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2009年10月

2009年10月29日 (木)

国連でキューバ経済封鎖解除決議、圧倒的大差で可決

 昨日10月28日、第64回国連総会で、決議案A/64 L 4、「米国の対キューバ経済・通商・金融禁輸措置を解除する必要性」が、賛成187カ国、反対3国(米国、イスラエル、パラオ)、棄権2カ国(マーシャル諸島、ミクロネシア)という圧倒的大差で採択されました。昨年欠席のエルサルバドル、イラクが賛成に回り、賛成国は昨年と比較して2カ国増え、国連加盟国192カ国の97.4%が賛成しました。
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 これで、米国の不当ないわゆる「対キューバ経済封鎖」政策は、18年連続して国際社会の圧倒的な意見で解除が要求されたことになります。この決議の採択において、国際社会は、「ほぼ満場一致」で米国の対キューバ経済封鎖が、国連憲章、国際法、民族自決権、内部問題不干渉、国内政策の域外適用、自由貿易に反するものとして、それを厳しく批判しました。

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キューバ政府は、1962年からの47年にのぼる経済封鎖により累積損害は960億ドル(時価評価で2,362億ドルに達し、経済発展の大きな障害になっていると報告しています。

今回の決議の採択は、次のような重大な意味をもっています。
① エルサルバドル(米国がニカラグアとともに膨大な軍事・経済援助を供与して、中米での米国の橋頭保としてきた国)が、ファラブンド・マルティ民族解放戦線(FMLN)政府の成立により、賛成に回り、ラテンアメリカ・カリブ海では33カ国すべての国が経済封鎖の解除を要求していることとなった。
② ブッシュ政権が強力に軍事介入して樹立した親米イラク政府が、米国の干渉政策を批判する側に回った。イラク戦争は何だったのかを考えさせるものである。
③ 1月に発足したオバマ政権が、初めて国際舞台でほぼ孤立するほどの広範な批判を浴びた。多国間協調外交を唱え、中南米諸国との対等のパートナー・シップを掲げるオバマ政権の外交政策の矛盾が明確に露呈した。
 
 オバマ政権は、本年4月にキューバ系米国市民の家族訪問、家族送金、通信サービスの提供など、封鎖条件を一部緩和したので、今度は、経済封鎖の解除に向かう条件として、キューバ政府が政治囚を釈放するなど人権問題を改善し、ボールを投げ返す番だと主張しています。しかし、一方的に経済封鎖をしておいて、それを緩和したから、今度はキューバ側が国内政策を変更すべきだという主張は内政干渉であり、キューバ側は到底受けられるものではありません。両国の関係改善は、無条件、対等、平等、互恵、内部問題不干渉という国際社会で広く認められている原則に基づいた交渉においてこそ可能です。オバマ政権は、そうした原則を認めてこそ、対等のパートナー・シップが可能となるものです。

決議賛成、反対、棄権国の詳細は、別添参照。
「09.10.28 国連総会における米国経済封鎖解除決議投票結果1992-09.pdf」をダウンロード

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2009年10月16日 (金)

キューバ映画の50年 (2)

キューバ映画の50年(2)を掲載します。今後、本邦未公開の映画の紹介を、随時行います。
「09.10.10 キューバ映画と講演のつどい (2).pdf」をダウンロード

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2009年10月15日 (木)

キューバ映画の50年 (1)

キューバは、今年、革命勝利50周年を迎えましたが、キューバで映画を制作、配給するキューバ映画映画芸術・産業庁(ICAIC)設立50周年にもあたります。キューバ映画の50年についての新藤通弘氏の講演を紹介しましょう。「09.10.10 キューバ映画と講演のつどい (1).pdf」をダウンロード

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2009年10月 4日 (日)

小話 ボート競技

キューバ人も、ラテンアメリカの他の国々の人々と同じように、大変ユーモアが好きです。とくに逆境に陥っても、小話を言って切り抜けたりします。あるいは自分達の間違っているところも、小話で笑い飛ばしてしまいます。精神的にたくましい人たちなのです。以下は、私のキューバ人の友人が送ってきた小話です。キューバ社会の画一性、企業の硬直性などが、みごとにあらわされていますね。今後も折に触れて、キューバの小話を紹介しましょう。

ボート競技

キューバ企業と日本企業が、各8名で競漕(ボート)を行うことになった。

両チームは、厳しいトレーニングを重ね、絶好のコンディションで臨んだ。
しかし、なんと日本チームが、1キロメートルの差をつけて勝利したのだ。

敗北して、キューバ・チームは、意気消沈してしまった。
総監督は、翌年の勝利を決意し、問題分析作業チームを設けた。

いろいろ検討してみると、作業チームは、日本チームが7人の漕手と1人の舵手で臨んでいたことがわかった。
一方、キューバ・チームは、7人の舵手と1人の漕手ではないか!

