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2010年1月

2010年1月31日 (日)

ある歴史家の死

ある歴史家の死
優れたラテンアメリカ現代史研究家の加茂雄三先生が、1月30日亡くなられた。享年73歳であった。筆者も加茂先生とは、キューバ研究を通じて、友人として交友関係をもっていただき、キューバ史について、90年代、2000年代の困難なキューバの実情について、毎年年末にはなんどか話す機会をえた。

先生には、『ドキュメント現代史11、キューバ革命』(平凡社、1973年)、『世界の歴史23、ラテンアメリカの独立』(講談社、1978年)、『地中海からカリブ海へ』(平凡社、1996年)など、著作が多数あるが、この最後の2点は、叙述の流麗さ、史実の正確さ、史実の客観性などにおいて、日本語になっているラテンアメリカ近現代史においては白眉といってもよいであろう。ここに、『地中海からカリブ海へ』の最後の部分で90年代のキューバを叙述した部分を引用し、みなさんに加茂史学の一部を味わってほしい。心からご冥福をお祈りしたい。

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 さきに述べたように、二〇世紀にはいって以来、米国は中米・カリブ海地域でヘゲモニーを確立し、この地域は自他ともに「米国の裏庭」とみなされてきた。米国がこの地域でヘゲモニーを確立できたのは、一つにはこの地域の反米民族主義の運動や闘争を徹底的に抑え込んだためであり、もう一つは、国際社会がこの地域での米国のヘゲモニーを黙認したためである。しかし、一九五〇年代の後半になり、ソ連、中国がすでに核兵器を所有し、ソ連・東欧社会主義諸国が経済力や技術力を強化していわゆる第三世界への援助を積極的に行なうことが可能となったとき、中米・カリブ海地域でのパクス・アメリカーナは、はじめて大きな脅威に晒されることになった。それまでは、例えば、一九二〇年代末から三〇年代はじめにかけてニカラグアのサンディーノ将軍が指揮した反米武力闘争も、三三年にわずか四カ月で崩壊したキューバの民族主義的な革命政権も、また、五〇年代前半にグアテマラで政権についた民族主義的な改革派の政権のいずれも、米国政府やニカラグアのソモサのようなその手先となった者による圧迫や弾圧、さらには実質的な国際的孤立無援によって潰え去った。

 ところが、一九五九年に武力革命で政権についたキューバのカストロ政権は、同じ運命をたどらなかった。それは、のちにカストロ首相がおりにふれ強調したようにソ連の強力な支援があったためである。キューバ革命の成功は「米国の裏庭」の一つの大きな転機となった。

 ・・・しかし、冷戦の終結やソ連の消滅という予想を超えた事態の展開で、もはやこの地域で米国に対抗できるような外部勢力は存在しなくなった。それによって、この地域の小国が米国のヘゲモニーに挑戦できる国際的条件が急速に失われてしまった。

・・・冷戦の終結やソ連の崩壊でもっとも大きな打撃を被ったのはキューバである。ソ連・東欧の社会主義諸国が崩壊する以前、キューバとこれらの国々との間の貿易は、キューバの対外貿易全体のじつに八五%(一九八九年)を占めていた。しかもこの貿易関係はキューバにとって恩恵的なものであって、ソ連は通常の国際市場価格よりも高い価格でキューバ糖を買い付け、その一方で、国際市場よりも安い価格でキューバに原油を供給していた。その差額がキューバに対する実質的な援助となっていたのだが、その額は年間、二〇~四〇億ドルであったと見積もられている。ソ連・東欧社会主義諸国の崩壊で、キューバはこれらの市場や援助をいっきょに失った。そのうえ、先述したように、米国の経済封鎖強化という追撃を受けたのである。

