« 米国の対キューバ経済封鎖資料(1) | トップページ | キューバ革命勝利50周年を迎えて »

2009年1月 4日 (日)

キューバ文化に高まる関心

キューバ文化に高まる関心
 
 最近、キューバ(スペイン語ではクーバ)文化への関心が高まっています。ポピュラー音楽のブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ、イサーク・デルガード、チューチョ・バルデスの公演、映画の「ビバ!ビバ!キューバ」、「バスを待ちながら」、「ハバナ組曲」、「コマンダンテ」の上演、絵画のフローラ・フォンなどの女流作家展、ネルソン・ドミンゲス、チョコなどの個展、文学のアレホ・カルペンティエールの小説「春の祭典」の出版など好評を博しています。なぜ、キューバ文化は私たちを魅了するのでしょうか。いくつかの側面を探って見たいと思います。

Creatividad(創造性) 
キューバ文化のひとつの特徴は、その創造性にあります。この創造性は、国民性として植民地時代から培われてきたものですが、革命勝利後(1959年)、芸術家の生活が基本的に保障されたことと、芸術表現において政府の介入がなかったことから一層育まれたものです。Lam3mundo_1966_2
60年代初頭、文化問題にも深い関心をもっていた工業相(当時)のゲバラは、労働者の生活などの社会生活を画一的に描く「社会主義リアリズム」でなく、社会主義社会の「新しい人間」にふさわしい前衛的な芸術表現の必要性を主張し、それがキューバ政府のその後の政策となりました。各芸術家は、悪しき商業主義に堕することなく、芸術創造に打ち込むことができる環境にあるのです。(ウイルフレド・ラム『第三世界』1966年)


Universalidad(普遍性)
キューバ芸術は、普遍性をもっています。恋愛、家族愛、祖国愛、」女性の自立(映画『ルシア』)、セックス(映画『イチゴとチョコレート』)、社会の相互間の協力、あるいは官僚主義批判(映画、『ある官僚の死』、『グアンタナメーラ』)などのテーマは、よく取り上げられている題材です。Fresa_til_cine
映画、小説、クラッシック音楽、クラッシック・バレーなどで、国際的にも優れたアーティストが輩出しています。こうした背景には、カストロ首相(当時)が、アメリカの武力干渉(プラヤ・ヒロン事件)が行われた1961年に知識人との対話で述べた、「革命政府を打倒しよういうものでないかぎり、芸術表現に国は介入しない」という、一定の表現の自由を認める文化政策があります。

Base(基礎)
キューバの芸術創作活動の基礎、裾野は広く、各分野で才能あるアーティストが見られます。1961年の識字運動によって基本的には文盲が一掃されました。また教育は基本的には無料とされ、書籍、映画、劇、音楽の入場料も誰もがアクセスできる低価格に抑えられました。芸術高等学校(ENA),芸術大学(ISA)の設立によって、才能があるものはだれでもアーティストとして学ぶことができるようにもなりました。彼らは、中学校の段階から芸術学校にいき、一般教育とともに、各芸術分野の基礎知識を徹底して学びます。その結果、キューバのアーティストは、基本をしっかりマスターしていることが特徴です。ジャズ・ピアニストのゴンサロ・ルバルカバが日本で弾いたバッハの平均律クラヴィーアには日本の専門家も目を丸くしました。Rubalcaba (ゴンサロ・ルバルカバ)
スポーツでも、身体能力に優れた子供は、中学校の段階から体育学校に進みます。そして一般教育とともに、スポーツ医学、理論を学びます。野球、バレー、ボクシング、陸上に優れた選手が輩出しています。

Afrocubanismo(アフロクバニスモ)
 キューバ文化は、スペインのヨーロッパ文化とアフリカ系黒人の文化が混交したもの、すなわちアフロクーバ文化と呼ばれています。ポピュラー音楽においては、楽器、リズム、作曲・演奏形式に、黒人文化の影響が少なからずみられます。キューバにはスペインの植民地時代にアフリカから100万人にのぼる黒人が奴隷として強制的に連行されました。インディオ原住民は、過酷な奴隷使役で16世紀末にはほぼ絶滅し、インディオ文化の影響は見られません。
バイタリティーあふれる黒人の文化に、熱帯特有の陽気さ、明るさ、59年以来のキューバ政府の社会改革、人種差別の一掃、民族文化の振興政策が加わって、アフロクーバ文化が一層豊かになったのです。Dayron_robles

 しかし、海外での高収入を夢見て海外に亡命するアーティストやスポーツマンも見られます。また海外で得た収入を国の文化基盤の整備や次世代の教育設備の投資のために一部を還元するのを嫌う傾向も見られます。こうした傾向をどう克服するか、今後の課題と思われます。(ダイロン・ロブレス、北京オリンピック110M障害金メダリスト)

 キューバ文化の特徴をたどると、CUBAとなってしまいました。不思議なことですね。

|

« 米国の対キューバ経済封鎖資料(1) | トップページ | キューバ革命勝利50周年を迎えて »

文化・芸術」カテゴリの記事