潤沢に供給されるように望む、より柔軟な経済活動を求める、改革への批判であり、体制打倒の批判ではない。したがって、ハンスト行動、「白い貴婦人」のデモ行進に、多くの市民が同調する様子は見られないのである。

人権については、キューバの人権政策にたいして、従来から、国際社会の中で批判も見られる。もともと近・現代社会において人権の概念には、経済活動の自由、精神活動の自由などの自由権と、生存権、教育を受ける権利、労働の権利などの社会権がある。米国などがキューバを非難しているのは、いわば結社、集会、出版なの自由権に属する概念である。この自由権においては、米国の絶えざる内政干渉に直面しているキューバにおいて、主権擁護の観点からとはいえ、一定の制限があることは否めない。

一方、キューバは、米国の選挙制度における投票率の低さ、金権選挙的性格(政治資金の問題)、人種差別、低い水準の社会保障制度、失業者の無保障状態などの生存権の不徹底を指摘するとともに、キューバにおける充実した社会保障制度、医療制度、教育制度などの社会権を誇示しており、人権問題における双方の議論はかみあっていない。キューバが主張している生存権に属する人権は、確かにキューバ革命における社会主義思想がもたらしたものであり、それは第三世界の中では際立ったものとなっている。しかし、一方で自由権に属する人権では、キューバが、米国のキューバ干渉政策に対抗して総動員体制を敷いているとはいっても、半世紀もこうした人権が制限されているのは好ましいことではない。キューバにおける人権問題が米玖関係の対立構造に巻き込まれてしまっているのは、キューバ国民にとって大変不幸なことである。

4月4日、ラウル議長が、キューバ共産主義同盟(UJC)大会での演説で「ファリーニャスが、ハンストを止めず、不幸なことになってもそれは後ろで操っている米国の責任である」と述べた。これに対し、クロウリイ米国務省報道官は、「各国の刑務所内の問題、市民の問題は、国際法に照らしても各国政府の責任である」と反論した。しかし、国際法を持ち出すのであれば、まずは米国が、キューバの「反体制」グループへの資金援助や扇動、キューバ国内での共同行動を止めるべきではないであろうか。

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