 このような未曽有の深刻な事態にキューバの政府も国民も積極的に、ほぼ一丸となって対応した。一九九〇年八月に「平和時の非常時」が宣言され、空前の経済困難から脱却し、経済的自立をめざすさまざまな対策が打ち出された。食料の増産、石油の自給化、さらにキューバの新しい戦略産業である観光業、バイオテクノロジー、医療工学、薬品工業の開発をすすめた。とくに観光業は急速な伸びを示して、外貨獲得では砂糖と並ぶほどにまで成長した。さらに、一九九一年七月には、憲法を改正して外資の保証を明確に定めるなど、本格的な開放経済に踏み切り、またドル所有の自由化、自営サーヴィス業の一定の自由化、農産物や一部工業製品の自由市場化など、一連の自由化政策をとって、市場メカニズムや競争原理の導人による経済の活性化をはかった。これらの改革はしだいに効果を示し、一時は、経済危機前の一九八九年の約半分にまで低下した国内総生産も九四年にははじめてプラスに転じ、九五年には成長率五%を記録した。しかし、その一方で、一九九四年夏には米国に向け約三万二〇○○人が亡命し、それも民衆の騒乱やシージャックの頻発をともなったものであり、キューバが大きな困難に直面していることを示していた。米国政府は、カストロ議長の退陣、複数政党による政治の民主化などを経済封鎖を解除する条件としている。米国政府の対キユーバ政策の背後には、すでに一〇〇万人を超す在米の亡命キューバ人がいる。彼らがすべて同じようにカストロに敵意をいだいているわけではないが、キューバ民族が二つの国に分断されているという悲劇的な、特殊な状況が、キューバがかかえている問題を複雑にし、その解決を困難にしている。

加茂雄三『地中海からカリブ海へ』(平凡社、一九九六年)260-269頁。

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2010年1月30日 (土)

2009年キューバ10大ニュース

現代キューバ研究所(代表早川幸子)の第2回公開講演「岐路に立つキューバ」~革命勝利50周年を経て、2009年の回顧と2010年の展望~(講師新藤通弘さん)が1月21日、東京都内の明治大学で開催されました。会場には前回と同じく60名近くの方が参加され、盛況でした。
 
 新藤さんは、2009年のキューバの10大ニュースとして次の項目をあげ、それに沿って関連する情勢を説明されました。あげられた10大ニュースは、次の通りです。

① 3月政変とラウル・フィデル分担体制の確立。
② 構造的改革の兆し、見え始める。民営化の問題の討議の活発化、労働者の食堂の試験的実施、構造的改革のための大衆討議すすむ。
③ 経済成長鈍化する(1.4%)。外貨枯渇する(輸入を36%削減)。石油節約のキャンペーン、展開される。
④ 国民生活困窮(実質賃金は、生活の4分の1をカバーするのみ)。米国、メキシコ、エクアドルへの出国増大。合法2万人に非合法で2万人程度。合計4万人弱。
⑤ キューバ共産党第5回党大会延期される。党全国会議を近く開催といわれたが未開催。
⑥ オバマ政権との確執深まる。オバマ政権の対キューバ封鎖緩和措置は微々たるもの。
⑦ 政府、賃金・価格改革に着手。
⑧ 農業増産に着手。8万2000人に69万ヘクタールの土地の使用権を与える。
⑨ ラテンアメリカ・カリブ海すべての国との国交を樹立。キューバOAS追放決議解除される。
⑩ ロシア、中国、ベネズエラとの関係、一層発展。

なお、米国で発行されている『キューバ・ニュース』誌は、2009年の10大ニュースとして次の10項目をあげています。
① 世界的不況、キューバを直撃。
② オバマ政権、里帰りキューバ渡航、送金を自由化する。
③ ラウル政権、3月、内閣を改造、閣僚評議会執行書記、外相を更迭。
④ 米州機構で、キューバ追放決議、解除される。
⑤ 里帰りキューバ人増え、米国―キューバ、チャーター飛行便50%増便。
⑥ 米国政府、キューバを引き続きテロ支援国家にリストアップ。
⑦ 反体制ブロガー、ジョアニ・サンチェス、政府当局に拘禁される。
⑧ 米玖政府間で、移民問題会談、再開される。
⑨ キューバへの米国の食料輸出、2001年開始後、初めて減少する。
⑩ コロンビアのポップ・スター、フアネスのコンサート、ハバナで開催、110万人の観衆を魅了。

さて、あなたは、どのニュースを10大ニュースとしてあげますか?

