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2009年4月

2009年4月16日 (木)

キューバ人と噂

 20世紀の優れたキューバ人歴史家の一人に、エミリオ・ロイグ・デ・レウチセンリング(1889-1964)という歴史家がいる。ハバナ市史の専門家で、ハバナ市歴史家事務所長を1964年まで務め、キューバ文化・史跡の保存に尽力した人物である。主著として、「キューバの独立は米国に左右されない」、「米国対キューバ共和国」などがあり、キューバ国民性の発展とキューバへの米国の干渉政策を批判したものが多い。同時に、彼は、ジャーナリストでもあり、鋭い筆致でキューバ社会を描いている。その中のひとつの論文に、「噂および噂好きな男女」という論文(1935年)がある。1935年といえば、キューバでは、独裁者であるバチスタ大佐が、政界の黒幕として、陰で次々と傀儡大統領を擁立していた時期である。

 エミリオは、大要、以下のようにキューバ人の噂好きの習慣を風刺して見事に描写している。

 「数年前にキューバ人の習慣についての論文を書き、キューバでは噂好きの悪習が広がっていることを指摘したことがある。しかし、その後、時とともに、この悪習はいよいよ増大し、あらゆる階層に蔓延し、ついては政府や政治分野まで及び、噂によって閣僚や政府上層部が危機に陥ることもあるようになった。その結果、キューバでは、若干の例外はあるが、男性はすべて雄弁家であり、女性はすべて噂好きとなっている。

 したがって、男性の場合、言語障害者や寡黙な人もいるが、政治家で最大の才能は、ロダンの彫刻のように考えるふりをして、しゃべらないこととなった。まさに沈黙は金となったのである。

 女性の場合は、噂好きでない女性を見つけるのは極めて困難となっている。噂をすることこそ、女性の唯一の雄弁術である。女性は、男性と違って、説得、納得させるためには、決して言葉を使用せず、黙って行動に出る。女性は、言葉を使わず、しぐさや、態度で説得する。

 女性の雄弁はどんなときに発揮されるか。それは、噂をするときである。彼女たちの観察は鋭く、人間の心理を深く知っており、人やものごとを詳細に定義する。皮肉と風刺の大家である。

 こうした噂は、ハバナ市では、完全に組織的に行われている。デパートや、特定の女性が集まる場所がその中心地であるが、現在では、電話が主要な役割を果たしている。誇張せずにいって、キューバ共和国は、一大、噂の家となっているのだ。

 一方、政治的噂には、あまたの方法がある。政敵を打倒するためにほめ殺しの手まである。

もうひとつのキューバ特有の噂の形態は、流言である。これは起きてもいないことをまことしやかに広めるとともに、実際起きることを望むものである。政治家や官僚の失墜、国内外の危機、政治家のボスと子分の確執などが流言で広められる。

 こうした噂や流言は、独裁制、専制政治、検閲制のもとで、いっそう数と大きさが増大している。したがって、キューバにおいてニュースを最も迅速に伝えることは、新聞やラジオで伝えないことである。噂や流言は、稲妻のように人から人に、グループからグループに伝わり、その都度話す人により拡大され、噂となり、流言のニュースとなるからである」。

 この論文は、本年2月,ハバナ市で発行されている雑誌、OPUS Habanaに再録されたものである。奇しくも、その後、3月2日に大量の閣僚の交代が報道されたが、その内容については、本ブログ3月31日付で紹介したとおりである。ともかく、4月16日現在、発表された政府報道は8点しかない。そのため、エミリオが指摘したとおり、キューバ市民は、伝統的な特技を発揮して、実に驚くような噂や流言が闊歩している。筆者の経験からも、キューバ人から話を聞くときは、まず、「その出所は?」と聞き、それを吟味してでないと、報道や研究には使えない。

