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2009年1月10日 (土)

キューバについての7つの神話(5)

6.賃金はわずか17ドル?
外国人の、あるいは日本の新聞、雑誌、ルポ記事、テレビでは、「キューバの○○さんの賃金は、わずか一月17ドル(1700円)! スポーツ・シューズを1足買うにも、賃金の二月分を払わなければならない」と、よく出てくる。日本の賃金水準に直せば、40万円も、50万円もすることになる。日本だと普通の人は誰もこんなに高い靴を買わないであろう。では、キューバ人はなぜ買えるのか?

それでは、謎解きのために、外貨ショップに行ってみよう。店は、市民で一杯である。品数は少ないが陳列棚には商品が並んでいる。靴を探すと、確かにブランドものではなく、あまりいいものではないが、CUC34.00 と書いてある。CUCとは外貨表示商品を買うことができる交換ペソ(peso convertible)のことだ。CUCは、金銀と交換できないため「兌換」通貨ではない。現在1CUC=25CUP(国内ペソ)だから、靴代は34 x 25 で850ペソ(CUP)となる。賃金は? 平均月408CUPペソ。とすると850CUPペソを408CUPペソで割ると、確かに2ヶ月分である。それでは2ヶ月の間、どうやって生活するのだろう? 一体キューバ経済はどうなっているのだろうか? これは、一晩寝ずに考えても分からない。

ところで、世界銀行の基準では、一日1.25ドル(1年457ドル)以下で生活する家庭を極貧と規定している。そうであるならば、キューバは、賃金からすれば平均年収は17 x 12 = 204ドルとなり、ほとんどの家庭が絶対的貧困層となる。ええっ? 「医療大国」、「有機農業大国」ではなかったのか? ほとんどの家庭が絶対的貧困とは誰も信じない。

実は、キューバ人の生活は、CUPペソでまかなう生活と、CUC交換ペソでまかなう生活の二つの世界があるのである。Aさんの家庭の場合、賃金でもらった一人CUP408ペソ、幸い共稼ぎだから二人でCUP800ペソが家族の収入だ。

(キューバペソCUP20ペソ紙幣。外貨ショップでは使えない。)
M20p1


ここから支出はこうなる。
① 家賃支払(収入の10%、80ペソ)。
② 電気代、ガス・水道代、電話代、バス代、新聞代、野球、映画などの観覧料(家庭によって違うが、合計約CUP180ペソ)。ここまでで小計約260ペソ程度必要。
③ それに一人CUP30ペソ程度の食料などの配給品、4人で118ペソ程度。
④ ここまでで最低CUP380ペソ程度必要。
⑤ しかし、配給品は、一般に消費の40-50%しか、カバーできない。あと半分の食料は、農産物の自由市場で買うとしても、その価格は配給の5-6倍、家族4人分でCUP700ペソ必要である。ここまでで合計では、CUP1080ペソとなる。

ここまでがCUPの世界のこと。不足の食費をカバーするためには、CUP800-CUP380=残ったCUP420ペソはとても足りないどころか、あとCUP280ペソ必要だ。どうしよう。

さらに、石鹸、歯磨き粉、洗濯石鹸、基礎化粧品、衣服、履物、家庭内の生活必需品も買わねばならない。子供の簡単なお菓子ぐらい買ってやりたい。腕時計も今年は必要だ。これらは、すべてCUC交換ペソで外貨ショップで買わねばならない。テレビの修理も知人に個人的に頼まなければならない。台所の水道の修理も必要だ。パーマにも行きたいし。これら個人サービスも政府が提供するのではないのだからCUPで受け取ってはくれない。CUCで払わねばならないのだ。

そこで、ここから交換ペソCUCの世界となる。これらのためには、最低交換ペソのCUC80ペソが必要だ。しかし、すでにCUPペソの世界でCUP280ペソ以上不足している。両親の頭が痛いところだ。CUP1080ペソとCUC80ペソ(=CUP2000ペソ)の支出全部を足してみると、CUPペソ計算でCUP3080ペソとなる。賃金が生活費の4分の1程度しかカバーできないといわれるゆえんである。