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2010年1月28日 (木)

オマール・ペレス教授「キューバ経済:必要な総括(3)

オマール・ペレス教授「キューバ経済:必要な総括(3)―最終―を掲載します。
「09.12.17 Omar Conference JP para Santama AALA (3).pdf」をダウンロード

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2010年1月25日 (月)

オマール・ペレス教授「キューバ経済:必要な総括」(2)

オマール・ペレス教授「キューバ経済:必要な総括」(2)を掲載します。

「09.12.17 Omar Conference JP para Santama AALA (2).pdf」をダウンロード

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2010年1月24日 (日)

オマール・ペレス教授「キューバ経済、必要な総括」(1)

ハバナ大学教授・キューバ経済研究所のオマール・ペレス教授が、昨年9月より12月まで日本に滞在されました。ペレス教授は、その間18の講演を各地で行い、好評を博しました。
つきましては、ご参加できなかった方々のために、ここに教授の講演資料を3回にわたって掲載します。

ペレス・キューバ経済研究所副所長、ハバナ大学経済学部教授 経歴書
Photo

1.氏名:オマール・エベルレニイ・ペレス・ビジャヌエバ
       (OMAR EVERLENY PEREZ VILLANUEVA)
2.生年月日:1960年11月11日 (既婚)
3.最終学歴
 1984年、国立ハバナ大学経済学部卒業、1998年、ハバナ大学経済学博士号取得
4.職歴
 1984年~現在    国立ハバナ大学キューバ経済構造及び経済担当教授、国立ハバナ大学付属キューバ経済研究所副所長
 1999年~2002年 ハバナ市経済担当副市長顧問
5.特記事項:
 社会主義をめざすキューバにあって、ペレス教授は、一貫して「経済開放」を標榜する著名な国際派経済学者です。同教授は経済シンク・タンクであるハバナ大学付属キューバ経済研究所の副所長(研究所所属教授は全体で約20名)、ハバナ大学教授として、内外の多くの経済専門誌から執筆依頼が来るほか、キューバ国外で開催される経済関連国際会議にキューバ代表として頻繁に参加しており、名実ともにキューバを代表する経済学者の一人です。

「09.12.17 Omar Conference JP para Santama AALA (1).pdf」をダウンロード

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2010年1月22日 (金)

日本のODAの現状とラテンアメリカ

本研究室で、翻訳でたびたび協力いただいている前田恵理子さん(ラテンアメリカ研究家)が、雑誌『経済』2010年1月号で、「日本のODAの現状とラテンアメリカ」と題して、日本のODAの現状、ラテンアメリカ向けのODAの現状を豊富な資料を駆使して解明されています。
「10.01 日本のラテンアメリカ向ODA.pdf」をダウンロード

冒頭部分を紹介しますので、詳細は、雑誌『経済』2010年1月号(新日本出版社)をご覧ください。

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2010年1月20日 (水)

ハイチ大震災救援緊急賛同署名のお願い 第二次募集

弁護士の毛利さんが、ハイチ大震災救援緊急賛同署名のお願い、第二次募集をしておりますのでご紹介します。

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これまでにご協力いただいた皆さん、
20日6:00までに245個人・7団体 計252名の賛同が得られましたので、
ひと言も含めすべて添付して、国連潘基文事務総長と鳩山総理大臣あてに、
そして各政党・新聞社にも、メールで送りました。誠にありがとうございました。
今後も、要望事項を実現させるために第2次分として賛同署名を募集しますので、
どんどんお寄せ下さい。当面の締め切りは1月25日とします。
http://mouri-m.mo-blog.jp/blog/2010/01/6_de0c.html
ひと言集
http://mouri-m.mo-blog.jp/blog/2010/01/post_dc42.html

なお、これまでは、Web上でお名前を公表するか否かに触れていなかったため、
20日6:00までにいただいた分は公表しませんが(但し、これまでにいただいた
方でメルアドが確認できる方については、特に公表困るとのお名前を除いた賛同者
リストをFAXで差し上げますので、ご連絡下さい)、これからの2次募集の分は
公表しますので、そのつもりで署名をお寄せ下さい。

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毛利正道   mouri-m@joy.ocn.ne.jp
http://www.lcv.ne.jp/~mourima/
ホームページアドレス(URL)が変わりました
〒394-0028岡谷市本町2-6-47 信州しらかば法律事務所
tel0266-23-2270 fax0266-23-6642
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2010年1月19日 (火)

ハイチ大震災緊急賛同署名のお願い

弁護士の毛利さんが下記の署名を呼びかけています。

ご賛同のかたは、どうぞ毛利さんあてにご連絡ください。

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ハイチ大震災緊急賛同署名のお願い  
1月20日(水)午前6時締め切り
http://mouri-m.mo-blog.jp/blog/2010/01/6_de0c.html

