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2009年12月 1日 (火)

ホンジュラスの大統領「選挙」結果をどうみるか

29日、ホンジュラスで、クーデター政府は、合法大統領のセラヤ氏の大統領職復帰を実現することなく、大統領選挙を強行した。国会議員選挙、地方首長選挙も同時に行われた。約3万人にのぼる軍隊、警察、予備役兵が動員され、厳戒態勢のもとで実施された無法選挙であった。

6月28日早朝、軍事クーデターにより、セラヤ大統領は拉致、連行されて、コスタリカのサン・ホセに追放された。憲法制定議会の招集など、憲法違反が決めつけられた理由であった。直ちに、米州諸国、世界の国々は、一致してクーデターを批判し、セラヤ大統領の即時復帰を要求した。この暴論が通れば、民主的に選出された政権が、政策の違いで暴力的に転覆されるという民主主義の根幹に関わることがおろそかになるからであった。

しかし、まもなく、セラヤ大統領の自主的な外交を嫌う、米国政府の巻き返しが始まり、コスタリカのアリアス大統領を抱き込み、協調して合法大統領と無法クーデター政権を同列に置き、和解交渉が進められた。さらに最近の米国の大陸的反攻戦略の中で米国寄りを強めたコロンビア、パナマ政府を弄して、ミチェレッティ・クーデター政権を支持させるにいたった。

10月末には、米国が、和解交渉の仲介の主役に躍り出て、セラヤ大統領の復帰、和解政府の樹立、11月29日の選挙の実施を柱とする両勢力の合意を取り付けた。しかし、これは、巧妙に仕組まれた罠であることが時間とともに明らかとなった。ミチェレッティは、頑としてセラヤの大統領復帰を実現せず、選挙が「危機の出口」として、米国や、コスタリカ、コロンビア、パナマ、ペルーの支持を得て、選挙の実施に邁進した。

選挙の結果は、最高選挙裁判所(TSE)の発表は、投票率は61.3%に達したと報告したが、反クーデター派の投票所ごとの集計では、投票率はわずか30~35%ということである。TSEの発表は、数回にわたる集計延期の結果の報告であり、何らかの操作があったことをにおわせるものである。

TSEの発表では、右派国民党のポルフィリオ・ロボ候補が56%を獲得し、中道右派の自由党のエルビン・サントスに18%の大差をつけて「勝利」を獲得した。直ちに、米国、コスタリカ、コロンビア、パナマ、ペルー、日本、イタリア、フランスが選挙結果を承認した。しかし、アルゼンチン、ブラジル、ボリビア、チリ、キューバ、エクアドル、エルサルバドル、グアテマラ、ニカラグア、パラグアイ、ウルグアイ、ベネズエラなどのラテンアメリカ諸国の大多数は、違法政権のもとでの選挙自体を不当なものとして、選挙を認めないと言明した。

クーデター派は、12月2日に国会でセラヤ大統領の復帰を認め、形式的な正常化を図る予定といわれているが、セラヤ大統領は、選挙強行後のこの復帰決議を承諾しないと述べている。米国=コスタリカ=クーデター派のこうした一連の策謀は、無理が通れば道理が引っ込むの論理で、民主主義を蹂躙した汚点は消えない。

全国反クーデター人民抵抗戦線(FNRPCGE)は、違法な選挙結果を認めないとして、国内での抗議を強め、新たな憲法制定議会の招集を要求して、引き続きたたかいを続けるとしている。ホンジュラス問題の真の解決策は、民主主義の原則に帰って、セラヤ大統領の無条件復帰、選挙の非合法性を認めること以外にはない。

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