 しかも、実際、キューバ社会は、極めて情報が少ない社会である。日本のように新聞が広告も含め数十ページになる必要があるかどうかは別として、流通している新聞はすくない。あるのは、すべてタブロイド版で、最大発行部数の日刊紙ではグランマ(キューバ共産党中央委員会機関紙、日曜日は発刊せず。発行部数40万部)、「フベントゥ・レベルデ(反乱する青年、キューバ青年共産同盟機関紙)」、週刊版で「トラバハドーレス(労働者たち、キューバ労働者センター機関紙)」、他に地方紙がある。しかし、ハバナ市でグランマを入手することはまず困難で、市民で購読している人は決して多いとはいえない。むしろ少ない方である。しかもグランマでも、金曜日をのぞいて全部で8ページ。現在は、1ページは、各ニュースの見出し。フィデル・カストロの省察論文でほぼ半分から1ページ。1959年のフィデルの演説が1ページ。文化・スポーツ欄が2ページ。したがって3ページの間に国内と国際ニュースをつめこまねばならない。限られた読者数、限られた紙面ということを考えると極めて少ない情報量といえる。

 それではTVではどうか?ここも国営テレビのニュースは昼間と夜の2回、各30分である。常にフィデルの省察論文が全文5-10分読み上げられる。つまり、TVでも新聞同様、情報量が極めて少ない。少ない情報量と国民は知っており、ニュースを見ないひとも少なくない。

 さらに、インターネットにアクセスできる市民は極めて少数である。

 民主主義の存在を云々して、議論するよりも、まずは内外のニュース量を新聞、TVで飛躍的に増やすことが、重要な課題と筆者には思われる。
                                               (岡 知和)

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2009年4月10日 (金)

チャベス、選挙、国民投票16戦の結果

チャベス、選挙、国民投票16戦の結果

先ごろ、チャベス・ベネズエラ大統領が訪日した。世界の注目を集めている大統領だけに、テレビ、新聞で少なからずの報道がなされた。テレビなどで、視聴者にわかりやすくニュースを伝えようという姿勢は評価されるが、それは噛み砕いて紹介することであって、巷間の俗語で表現することではない。4月5日、親友から、フジテレビのサキヨミLIVEという番組で、大要このように紹介されたと聞いた。

「中南米の番長、チャベス大統領は、高騰した石油価格を利用して、まわりの国の子分を集め、アメリカに反抗する反米勢力を結集している。また、日本には石油開発をちらつかせて対日接近をはかっている。しかしその石油は重質油で魅力はない・・・」

ここには、これまで歴史的に、特に近年米国の新自由主義政策に従属し、国民生活を痛めつけられてきた中南米の国々が、自らの国民の福祉と安寧を自らが決めようという自立化への動きをまったく理解していない考えがうかがわれる。ラテンアメリカを、「反米大陸」、「反米主義」とみては、理解できない。「自主外交大陸」とみてはじめて、現在の左派政権の続出を理解できるのである。

この地域をみずからの「裏庭」、勢力圏と考えてきた(それこそ番長)アメリカは、ラテンアメリカの自主的な態度が受け入れ難く、自主的な政策を探求する国々に、「人権問題」、「民主主義」、「テロ国家容疑」、「麻薬問題」、「ソ連の代理人」といって難癖をつけ、非難、干渉政策をとってきた。昨年、米国のゲーツ前国防長官が、ジョビン・ブラジル国防相に対中南米政策についてサジェッションを聞いた際、「手を出さないことだ」と答えたのは、本質をついたものである。(ラテンアメリカの自主的な動きについては、好論文、菅原啓「米国いいなり拒否するラテンアメリカ」『前衛』2009年4月号、参照)

チャベス大統領が行っている、ペトロ・カリブ政策などは、参加国の思惑は別として、その原理は、「子分集め」ではなく非産油国に産油国が協力しようという国際的大義に沿ったものであることを理解しなければならない。なぜなら、一番の「親米国」といわれるコスタリカも最近加盟したのであるから。ベネズエラの石油開発に対しては、大統領滞日中に日本企業との間に合意書が結ばれたことをもってしても、双方に利益のある商談であったことがわかる。

チャベス大統領は、この10年、実に16回の選挙、国民投票、1回の軍事クーデターの試練をくぐりぬけながら、政治、経済、社会改革について、国民にそのつど、信を問いながら改革を進めていることを、その政策への賛否は別として、あらためて確認しておきたい。

参考までに、1998年のチャベス大統領選出後、2009年の今日までの16の投票を振り返ってみると、次の通りである。

1998年
① 12月6日、チャベス、得票率56.20%を確保して、大統領に選出される。対立候補「ベネズエラ計画」のサラス・ローメル(COPEI、ADなど4党支持)は得票率39.97%。1958年体制の崩壊。しかし、国会では少数。最高裁は前政権やエリート層が握っている。制憲議会召集の是非を問う国民投票を実施する政令を公布。