重複ごめんなさい。転送転載大至急お願いします。
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毛利正道   mouri-m@joy.ocn.ne.jp
http://www.lcv.ne.jp/~mourima/
ホームページアドレス(URL)が変わりました
〒394-0028岡谷市本町2-6-47 信州しらかば法律事務所
tel0266-23-2270 fax0266-23-6642
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2010年1月18日 (月)

ハイチ大地震支援―気がかりなこと―

ハイチ大地震支援―気がかりなこと―
12日に起きたマグニチュード7.3に及ぶハイチ大地震の被害は、甚大なものであることが明らかとなってきました。

16_ap_haiti
写真はAP

ハイチ政府関係の話しでは、16日までに7万人以上が埋葬され、がれきの下で救済されていない人びとを含むと、最終的に死者は10万人をかなり超すものと推定されています。また、25万人以上が負傷し、150万人以上が家屋を失っています。国連がいうように歴史上最悪の10大地震のひとつになるのではないかと危惧されています。正確な死者数は、政府機能が地震でマヒして、混乱している現状から把握されていませんが、国連施設の現地職員900名のうち37名が死亡、330名が行方不明だということですから、被害地区にもよりますが、被害の規模がうかがわれます。国連は、首都ポルトープランスの復興だけでも5億ドル以上の資金が必要と推計しています。

この大地震に対して、近隣のキューバ、ドミニカ共和国、ベネズエラ、ニカラグア、ブラジル、ボリビア、メキシコ、コロンビアなどのラテンアメリカ諸国をはじめ、世界各国から緊急支援が送られています。モロッコ、バングラ、インド、パキスタン、オーストラリアなどの遠隔地や貧困国からも、米国、中国、日本、フランスなどの「経済大国」からも、各国の事情と能力に応じて緊急の人道支援が行われています。日本政府も、14日に6名を「支援内容に調査団を派遣する」という遅れはありますが、17日に26名の医療チームが現地に到着して救援活動を始めています。また、各国で一般の市民も救援活動に立ち上がっています。

一方で、救援物資の支給をめぐって混乱も報道されています。市民の間の秩序の回復が必要であることも指摘されています。各国から多くの救援機が到着し、混乱しているポルトープランスの飛行場は、米軍が航空管制を指揮することになりました。

さらには、米国政府は、米軍1万名を救援のために緊急派遣すると決定し、18日は現地にすべての部隊が到着する予定です。ハイチには、2004年より、60カ国からなる国連平和軍である国連ハイチ安定化派遣団(MINUSTAH)9000名が駐留しています。救援には一人でも多くの人手が望まれますが、国連軍以外にも軍隊が必要なのか、まずは国連軍の緊急増派はできないのか、米軍は人道支援に名を借りて、その後麻薬対策と目的が変えられ長期駐留にならないかという懸念が、国際社会から提起されています。それは、米国が、ハイチで過去のデュバリエ独裁制、その後の親米クーデターなどに関わり、米軍を度々派遣した経歴があるからです。また、オバマ政権は、最近では昨年コロンビアに7基地、パナマに11基地の新設を麻薬・テロ対策という名目で決定したばかりです。早期の復興と、早期の米軍の撤退が望まれます。

ラテンアメリカの最貧国ハイチの人道支援は、各国や各組織の思惑や、利害関係とは関係のない無私の暖かい人道支援を必要としています。

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2010年1月16日 (土)

キューバ映画ベスト・テン

キューバ映画は、世界でも高く評価されています。このたび、キューバ映画50年の中で、ベスト・テンがキューバの映画関係者によって選定されました。あなたは、この中のどれを見ていますか?以下、ベスト・テンを紹介しましょう。また、各作品も随時紹介しましょう。

キューバ映画ベスト・テン
キューバ映画産業の半世紀を記念して
ヤネリス・アブレウ (訳 前田恵理子)

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アンケートの質問は、作品、脚本、編集、撮影、美術、音楽、録音、ポスターの各部門におけるベストである映画のタイトルだけにとどめず、これらの各部門で高く評価されたものも含んでいる。またアンケートには、キューバ映画(1959―2008年)の最高の名シーンと忘れられないセリフも求められた。

キューバ映画史で最も傑出した作品を選出するために、キューバ映画報道協会によって実施されたアンケートで、ベスト・テンにノミネートされた作品は、第31回ハバナ新ラテンアメリカ映画国際フェスティバルで特別上映された。

