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2010年4月10日 (土)

オッペンハイマーのたわごと

アンドレス・オッペンハイマーというラテンアメリカ問題専門の新聞記者がいる。アルゼンチン出身で(1951年生まれ)、1985年からマイアミに居住し、現在は、マイアミの保守系有力紙「マイアミ・ヘラルド」のコラムニストである。かつて1987年イラン・コントラ事件のスクープでマイアミ・ヘラルドの一員としてピューリッツァー賞も受けたことがある。筆が立つことから、彼のコラムは、米国、ラテンアメリカの60紙以上に掲載されているといわれる。日本でも愛読者がいることであろう。

この彼が、1992年キューバで5カ月余取材した後、『カストロの最後のとき』というセンセーショナルな本を出版し、世界の注目を集めた。1991年ソ連が崩壊し、貿易相手の85%を占めるソ連・東欧圏が消滅し、キューバは経済的に大打撃を受け、「平和時の非常時」を宣言、緊縮政策をとり、深刻なモノ不足、石油・電力不足に陥ったときである。

その本の最後で、オッペンハイマーは、大要このように書いている。
「フィデル・カストロは、改革への扉を鎖したので、医療、教育、民族の尊厳という革命の綱領が継続できなくなった。時間とともに革命を救うあらゆる改革は不十分となり、手遅れとなるであろう。カストロの90年代当初の現状への対策の無能力さから、革命は倒壊するであろう。フィデルの革命の神聖な基本原則は、すでに破壊されてしまった。カストロが政治的開放を拒否しているので、キューバ国民の改革への希望は、葬り去られている。カストロが、『社会主義か死か』というスローガンにしがみつけばしがみつくほど、民主主義への平和的移行はより困難となるであろう。カストロは、歴史のなかで、キューバの社会改革を開始した理想主義的なゲリラ戦士として残るのではなく、革命を破壊した人物となるであろう。私のキューバ滞在の最後のころ、街頭である男が私にいった。『彼はもう倒壊している。われわれは今や後処理をしているところだ』と」。

マイアミの亡命キューバ人社会は、帰国用のスーツケースを用意して、カストロ政権の崩壊に備えようとはしゃいだものであった。

それから20年近くが経過した。キューバは、熱烈なキューバ礼賛者がいうような世界の模範となるような医療や、教育水準は、経済事情から維持できないではいるが、少なからずの困難や歪みを抱えながらも基本的な無料医療制度、教育制度を維持している。そしてなによりも、民族の主権・尊厳、独立を堅持し、昨年は、米国さえも米州機構からのキューバ除名措置の過ちを撤回せざるをえなくなり、満場一致でキューバの米州機構への復帰が決議された。10数カ国にのぼるラテンアメリカにおける左派政権のなかで、50年にわたり米国の干渉に屈しなかったことが、高い敬意を受けていることは、キューバを憎悪で見る人以外はだれも否定できないこととなっている。

周知のように、オッペンハイマーの予見は見事にはずれた。主観的な願望を基礎とした分析は、キューバの真実を認識できなかったのである。その彼が、現在のキューバの困難な経済状況から、カストロ政権打倒の好機とみて、再び勢いづいて、現在キューバの自宅でハンスト中の「反体制派・人権派ジャーナリスト」のギジェルモ・ファリーニャス(4月6日付、キューバの人権問題参照)と電話インタビューを行い、次のようなコラムを書いている。
「私がもっとも感動したのは、ファリーニャスの要求が謙虚であることと、かれの予想が現実的であることだ。彼は、独裁者ラウル・カストロの降板や、選挙、200人の政治囚の釈放を要求しているのでない。最低限、健康を害している26名の釈放を要求しているのだ」。

さらにオッペンハイマーは、ファリーニャスの主張を次のように紹介している。
「カストロ兄弟が生きているかぎり、いかなる改革もありえない。政府は、われわれの活動を米国の傭兵によるものだと決めつけ、キューバと外国との紛争にしようとしているが、これはキューバ人内部の問題だ。
改革は、次のカストロ一族の世代となったときに開始されるであろう。これはカストロ一家の専制政治だ。彼らはラウルの息子であるアレハンドロ・カストロ・エスピン大佐とフィデルの息子であるアントニオ・カストロ・ソト・デル・バジェ医師が権力を掌握する準備をしている。
二人ともよく公式行事でラウルの隣におり、ラウルに耳打ちしている。また、閣僚達はもはやラウルとは会わず、アレハンドロやアントニオと会っている。二人は、今や一種の官房長官である。次回の党大会では、二人は最高の地位に着くだろうし、アレハンドロは、父親のラウルの署名だけで将軍になるだろう」。