そこで、総監督は、チーム構成を研究する会社と契約するという素晴らしい考えを編み出した。

数か月かけて検討した結果、専門家たちは、キューバ・チームには漕手よりも舵手が多くいすぎるとの結論に達した。

専門家たちの報告に基づき、キューバ企業は、チーム構成を変えることを決定した。

チームは、今度は、舵手4人とスーパーバイザー2人、スーパーバイザー長、そして1人の漕手に編成された。

漕手の選出には、特別の注意が払われることとなった。漕手は、最も能力があり、最もやる気を持ち、責任を強く自覚していなければならないと考えられた。
しかし、翌年は、なんと日本チームが、2キロメートルの差で勝利したのだ。

キューバ企業の指導者部は、任務を十分果たさなかったとして漕手を解雇した。
そして、その他のチームのメンバーには、チーム内での多大なモチベーションを鼓舞したとして賞を与えた。

総監督は、事情報告書を提出した。そこには、こう書かれていた:
―作戦は良かった。
―やる気も十分あった。
―しかし、機材を改善すべきである。

その結果、現在、指導部は、ボートの買い替えを考えているところである・・・

(訳 前田恵理子)

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2009年10月 2日 (金)

重箱の隅か、知的誠実さか?

ある知人から、「キューバ革命における神話」について、このようなメールをいただいた。
「ブログでジャーナリストのミスを叩いておられましたが、何やら重箱の隅をつっつくような話のような気も・・・」

この感想に対して、私は次のように答えました。

モンカダ兵営襲撃、グランマ号上陸は、革命勝利前の重大なエポックメイキングな出来事であり、史実をきちんと理解するところからキューバ革命の理解は始まります。実は、他の点を書きませんでしたが、このジャーナリストの講演には、実は下記のような点が多々あり、それで基本的な点から指摘したわけです。別に「叩く」意図はありません。そうした次元でなく、史実を明確にするという観点です。こうした不正確な講演をそのまま機関紙で紹介する友好団体も、キューバとの友好を掲げる限りは、一定の知的水準を維持してほしいものです。

その他にも、このジャーナリストの講演には次のような間違いがあります。

1)グアテマラで、改革派の大統領は政権を投げ出してしまう。⇒
アルベンス大統領は、投げ出したのではなく、CIAの支援する反革命軍により倒壊される。よく知られた史実です。

2)カストロは国外追放となってメキシコに亡命した。⇒
国外追放でなく、自らの意思でメキシコに行き革命を準備した。国外で準備、キューバ侵攻、これは、マルティ以来のキューバ革命の伝統です。

3)その革命軍の先頭に立ったのが、ゲバラだった。サンタ・クララの戦いで、カストロ軍の勝利は、決定的になる。これが1959年1月1日だった。⇒サンタ・クララは、12月30日に大部分が制圧され、最終的な開放は12月31日。しかし、それまでにカストロが指揮する反乱軍主力部隊が、キューバの第二の都市、サンティアゴへの最終攻撃を準備しており、サンティアゴ軍司令官カンティージョ将軍とバチスタ追放条件を最終的に交渉しており、サンティアゴは、12月31日陥落寸前であった。サンタクララ攻撃は、ドラマチックであったが、ゲバラを賛美するあまり、各戦闘の重要性を混同してはならない。

4)フィデル・カストロは、個人崇拝を認めない。⇒
と単純にはいえません。集会の演説の終わりに、「フィデル万歳」と叫び、子供たちは学校で、「カストロ司令官の指令に従います」と唱和し、公的な施設の中にはフィデルの写真が普通掲げてあります。キューバ共産党の機関紙には、8ページの中に、カストロ関係記事が4ページということも珍しくありません。事実を冷静にみることが必要です。

5)キューバに記者として、入国する時でも、「取材ビザ」でなく、「観光ビザ」でいっこうかまわない。⇒
これは不正規で、全員、入国後、ジャーナリスト・ビザに切り替えています。観光ビザで入れば、当局から文句を言われたり、取材できずに国外に去らなければならなかった例もあります(たとえば読売記者)。

9)反政府の人々は、選挙の結果から全有権者の6%位と推定できる。⇒
反対派は、反政府の徒党を組まないからといって、単純に、集計できません。
昨年1月の選挙では、棄権+白票+無効+一部支持=1,370,165人。16.1%が反対票。
ハバナ市:棄権+白票+無効+一部支持:18%程度が反対票。
つまり、公式な選挙結果でも、20%ていど反対があるが、その上、投票用紙の独特の仕組みをさらに考慮しなければなりません。市民の本音を聞くとさらに増します。

10)ゲバラがやったことで、一番力を入れたのは農地改革で、肝心要の力となった。その中心にいたのが、ゲバラだった。⇒
ゲバラが最も力をいれたのは、やはり工業化の問題、工業発展の問題でした。農業改革でもっとも力を入れたのは、フィデルです。1959年2月からの改革法の制定のとき、ゲバラは一員ではあったが、終始あまり語らなかったと、制定の議論に参加したピノ・サントスは述べています(Oscar Pino Santos, Los Tiempos de Fidel, El Che y Mao, Editorial Nuestro Tiempo, México, 1997, p.194)。

11)革命闘争でなにが必要かとなり、いろいろの工場、武器の工場、病院、靴の工場、食料工場などを作り、才覚を発揮し何とかしてしまう。それが、認められて工業大臣になり⇒
解放区での工場は、特にゲバラの貢献ではありません。むしろ一般的にはラウルの功績といわれています。