1999年
② 4月25日、チャベス、制憲議会召集是非の国民投票で得票率88%を獲得し、信任される。
③ 7月25日、チャベス派、制憲議会国会議員選挙で131議席中126議席獲得し、勝利。AD20議席、COPEI実質上消滅。
④ 12月15日、憲法賛否国民投票で得票率86%の賛成、圧倒的多数で新憲法が採択され、ベネズエラ・ボリバール共和国と国名を変更。

2000年
⑤ 7月30日、新憲法下での大統領選挙で(総投票数663万票)、チャベス、得票率60.3%を獲得し、アリアス・カルデナス候補(Causa Rなどの統一候補)得票率37.5%を破り、大統領に再選出される。
⑥ 同時に国会議員選挙で、165議席中、与党MVR、76議席を獲得し、第一党、MAS21議席を獲得。それまでの2大政党、民主行動党は29議席、キリスト教社会党は5議席で大幅に後退。
⑦ 同時に行われた県知事選挙、県議会選挙、市長選挙でもチャベス派勝利。
⑧ 12月3日、地方選挙(市議会、最小行政区議会)でチャベス派圧勝。

2004年
⑨ 8月15日 大統領信任国民投票実施。2002年クーデター失敗に業をにやした反対派が大統領の不信任を求めたもの。投票総数9,815,631票のうち、チャベス大統領5,800,629票、得票率59.09%獲得、反政府勢力CD3,989,008, 得票率40.63%を獲得、チャベス圧勝して信任を得る。
⑩ 10月31日 地方選挙でチャベス派、22県のうち20県で勝利、首都知事、カラカス市長選挙で勝利。また市長選では、335市のうち270市でチャベス派勝利。チャベス派の圧勝。

2005年
⑪ 8月7日 地方行政区議会選挙、実施される。選挙人登録は、14,363,690人、69.1%が棄権、チャベス派候補者、5596議会で80%が当選。チャベス派圧勝。
⑫ 12月4日 国会議員選挙、反対派の民主行動党(AD)、キリスト教社会党(CEPEI)、ベネズエラ計画党、正義第一党、世論調査の選挙予測でチャベス派が71%以上獲得し、大敗することが明白となり、選挙寸前で謀略的に候補者を取り下げ、選挙に参加せず。チャベス派、全議席を占める。

2006年
⑬ 12月3日 大統領選挙。チャベス、社会主義の建設をスローガンに掲げ、選挙戦をたたかい(総投票数1163万票)、730万票、得票率62.84%を獲得し、反対派ロサーレス候補、429万票、得票率36.9%に大勝。勝利後、ベネズエラ社会主義統一党の創設を提起。

2007年
⑭ 12月2日 チャベス大統領、憲法改正案を国民に提出し、国民投票の結果(総投票数900万票)、440万票、得票率49.29%を獲得するも、反対派452万票、得票率50.70%を獲得し、僅差で敗れる。憲法草案では、社会主義をめざすなど詳細な修正案提起するも、国民は受け入れず、僅差で否決。投票14回目にして、初めて敗北。

2008年
⑮ 11月23日 一斉地方選挙が行われ(総投票数1102万票)、チャベス派候補、590万票、得票率53.52%、18県知事(77%)、277の市長(81%)を獲得し、反対派(471万票、得票率41.65%)に圧勝。前回得票数を150万票余回復。

2009年
⑯ 2月15日 チャベス大統領、大統領、各種首長の三期以降の選出を認める憲法修正案を提出し、国民投票の結果(総投票数1171万票)、631万票、得票率54.85%を獲得し、反対派519万票、得票率45.14%に10ポイント近い差をつけて承認された。投票キャンペーンの中で、チャベス大統領、自分の三選の可能性を開いて、社会主義をめざすと述べる。

上記のように、2月、憲法修正が承認されたが、これをどう見るかは、いろいろな意見がある。筆者は、これによりチャベス大統領の三選が認められ、独裁体制がしかれたという理解はしていない。むしろ単に、3期以降の立候補が認められただけであり、それ以上でも以下でもない。