トマス・グティエレス・アレア監督のイベロアメリカ映画の古典、「低開発の記憶」(1968)がランキングの最上位であった。エドムンド・デスノエスの同名タイトルの小説の映画化で、デスノエスとグティエレス・アレアの協同脚本も脚本部門でもトップとなった。撮影はラモン・F・スアレス、編集はネルソン・ロドリゲス、美術はフリオ・マティージャ、音楽はレオ・ブロウエル、録音はエウへニオ・ベサ、カルロス・フェルナンデス、ヘルミナル・エルナンデス、最優秀に選ばれたポスターはスペイン人デザイナーのアントニオ・サウラである。

グティエレス・アレア(1928-1996)の主要作品から、さらに3作品がノミネートされている。フアン・カルロス・タビオとの共同監督、「苺とチョコレート」(1993)が第3位、喜劇映画、「ある官僚の死」(1966)が第6位、そして彼の名作「最後の晩餐」(1976)がベスト10の最後を飾っている。

ウンベルト・ソラス(1941-2008)の初作品の長編劇映画「ルシア」(1968)が第2位。第4位にはフェルナンド・ペレスによる中編映画「マダガスカル」(1993)。オルランド・ロハスの第2作目の長編映画で、80年代の最も重要な作品のひとつ、「脇役たち」(1989)が第5位となっている。

マヌエル・オクタビオ・ゴメス(1934-1988)の「マチェテの最初の一撃」(1969)は、新しい世代の観客や研究者によって再評価されるに値する。33票を獲得し、第7位となった。スペイン植民地からの独立戦争のただ中に設定されてはいるが、現代ドキュメンタリーの視点から制作されている稀有の作品である。カメラマンのホルへ・エレラのハンド・カメラによる激しいカメラワークが、公式の受賞はなかったものの、この年にベネチア国際映画祭でキューバを代表する映画として衝撃を与えた。

パストル・ベガ(1940-2005)の作品「テレサの肖像」(1978)が32票で第8位である。制作から40年たった現在も、映画はベガがマチスモの社会的問題を表現した能力と勇気で、その新鮮さを損なうことなく保っている。

その10年後の作品、エンリケ・ピネダ・バルネの素晴らしい録音の「アルハンブラ劇場の美女」(1989)が第9位と続いている。この作品は、男性だけが出演している劇場で一人の若い娘がスターダムにのしあがることを描いて、キューバ史の混乱した時代(1920-1935)の人物群像を描いたものである。

アンケートの結果は、73人の批評家、新聞記者、映画人、歴史家、研究家から送られた投票の集計の後、今年の3月にキューバ映画芸術産業庁(ICAIC)創立50周年の機会に発表されたものである。

今回12月に再度発表したのは、50年前に革命政府によって文化分野での最初の法律が制定され、ICAICが発足し、「映画は芸術」であることが確立されたことを祝福して上映されたものである。

祝賀行事のプログラムには、また「革命の日々:ICAIC、ラテンアメリカ・ニュース」という別タイトルも含まれている。60年代のニュースを集めたものであり、サンチアゴ・アルバレスの職人芸とその撮影チームを思い出させるカメラに記録された証言である。「ICAIC、50年の歴史」は、もう一つの記念上映だが、アルフレッド・ゲバラによって設立されたICAICの50周年に捧げられた最近のドキュメンタリーも上映された。カタログには以下の作品が掲載されている。「50年の中で」(ホルへ・ルイス・サンチェス・ゴンサレス、ウィルベルト・ノゲル・モラレス、ハビエル・カストロ・リベラ、アドリアン・R・アルティル・モンタルボ)、「異端は決して簡単ではない」(ホルへ・ルイス・サンチェス)、「50の夢」(ミゲル・フェルナンデス・マルチネス)、「白黒の物語」(グロリア・アルグエジェス)。 

2009年12月15日記 09.12.15 Cuba Nowより

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2010年1月14日 (木)

ハイチに緊急な支援を

ラテンアメリカ・カリブ海地域最貧国のハイチを襲ったマグニチュード7.3(テレスル)の大地震の全容がわかってきた。震度7に達する大激震で、少なくとも100以上の重要な建物が倒壊、首都ポルトープランス(人口130万人)は壊滅状態といわれる。国際赤十字の発表では、被害者は300万人以上(人口920万人)にのぼり、プレバル大統領の発表では死者は3万人から5万人に達するという(プレンサ・ラティーナ)。世界銀行の試算では、被害総額は国内総生産の15%を超えると見られている。
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壊滅状態のポルトープランス市内(ロイター)