12)エルサルバドルは20年前は内戦をしていた国で、米国べったり政権であり、それに対して左翼ゲリラが強くなり革命寸前だといわれていた。⇒ファラブンド・マルティ民族解放戦線は、革命を行っていました。国土の3分の1まで解放しました。

13)エルサルバドルでは、4月の選挙で、昔の左翼ゲリラ組織が政党化し政権をにぎり⇒
すでに1992年の合意でFMLNは、政党活動をおこなうようになっていました。

14)今や米国にべったりなのは、コロンビアだけとなっている。⇒
一般には、コスタリカ、コロンビアといわれています。ジャーナリストは、コスタリカ賛美者でしょうが、客観的にみる必要があります。

などなどあります。この程度の認識と知的創造活動で良ければ、楽なものです。重箱の隅ととるか、事実に対する正確さを期す誠実な態度と見るか、その方の史実を取り扱う態度で決まるでしょう。

私は、こうしたいい加減な認識からは、100時間講演を重ねても真実の姿は浮かび上がってこないと考えています。

私も、講演でも、書くものでも受け取り側に理解してもらうことを重視していますが、事実を正確に伝えることを不可欠の基盤として考えています。聞き手の気分をその場で高揚させる政治演説やアジ演説ではありませんので。たとえば、講演者は、グランマ号上陸後のことでは、最低限、下記のことは読んでおいてほしいと思います。

Thelma Bornot Pubillones ed., Testimonio, De México a la Sierra Maestra, Editorial Nuestro Tiempo, México, 1979.
Heinz Dieterich Steffan ed., La conquista de la esperanza: Diarios inéditos de la guerrilla cubana diciembre de 1956-febrero de 1957, Casa Editora Abril, La Habana, 1996
Carlos Franqui, el libro de los doce, Ediciones Huracán, La Habana, 1968.
Jules Dubois, Fidel Castro: Rebel-Liberator or Dictator? ,Bobbs-Merrill, New York, 1959.
Andrés Castillo Bernal, Cuando esta Guerra se acabe: De las montanas al llano, Editorial Linotipia Bolívar, Santa fe de Bogotá, 2000.
Claudia Furiati, Fidel Castro: La historia me absolverá, Plaza Janes, Barcelona, 2003.
Ignacio Ramonet, Cien Horas con Fidel: Segunda Edición, Revisada y enriquecida con nuevos datos, Oficina de Publicaciones del Consejo de Estado, La Habana, 2006

ジャーナリストと歴史研究者の姿勢の違いでしょうか。私は、結局読者、聴衆者への責任感の違いと思っています。

これまでのいろいろな誤ったキューバ像、歴史叙述、現代叙述を集めて、一度キューバを描いてみたいと思っています。どういうキューバ像となるでしょうか。

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2009年10月 1日 (木)

キューバ情勢講演会のお知らせ 講師オマール・エベルレニイ・ペレス教授

「現代キューバ研究所」第1回講演会のお知らせ

国立ハバナ大学オマール・エベルレニイ・ペレス教授来日記念講演会
~革命勝利50周年を迎えたキューバの経済~

革命勝利から50周年を迎えたキューバは、社会主義をめざしつつも、従来の経済モデルと困難な国際経済との狭間で経済的に大きな岐路に立たされています。この度、来日した国立ハバナ大学のオマール・エベルニイ・ペレス教授は、キューバにおいて、一貫して「経済開放」を標榜する改革派の経済学者です。その氏の来日を記念して講演会を開催し、キューバ経済の最新事情についてお話を伺います。キューバ研究においてまたとないチャンスです。ふるってご参加ください!

講 師:オマール・エベルレニイ・ペレス・ビジャヌエバ氏
(Omar Everleny Perez Villanueva)
1960年生まれ。1984年から国立ハバナ大学キューバ経済構造及び経済担当教授、国立ハバナ大学附属キューバ経済研究所副所長。2000~2001年にハバナ市経済担当副市長顧問を務める。おもな著書に「Omar Everleny Pérez Villanueva ed., Cuba: Relexiones sobre su economía, Universidad de La Habana, La Habana, 2002.」(キューバ人経済学者による現状分析)など多数。

言 語:スペイン語 ※日本語通訳つき

日 時:2009年10月17日(土) 15:00~17:00(受付 14:30~)

場 所:明治大学お茶の水校舎リバティ・タワー11階1115教室
東京都千代田区神田駿河台1-1
(最寄り駅/JR線・御茶の水駅、東京メトロ・御茶ノ水駅、新御茶ノ水駅、神保町駅)
会場までの地図:http://www.meiji.ac.jp/koho/campus_guide/suruga/access.html

資料代:1000円(税込) 講演会当日希望者は、受付にてお支払いただきます。

※申込みは不要です。


お問い合わせ >>> ワークショップ内「現代キューバ研究所」 担当/早川幸子
TEL03‐5226‐7718   FAX03‐5226‐7726
E-mail: rq9y-hykw@asahi-net.or.jp

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