こうしたインタビューの内容から、オッペンハイマーは、次のように結論付けている。
「ファリーニャスの力、親族の政治犯の釈放を要求して定期的にハバナ市でデモ行進をする『白い貴婦人たち』の力は、崇高な理想に基づくのではなく、その要求の謙虚さに基づいている。彼らは、カストロ体制は軍事独裁制であり、その正統性に確信がないので、死につつある政治犯の数人を自宅に帰すのも許すことができないことを明らかにしているのだ」。

まず、政治囚の釈放であるが、2003年3月米国に扇動された違法な強行出国事件の際に逮捕された75人の政治囚については、キューバのトローバのシンガーソング・ライターで、最も国民的な人気のあるパブロ・ミラネス、シルビオ・ロドリゲスとも、拘置に異論をもっているが、まったく違法な逮捕と批判してはいない。キューバの国内法に従ったものであるからである。この点は複雑な問題となっている。パブロ、シルビオとも自らの考え方から違った意見をもっており、それを公然と表明しているのであって、それでもって政府からの弾圧を受けたことはないとパブロ・ミラネス自身が語っている。

ファリーニャスが、自らの政治的要求を、第三者の同情を引きやすいハンストという方法で要求することと、「政治囚」の釈放を求めることの関連性の正統性はどうであろうか。ファリーニャスは、これまで20回以上も、さまざまな理由でハンストを行ってきた人物である。もし、米国で、アルグレイブ刑務所やグアンタナモ刑務所の無実の政治囚の釈放を求めてハンストを行った場合、「テロリスト」と見られ、逮捕されないであろうか。また米国政府はその要求に譲歩するであろうか。ファリーニャスや「白い貴婦人たち」の要求が、決して謙虚なものではないことがわかるであろう。

さらに付け加えておけば、キューバ政府は、その国民皆医療制度のもとで、「反体制派」のファリーニャスの自宅看護のために専門の医師を常時派遣し、彼の症状を毎日チェックするともに栄養剤注射を続けている。ファリーニャスは隔絶した状態でハンストを行っているのではないのである。

また、ファリーニャスなどの反体制活動家、「白い貴婦人たち」にハバナにある米国利益代表部を通じて、経済的・物質的支援、政治的扇動が行われていることは米玖両政府が認めているところであり、ファリーニャスがいうように、問題は、「彼とラウルの問題」でもなく、「単なるキューバ国内の問題」でもない。4月8日に駐スペイン米国大使、アラン・ソロモンが、「米国は、スペインが対キューバ政策を変えていないことに失望してはいない。米国やスペインのような民主主義国家が、キューバの反体制勢力を支援しないのは、恥である」と述べて、スペイン政府に米国政府の政策に同調するように主張した。しかし、たちまちこの干渉主義的態度に批判が高まっている。米国の干渉主義政策によって、問題が複雑になっているのである。ニワトリか卵かという問題ではない。

後半部のファリーニャスがいう、カストロ一家の専制政治というのは、キューバ人の9割以上が感じていない滑稽なものだし、それを盲目的に信じるオッペンハイマーの主張は、もはやキューバの権力構造を全く把握していない非科学的認識というほかはない。

キューバの権力構造からすれば、指導者としての判断は、憲法などからして、まずはキューバ共産党の政治局員であるかどうか、中央委員であるかどうか、また、国家評議会議員であるかどうか、国会議員であるかどうかである。アレハンドロも、アントニオも、またフィデルの9人の子息いずれも中央委員でも、国会議員でもない。キューバ革命軍・内務省の階級制は厳格で、アレハンドロの上には数十名の将軍がおり、ラウルの署名で将軍になることはありえない構造となっている。ファリーニャスの見通しは、現実的でもないのである。ファリーニャスのいうことは、空腹のためか妄想の域に達しており、それを事実と照合しないで報道するオッペンハイマーの態度は、知的怠惰をいうよりも、政治的主張のためなら、ウソでもなんでもかまわないという極めて危険なものである。

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