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2009年4月 2日 (木)

再び、再び有機農業について 

再び、再び有機農業について 2009年4月1日

かつて、本ブログで、このように指摘したことがある*。
「日本からは、常時『キューバ有機農業視察旅行』と題して、旅行社が競争のように企画を組んでいる。旅行社には安定した人数が見込めるのであろう。10数名、数十名でグループを組み、定番コースである農業省(ベラ農業相補佐官)、熱帯農業基礎研究所(アドルフォ・ロドリゲス所長)、オルガ・オオエさんの有機農場を訪問し、有機農業が行われていることを自分の目で確かめて、満足して帰国する。しかし、本当にそうであろうか?」 
*「2009年1月 9日 (金) キューバについての7つの神話(3)4.キューバは、有機農業大国?」を参照。

 残念ながら、この筆者の憂慮は、現実のものとなった。最近、あるキューバとの友好組織の機関紙を見て、驚いた。そこには、「有機農業で食料自給にとりくむキューバ」というタイトルで、本年2月に同組織が主催した訪問団の一員としてキューバを訪問した方のレポートが掲載されている。ほぼ上記の定番コースを回ったようである。
しかし、小生のささやかな研究ではあるが、キューバ政府が、「政策として有機農業で食料の自給に取り組む」方針を出したとは一度も見たことも、聞いたこともない。

キューバ統計局(ONE)の数字によれば、キューバの農作物栽培面積は、2006年度、合計で312万ヘクタール、そのうち砂糖キビ栽培地が126万ヘクタール、コーヒーとタバコが20万ヘクタールであるから、一般の食料生産には119万ヘクタールが当てられている。作物によって異なるが、収穫量は、報告書や調査してみると、良くて平均1平方メートルあたり10-20kgである。

キューバ農業の収穫率、反収を詳細に見ると、都市農業専門家の報告でも、もっとも収穫率が高いオルガノポニコでも20kg/m2、集約菜園・一般菜園・家庭菜園で10kg/m2である(Nelso Companioni, Yanet Ojeda, Egidio Páez y Catherine Murphy, La Agricultura Urbana en Cuba, 2002, p.97)。作物別にみると、歴史的には、1m2当たり、ジャガイモ20kgs、トマト10kgである(Miguel Alejandro Figueras, Aspectos Estructurales de la Economía Cubana, Editorial de Ciencias Sociales, La Habana, 1994, p.57.)。米で、乾季、雨季の2期作で試験場での好条件下で合計12kg程度である(Miguel Socorro Quesada y Salvador Sánchez Sánchez, Tecnología del Cultivo del Arroz en Pequeña Escala, Ministerio de la Agricultura, La Habana, 2008, p.16.)。通常では、稲作は3.5kgである(Miguel Alejandro Figueras, op.cit.)。ちなみに日本の稲作は、反収6.65トン/haである。筆者が2008年訪ねた協同組合(UBPC)では、野菜・根菜類の栽培で15kgsとのことであった。

この数字からすると、キューバでは、1ヘクタール当たり、5トンから20トンというのが反収となる。とすると、119万ヘクタールの栽培面積で、食料は、600万トン以上生産されるはずであるが、現実には、政府統計によると、2006年、一般食物(穀類、野菜)の全収穫量は560万トン(野菜260万トン、根菜220トン、穀類73万トン)程度であった。

一方、一人当たり年間食料消費量は、キューバの統計数字はないが、400kgとみると、総人口1120万人には年間450万トン必要である。とすれば、食料の自給がほぼ完全にできていることになる。

しかし、現実には、キューバの食料自給率は、カロリー計算で42%、穀物計算で33%(詳細2009年1月19日 (月)付け本ブログ「キューバの食料自給率は?」参照)であるから、つじつまが合わなくなる。都市農業生産の数字が、膨らまされた信憑性にかける数字といわれる所以である。さらに厳然たる事実は、キューバは、2008年度20億ドル以上(輸入総額の15%以上)の食料を輸入しなければならず、しかもなんと対キューバ経済封鎖を行って、農産物と医薬品以外の輸出を禁じている米国からトウモロコシ、黒豆、小麦、鶏肉などを輸入しており、その額は昨年度6億ドルを超えていることである。