(交換ペソ、CUC20ペソ。外貨ショップ以外では買物に使えないが、市民の間のやり取りはこのCUC紙幣で行う)
M20cuc

このこんがらがったCUPとCUCの二つの世界の通貨の問題が二重通貨の問題と呼ばれている。

ではどうやって不足分を解決するのか?
不足分を解決する方法は、次のものがある。
① 海外に家族や親戚がいれば、送金を受けとる。月150ドルも送金してもらえれば、職場で嫌な思いをしてまで働かない。送金ぐらしとなる。
② 外国企業や観光業に勤務しているものは賃金以外の特別支払やチップを取得する。官庁の「有能で、目先のきく」人はコネを作って脱官庁となる。学卒がレストランでボーイとなったり、タクシー運転手となる。
③ 重要な官庁、国営企業の職場で支給される外貨奨励金。ただし40CUCどまり。
④ 特技をもっているものは、本来は禁じられているが、専門職の英語や、音楽などの家庭教師、大工などのアルバイトを行う。ここまでは半ば合法的である。学校の先生が、自分の教室の生徒に夜も教えているケースもある。熱心な先生というわけでなく、一月1科目CUC10ペソ程度授業料を取る。10人程度でCUC150ペソ稼ぎ、生活問題は解決。一方で家庭教師(CUC40-50ペソ)を付けられる家庭は、限られた人たちとなる。高学歴家族=高収入の固定化現象が問題とされている。前回指摘した闇治療の問題はここから出ている。
⑤ しかしこうした条件がないものは、小売店や、レストランなどのサービス現場で資材をごまかし、横流しする、あるいは会計をごまかす。倉庫や工場に勤務しているものは、資材を横流しする。資材がない事務現場では事務の優先処理のために袖の下を要求する。昨年12月の国会で国内商業相は、驚くべき報告を行った。08年度、キューバの小売商品流通額、207億ペソのうち、2億1800万ペソ(1.1%)の商品が喪失した。07年は4億4000万ペソだった。原因は、管理上の欠陥、経理上の欠陥、犯罪、腐敗など(Granma, Diciembre 26, 2006)。この1.1%という数字は、例えば日本の流通業界になおすと家電量販最大手のヤマダ電機の売上全体がどこかにいったことになる。
⑥ どこにも就職しておらず、これらも行うことができないものたちは、街で窃盗をおこなう。
⑦ と、ここまでで筆者のリストは終わるはずと思っていたが、友人のキューバ人エコノミストたちは、いや最後がある、米国に移住することだ、という。悲しいね。こんなことになると。

原価計算ってあるの?
さらに、革命勝利以降、キューバ政府は、1USDドル=1CUPペソを堅持している。キューバ中央銀行の公式交換レートは、1CUC=1CUPと設定され、企業や政府機関で使用されている。しかし、国営の外貨交換所(CADECA)でのCUPペソの実勢は、CUC1.00=CUP25である。つまり、公式レートでは国内ペソが実勢を離れて過大評価されている。90年代に入って、インフレが生じたが、それでも1USDドル=1CUPペソが維持され、公式レートでの現在のCUPペソの過大評価が生まれたのである。CUPは、購買力が4分の1となり、その結果、複雑な二重通貨問題が発生しているのである。このことは、あらゆる原価計算、経済計算を大きくゆがめることとなっている。政府機関内の計算も実勢に合わせて1CUC=25CUPで計算しなければならない。

したがって、輸出価格は、工場の原価計算ではなく、国際市場の価格を見て決定されるし、観光客相手のホテル代、レストランも原価計算でなく国際価格を見て決定されている。その結果、観光分野では余りに現状を離れた高価格水準になって、最近の2-3年観光客の減少の大きなひとつの原因となった。

賃金には反映されていない給付金
ところで、キューバ人労働者の賃金支払表には、社会保険、年金、各種補助金の給付分が記載されていない。一月CUP410ペソと支給全額が労働日数とともに記載されているだけである。しかし、実際は、労働者はこれらを国に払って、それを控除したあと受け取っており、それが支払額CUP408ペソ(平均)となるはずである。筆者の計算だと一人の賃金表に現れていない給付額はCUP700ペソ程度となる。労働者は、実際にはCUP1100ペソ程度の賃金である。そして二重通貨問題が解決過程に入り、交換レートが正常化すれば、一人当たり一月600ドル程度の収入となり、まだ低いが実際の市民の生活水準と符合するものとなろう。現在の収入、CUPペソの賃金+給付金+CUCペソ収入を足すと、家族の生活自体は月120ドルを超え、絶対的貧困層ではないことも理解できるであろう。

なお、キューバの経済成長、人間開発指数(HDI)などの中で、キューバの医療や教育サービス、海外への医療・教育サービス輸出などを、入れることが妥当かどうかということについて、キューバ政府と国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(CEPAL)の間に論争があった。キューバ政府は、2003年から国内総生産(GDP)の計算に入れ始めたが、ここ数年、キューバ政府のGDP数値はCEPALよりも2-3%高く出ていた。これをもって背伸びした経済成長だとか、竹馬をはいた人間開発指数と海外の専門家は批判していたが、昨年11月、CEPALもキューバ政府の経済計算方法を妥当だと認め、論争に終止符が打たれた(Reuters, December 16, 2008)。しかし、1CUC=1CUP=1USDからくるコスト計算、経済計算の不正確さは別問題として残っており、この問題を解決しなければ、各年の比較はできても、絶対的な比較、評価はできない。二重通貨とともに必ず解決しなければならない問題である。

愉快そうにサルサを踊っている人々を表面からだけ見ると分からないが、内実は、結構大変な生活なのである。

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