大統領、各種首長を選出するのはあくまで国民であることを強調したい。善政の政治家も、悪政の政治家も3選の可能性が認められたのであり、国民にとって選択肢が増えたといえよう。多選を悪とするのは、性悪説にもとづく個人の考えであり、国民自身がその都度、候補者の適否を判断して票を投じればよいことである。2012年には、各種首長、大統領の選挙が行われ、4年間の施政の真価を国民が決めることになる。

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2009年4月 9日 (木)

蟹工船、キューバ、日本の集い

小説「蟹工船」についてのキューバでの集会の記事が、Cuba Now に掲載されましので、紹介します(英語)。
キューバでの集会の詳細が述べられています。「09.04.07 Cuba-Japan Significant Annieversaries.doc」をダウンロード

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2009年4月 4日 (土)

ミス・ユニバースとグアンタナモ基地

 先ごろ、ベネズエラの2008年ミス・ユニバース、ダイアナ・メンドーサ(22歳)さんが、キューバにある「グアンタナモ米海軍基地」を訪問し、「タアアイヘン楽しかった」とミス・ユニバースのホームページ内のブログに書いて、ベネズエラ国内でまた国際的にも物議をかもしている。090404_dayanamendozaindex

 ダイアナさんは、米軍の招待で、同基地を訪問、その感想を、「基地はリラックスでき、静かで、美しかった」。海は「信じられないほどスゴークきれいで」、軍用犬は「大変かわいく」、収用所キャンプ、監房は「映画も楽しめ、すべてが大変興味深いものだった」と、率直に書いた。
 しかし、この表現は、たちどころに国際的な非難の対象となり、このブログが問題となるや、ミス・ユニバースは、ブログをすぐさま削除して、ダイアナさんの感想は、「同基地の兵士とその家族の親切さについて」述べたものであり、決して監房についての判断を含むものでないと弁明し、問題がこれ以上大きくなることを避けようとした。
 もともと、このグアンタナモ基地は、キューバ独立戦争の末期に米西戦争を引き起こし、キューバに留まった米軍が、撤退を条件にキューバに基地貸与を認めさせたものである。1959年の革命勝利後、キューバ政府は基地返還を要求しているが、米政府はそれを無視して、米国が無期限に居座っている(詳細は、本ブログ、1月2日付け「グアンタナモ米海軍基地とはなにか」を参照)。軍事的には、現在の軍事技術の水準では時代遅れのものとされている。しかし、米政府は返還要求を無視するどころか、2002年1月ブッシュ政権は、キューバ領内にあるという理由で、米国の国内法が適用されないと強弁して、アフガニスタンの「テロリスト容疑者」をグアンタナモ基地に移送して、尋問を行い「テロリスト」についての情報を得るために利用した。090404_guatanamo

 現在でもアフガニスタン人をはじめ様々な国籍の約240名が長期に拘留されている。収用所での拷問を含む尋問のすさまじさは、国際的な批判を浴び、さすがにオバマ新政権は、収用所を来年1月までに閉鎖すると発表せざるをえなかった。
 こうした国際的な非難にされているグアンタナモ基地にミス・ユニバースを招待するのもおかしな話だが、その訪問での印象を、「タアアイヘン楽しかった」と報告するのも、無邪気さを通りこして、あきれたものである。彼女は、すっかり、マスコミの物笑いの種となってしまった。今後、テレビ番組のコメンテーターに予定されているが、知的水準を危惧する人も少なくない。
 さすがに、ベネズエラでは、「今後は、ミス候補者は、総合的に優れた人を選ぶようにしなければならない。何年か前に、あるミス・ベネズエラは『私、ウイリアム・シェクスピアの音楽が大好きなの』と述べたことがあるから」と、新聞記者のアナ・カリーナさんは述べている。一方では、フェミニストの人々からは、美人コンテストの存在そのものもあらためて、批判の対象とされてもいる。
 しかし、批判は、それだけに留まらず、「ダイアナを監獄に入れろ」とか、「休暇にはグアンタナモに行こう。タアアイヘン楽しいから」とインターネットでコメントが流れている。ラテンアメリカでは、グアンタナモ基地が、当然キューバに即時返還されるべきであり、米軍はイラクやアフガニスタンなどへの他国への干渉をやめるべきだという意見が大半を占めている。こうした21世紀の国際常識からすれば、国際人の資格としては、一定の教養と、さらに自主独立の政治性が要求されるということかも知れない。

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2009年4月 2日 (木)