しかも、上記の膨らまされた560万トンの数字が、ほとんど有機農業で行われているわけではなく、有機農業生産の公式数字は、年間1万トン弱という数字以外には政府発表の数字はない。大体、政府の方針は、必要あれば、化学肥料、農薬も使用するというものである*。
*本ブログ2009年1月 3日 (土)付け、キューバにおける都市農業・有機農業の歴史的位相、(補論2)08年2月キューバ青年共産同盟機関紙「フベントゥ・レベルデ」紙、「肥料の『有機的』ジレンマ」 (Juventud Rebelde, Febrero 17, 2008)参照。

 また、有機農業は、単に化学肥料、化学農薬を使用しないことからだけをもって、有機農業といえるかどうかという問題もある。筆者は、有機農業が成立するためには、次の4つの条件が必要と考えている。
1. 有機農業の国際的基準を守っているか(3年以上、化学農薬、化学肥料を使用しないなど)
2. 以上の基準を意識しているうえ、生産者が地球環境、食の安全を意識して生産を行っているか。
3. 消費者が、有機農産物を優先的に選別して消費している意識があるか。
4. 国に、有機農業の認定基準が制定されているか。
 これらの2,3,4の条件を無視すれば、江戸時代、戦後、日本では有機農業が全面的に取り組まれたという評価になり、ボリビアなどのアンデス高地の先住民の農業も全面的に有機農業として行われているということになる。キューバの場合、一般にいずれの条件も厳密に履行されているかどうかは、疑わしい。従って、タイトルがいうように、「有機農業で食料自給にとりくむキューバ」というのは、作られた想像の概念であり、現実のものではない。

 しかも、この報告者は、筆者の予想通り、熱帯農業基礎研究所を訪問し、副所長のネルソ・コンパニオーニ博士の説明を受け、キューバの反収が実に1ヘクタール当たり200トンにのぼるという信じがたい数字を報告している。この数字がまったくありえないものであることは、上記の説明で明白であろう。しかし、このレポートを読む読者は、キューバは、「有機農業で食料自給にとりくみ」、反収200トンという素晴らしい成果をあげている、それなら、自給も可能だろうということになる。

 筆者は、本年3月キューバに調査旅行に出かけた。その際、在キューバ日本大使館のN氏、キューバ経済研究所の農業問題専門家アルマンド・ノバ教授などと一緒に会食をする機会があった。その席で、筆者が、ノバ教授に「キューバの都市農業、有機農業の現状は、真実のところどうですか?」と質問をしたところ、同教授は「都市農業で400万トン生産というのは、膨らまされた数字であり、昨年、今年ももう数字は発表されていない。その中での有機農業生産の数字もない。有機農業でハバナ市で野菜が自給などとは考えられない」と率直に述べた。

 また、大使館のN氏は、「有機農業、有機農業といって見せてくれといってくるので困っているのですよ。想像されているような有機農業は存在しませんからね」という。
 また、キューバから帰国の途中、熟年の3名の日本人旅行者と一緒となった。いずれもキューバ革命に興味があり、キューバを訪問したという。「有機農業は見られましたか?」と聞くと、「革命広場のホセ・マルティ独立記念塔に登り、双眼鏡で周りを見ました。街の中に有機農園があちこちにあると思ったのですが、遠くに農園が数箇所見られただけでした」という。これが現実の姿である。

 現在、キューバで食料の増産が期待されているのは、一つは、未使用の国有地の貸与である。すでに5万人に50万ヘクタール貸与が認可されている(平均10ヘクタール)。自作農であることから、収穫率も高く、農産物の増産に少なからず貢献するものと期待されている。

 さらに、より根本的には、協同組合(UBPC)の運営の改革(より自主性を認める)、協同組合(自主運営の一層の推進)、自営農の栽培作物の一層の自由化、買い付け・流通機構の簡素化(地産地消費)、買い付け価格の根本的な改定、農業資材・機材の供給の保障及び自由販売などである。しかし、この改革は、昨年3月から進められ始めたが、現在停滞しているとノバ教授は心配している。農業生産で、短期間の飛躍的発展は、どの生産制度でも期待できるものではないが、未使用地の貸与にしても、この基本的な問題を解決しなければ、自営農の積極性が十分発揮されないであろう。

なお、最近開催された、キューバ共産党ピナルデルリオ県党会議でも(この県は、農業県である)でも、農業の増産のためには、こうした組織的改革の重要性が強調され、有機農業のことはまったく触れられていないことを付け加えておきたい。

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