ラテンアメリカ各国も緊急に救援体制を整え、救援隊の派遣にとりかかっている。キューバ、ブラジル、グアテマラ、エクアドル、ペルー、チリ、ベネズエラは、緊急人道支援としてすぐさま医師、救援特別隊、医薬品、食料などをハイチに輸送している。メキシコ、アルゼンチン、ボリビア、ドミニカ共和国、カリブ共同体(CARICOM)なども救援活動に参加することを表明している。ベネズエラのチャベス大統領は、救援医師19名をはじめ50名の救援隊を緊急救援物資100トンとともにC-130で13日にハイチに輸送した。ブラジルは、国防相を派遣するとともに、1500万ドル以上の緊急支援を発表した。

現在、ハイチには344人のキューバ人医療関係者が滞在しており、ハイチでの無料医療活動に携わっているが、2名が軽傷を受けたが、全員すぐさま野外病院を設置し、救助に当たっている。キューバ外務省は、ハイチ救援を最優先課題と位置付け、国内の全組織に隣国ハイチの救援に医薬品の送付、医療関係者の派遣に取りかかるように呼びかけた。

国連は、世界各国に緊急支援を訴え、ラテンアメリカ以外でも、米国のオバマ大統領は、緊急会議を招集し、緊急の「確固とした支援」を約束し、イギリス、フランス、ドイツ、中国、日本なども救援を準備している。

一人当たり国民総所得が400ドル、国民の70%以上が極貧困層といわれるハイチは、近年ハリケーンの相次ぐ襲来で経済は一層困難を増していた。世界各国からの緊急な救援活動が望まれている。

(2010年1月14日午前11時30分現在)

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2010年1月13日 (水)

ハイチ大地震、キューバで特に被害発生せず

12日午後4時53分、ハイチの首都ポルトープランスの南西15キロのカールフールを襲ったマグニチュード7の大地震のキューバの東部地域への津波が心配されていたが、キューバからの報道によると、東部地域で若干の揺れが感じられたが、特に被害はなかった。
 
地震発生後、直ちにグアンタナモ県とサンティアゴ県に津波警報が発令され、人口8万2000人のバラコア市では行政区防衛評議会(CDM)の指揮のもとで、ヘリなどから避難勧告が行われた。避難勧告後20分で市民の大半が避難し、1時間余で、約3万人が市の高台に避難した。しかし、2時間後には民間防衛総司令部により地域の安全が確認され、市民は各家庭に戻り、平常生活に戻った。

この避難行動には、キューバ共産党、民間防衛評議会、各大衆団体、革命軍、内務省が協力して、避難が平然と行われ、国際的に評価の高い、キューバの自然災害対処制度が、極めて整備されたものであることが示された。

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2010年1月11日 (月)

ベネズエラ農業視察ツアー

農民運動全国連合会(農民連)が、昨年10月30日から11月7日まで、ベネズエラで農業事情の視察ツアーを行いました。食料の自給をめざし、現在、国をあげてさまざまな努力を行っています。筆者もこのツアーに同行しました。このツアーが見たもの、聞いたものが、農民連の機関紙『農民』に2009年11月23日号から4回連続で掲載されています。1号をご紹介しますので、興味ある方は、農民連に購読を申し込んでください。

農民連:電話03-3590-6759, E-mail: shinbun@nouminren.ne.jp

組織も政府スタッフも若い新しい国づくりへ熱い息吹

◆住民自身が変革に主体的に参加
 首都カラカスでは、農業改革に取り組む農業・土地省や土地改革庁、社会変革への住民の主体的な参加を促す住民共同体・社会保護省などの中央官庁を訪問して実情を聞くとともに、日本の実情も紹介しました。
 ベネズエラはかつて農業国でしたが、豊富な石油資源の発見後、石油依存の経済社会ができあがり、農業は軽視され、食料自給率も1990年には30%程度に落ち込みました。また、スペイン植民地時代以来の半封建的大土地所有がいまでも残り、農業労働者は貧困にあえいでいました。農業改革の目的は、大土地所有を解体して農民の所有に移し、農業生産を回復することです。この10年ですでに約200万㌶の土地が農民の所有に移り、食料自給率は約80%にまで回復しているといいます。

続きは添付ファイルを参照ください。「10.01.11 ベネズエラ農業視察ツアー.pdf」をダウンロード

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2010年1月 5日 (火)