再び、再び有機農業について 

再び、再び有機農業について 2009年4月1日

かつて、本ブログで、このように指摘したことがある*。
「日本からは、常時『キューバ有機農業視察旅行』と題して、旅行社が競争のように企画を組んでいる。旅行社には安定した人数が見込めるのであろう。10数名、数十名でグループを組み、定番コースである農業省(ベラ農業相補佐官)、熱帯農業基礎研究所(アドルフォ・ロドリゲス所長)、オルガ・オオエさんの有機農場を訪問し、有機農業が行われていることを自分の目で確かめて、満足して帰国する。しかし、本当にそうであろうか?」 
*「2009年1月 9日 (金) キューバについての7つの神話(3)4.キューバは、有機農業大国?」を参照。

 残念ながら、この筆者の憂慮は、現実のものとなった。最近、あるキューバとの友好組織の機関紙を見て、驚いた。そこには、「有機農業で食料自給にとりくむキューバ」というタイトルで、本年2月に同組織が主催した訪問団の一員としてキューバを訪問した方のレポートが掲載されている。ほぼ上記の定番コースを回ったようである。
しかし、小生のささやかな研究ではあるが、キューバ政府が、「政策として有機農業で食料の自給に取り組む」方針を出したとは一度も見たことも、聞いたこともない。

キューバ統計局(ONE)の数字によれば、キューバの農作物栽培面積は、2006年度、合計で312万ヘクタール、そのうち砂糖キビ栽培地が126万ヘクタール、コーヒーとタバコが20万ヘクタールであるから、一般の食料生産には119万ヘクタールが当てられている。作物によって異なるが、収穫量は、報告書や調査してみると、良くて平均1平方メートルあたり10-20kgである。

キューバ農業の収穫率、反収を詳細に見ると、都市農業専門家の報告でも、もっとも収穫率が高いオルガノポニコでも20kg/m2、集約菜園・一般菜園・家庭菜園で10kg/m2である(Nelso Companioni, Yanet Ojeda, Egidio Páez y Catherine Murphy, La Agricultura Urbana en Cuba, 2002, p.97)。作物別にみると、歴史的には、1m2当たり、ジャガイモ20kgs、トマト10kgである(Miguel Alejandro Figueras, Aspectos Estructurales de la Economía Cubana, Editorial de Ciencias Sociales, La Habana, 1994, p.57.)。米で、乾季、雨季の2期作で試験場での好条件下で合計12kg程度である(Miguel Socorro Quesada y Salvador Sánchez Sánchez, Tecnología del Cultivo del Arroz en Pequeña Escala, Ministerio de la Agricultura, La Habana, 2008, p.16.)。通常では、稲作は3.5kgである(Miguel Alejandro Figueras, op.cit.)。ちなみに日本の稲作は、反収6.65トン/haである。筆者が2008年訪ねた協同組合(UBPC)では、野菜・根菜類の栽培で15kgsとのことであった。

この数字からすると、キューバでは、1ヘクタール当たり、5トンから20トンというのが反収となる。とすると、119万ヘクタールの栽培面積で、食料は、600万トン以上生産されるはずであるが、現実には、政府統計によると、2006年、一般食物(穀類、野菜)の全収穫量は560万トン(野菜260万トン、根菜220トン、穀類73万トン)程度であった。

一方、一人当たり年間食料消費量は、キューバの統計数字はないが、400kgとみると、総人口1120万人には年間450万トン必要である。とすれば、食料の自給がほぼ完全にできていることになる。

しかし、現実には、キューバの食料自給率は、カロリー計算で42%、穀物計算で33%(詳細2009年1月19日 (月)付け本ブログ「キューバの食料自給率は?」参照)であるから、つじつまが合わなくなる。都市農業生産の数字が、膨らまされた信憑性にかける数字といわれる所以である。さらに厳然たる事実は、キューバは、2008年度20億ドル以上(輸入総額の15%以上)の食料を輸入しなければならず、しかもなんと対キューバ経済封鎖を行って、農産物と医薬品以外の輸出を禁じている米国からトウモロコシ、黒豆、小麦、鶏肉などを輸入しており、その額は昨年度6億ドルを超えていることである。

しかも、上記の膨らまされた560万トンの数字が、ほとんど有機農業で行われているわけではなく、有機農業生産の公式数字は、年間1万トン弱という数字以外には政府発表の数字はない。大体、政府の方針は、必要あれば、化学肥料、農薬も使用するというものである*。
*本ブログ2009年1月 3日 (土)付け、キューバにおける都市農業・有機農業の歴史的位相、(補論2)08年2月キューバ青年共産同盟機関紙「フベントゥ・レベルデ」紙、「肥料の『有機的』ジレンマ」 (Juventud Rebelde, Febrero 17, 2008)参照。

 また、有機農業は、単に化学肥料、化学農薬を使用しないことからだけをもって、有機農業といえるかどうかという問題もある。筆者は、有機農業が成立するためには、次の4つの条件が必要と考えている。
1. 有機農業の国際的基準を守っているか(3年以上、化学農薬、化学肥料を使用しないなど)
2. 以上の基準を意識しているうえ、生産者が地球環境、食の安全を意識して生産を行っているか。
3. 消費者が、有機農産物を優先的に選別して消費している意識があるか。
4. 国に、有機農業の認定基準が制定されているか。
 これらの2,3,4の条件を無視すれば、江戸時代、戦後、日本では有機農業が全面的に取り組まれたという評価になり、ボリビアなどのアンデス高地の先住民の農業も全面的に有機農業として行われているということになる。キューバの場合、一般にいずれの条件も厳密に履行されているかどうかは、疑わしい。従って、タイトルがいうように、「有機農業で食料自給にとりくむキューバ」というのは、作られた想像の概念であり、現実のものではない。

 しかも、この報告者は、筆者の予想通り、熱帯農業基礎研究所を訪問し、副所長のネルソ・コンパニオーニ博士の説明を受け、キューバの反収が実に1ヘクタール当たり200トンにのぼるという信じがたい数字を報告している。この数字がまったくありえないものであることは、上記の説明で明白であろう。しかし、このレポートを読む読者は、キューバは、「有機農業で食料自給にとりくみ」、反収200トンという素晴らしい成果をあげている、それなら、自給も可能だろうということになる。

 筆者は、本年3月キューバに調査旅行に出かけた。その際、在キューバ日本大使館のN氏、キューバ経済研究所の農業問題専門家アルマンド・ノバ教授などと一緒に会食をする機会があった。その席で、筆者が、ノバ教授に「キューバの都市農業、有機農業の現状は、真実のところどうですか?」と質問をしたところ、同教授は「都市農業で400万トン生産というのは、膨らまされた数字であり、昨年、今年ももう数字は発表されていない。その中での有機農業生産の数字もない。有機農業でハバナ市で野菜が自給などとは考えられない」と率直に述べた。

 また、大使館のN氏は、「有機農業、有機農業といって見せてくれといってくるので困っているのですよ。想像されているような有機農業は存在しませんからね」という。
 また、キューバから帰国の途中、熟年の3名の日本人旅行者と一緒となった。いずれもキューバ革命に興味があり、キューバを訪問したという。「有機農業は見られましたか?」と聞くと、「革命広場のホセ・マルティ独立記念塔に登り、双眼鏡で周りを見ました。街の中に有機農園があちこちにあると思ったのですが、遠くに農園が数箇所見られただけでした」という。これが現実の姿である。

 現在、キューバで食料の増産が期待されているのは、一つは、未使用の国有地の貸与である。すでに5万人に50万ヘクタール貸与が認可されている(平均10ヘクタール)。自作農であることから、収穫率も高く、農産物の増産に少なからず貢献するものと期待されている。

 さらに、より根本的には、協同組合(UBPC)の運営の改革(より自主性を認める)、協同組合(自主運営の一層の推進)、自営農の栽培作物の一層の自由化、買い付け・流通機構の簡素化(地産地消費)、買い付け価格の根本的な改定、農業資材・機材の供給の保障及び自由販売などである。しかし、この改革は、昨年3月から進められ始めたが、現在停滞しているとノバ教授は心配している。農業生産で、短期間の飛躍的発展は、どの生産制度でも期待できるものではないが、未使用地の貸与にしても、この基本的な問題を解決しなければ、自営農の積極性が十分発揮されないであろう。

なお、最近開催された、キューバ共産党ピナルデルリオ県党会議でも(この県は、農業県である)でも、農業の増産のためには、こうした組織的改革の重要性が強調され、有機農業のことはまったく触れられていないことを付け加えておきたい。

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