フィデル、健在のニュース

フィデル健在のニュース

フィデルの最近の写真が公表された。昨年2009年度中に撮影された19枚の写真がニカラグア政府のポータルサイト、El Pueblo Presidenteにダニエル・オルテガ大統領からのフィデル宛ての新年のあいさつとともに掲載された。
http://www.elpueblopresidente.com/

この一連の写真は、ほぼ同時にキューバ政府系のウエブサイト、Cuba Debateにも掲載された。
http://www.cubadebate.cu/noticias/2010/01/04/revelan-fotos-de-dos-encuentros-de-fidel-con-daniel-ortega/

最も最近のものは、12月13~14日にハバナで開催された第8回米州諸国民ボリーバル同盟(ALBA)の会期中にフィデルが、オルテガ大統領の宿舎に突然訪問した際に撮影されたものと説明されている。写真には、オルテガ大統領の夫人のロサリオ・ムリージョと一緒の写真もある。また別の写真では、弟のラウル国家評議会議長、ブルーノ・ロドリゲス外相の姿もある。
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この会見があったこと自体は、オルテガ大統領により、12月半ばに彼の演説の中で触れられていたが、写真については公開を検討しているところだと述べられていた。今回の報道のように、フィデルがいわば療養中の家から外出して会見したというのも、初めての報道である。フィデルの健在ぶりを示すもので、先週のニューズウィーク誌の健康不安説を打ち消すためかもしれないとも推測されるが、絶妙のタイミングでもある。

さらに、この写真には、これまでにキューバ政府の正式の公表写真にはなかったものがある。それは、フィデルとの間に60年代初めよりアレックス(写真家)、アレクサンデル、アレハンドロ、アントニオ(野球チームとともに2004年訪日)、アンヘルの5人の子供をもうけているダリア・ソト・デルバジェさんが写っていることである。
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左より、ダリア、ダニエル、フィデル、ロサリオ
2009年12月の撮影。

ダリアさんは、Cuba debateの報道では、「フィデルは家族とともに訪問」と「家族」として説明されているが、ベネズエラ人が中心に編集されているTelesurでは、フィデルの「夫人」ダリア・ソトとして実名で紹介されている。

これまで、こうした問題は、フィデルの私生活ゆえ、筆者は触れなかったが、こうして写真が公開されると、フィデルの傍にいる女性は一体だれであろうと、いぶかる人もいるに違いない。そこで、最小限、必要な限りで、フィデルの家族について説明する。

実は、フィデルは、最初の夫人ミルタ・ディアス・バラトとの間にフィデル・カストロ・デイアス=バラト(フィデリート、原子力物理学者、数度の来日経験あり)、マリア・アンパーロ・ラボルデとの間にホルヘ・アンヘル・カストロ(化学者、筆者は1970年代後半に彼の自宅で会ったことがある)、ミカエラ・カルドーソとの間にフランシスカ・プーポ(現在マイアミに滞在)、ナタリア・レブエルタとの間にアリーナ・フェルナンデス・レブエルタ(現在米国に亡命し在住)の9名の子供がいることが公式に確認されている。ダリアさんとは法律上の結婚ではないが、周囲も夫婦と認めている間柄である。

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2010年1月 4日 (月)

ラテンアメリカでせめぎあう進歩と反動

ラテンアメリカでせめぎあう進歩と反動
現在、ラテンアメリカ・カリブ海地域に置かれている米軍基地は、エルサルバドル、コスタリカ、ホンジュラス、コロンビア、ペルー、パラグアイ、キューバの7カ国とアルバ、キュラソー、プエルトリコの3地域にある13基地です(下記の表を参照)。

これに昨年8月に締結されたコロンビアの7基地を加えれば、合計20基地となります。さらに、親米政府となったパナマと4基地の設置交渉が現在行われており、それが締結されれば、24基地となります。また、08年の7月には、米軍の原子力空母「ジョージ・ワシントン」を旗艦とする第四艦隊が48年ぶりに復活され、昨年5月には、演習ウニタス50-09が、米国、カナダ、チリ、コロンビア、ペルー、メキシコが参加して行われました。また、オブザーバーとしてアルゼンチン、ウルグアイ海軍の将校も参加しました。その上5月には米空軍増強計画も作成され、ラテンアメリカ諸国に警戒感を引き起こしています。

詳細は、別添ファイル参照「10.01.02 ラテンアメリカにおける反外国軍事基地の流れ.pdf」をダウンロード

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