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2009年1月 9日 (金)

キューバについての7つの神話(3) 訂正版

3.キューバは、有機農業大国? 訂正版

キューバの有機農業を扱った本を読むと、「有機農業大国」、「都市農業はすべて有機農業で行われ、主食の米の65%を生産」という言葉が躍っている。ある国会議員連盟の報告書でも、「キューバでは、野菜のほとんどすべてが有機栽培によって生産されている」と感動して報告されている。
 
テレビでも、昨年報道された著名なエコロジスト作家の番組でも「ソ連崩壊の後の食料危機を救ったのは有機農業」とナレーションが入る。

日本からは、常時「キューバ有機農業視察旅行」と題して、旅行社が競争のように企画を組んでいる。旅行社には安定した人数が見込めるのであろう。10数名、数十名でグループを組み、定番コースである農業省(ベラ農業相補佐官)、熱帯農業基礎研究所(アドルフォ・ロドリゲス所長)、オルガ・オオエさんの有機農場を訪問し、有機農業が行われていることを自分の目で確かめて、満足して帰国する。しかし、本当にそうであろうか?

フランスの17世紀の傑出したモラリスト(道徳家ではない、人間の本質についての思索家とでもいえようか)のラ・ロシュフコーは、「知はいつも情にしてやられる」と述べた。一方、イギリスの17世紀の哲学者フランシス・ベーコンは、「知は力なり」といっている。両方とも好きな言葉だが、社会変革には、やはり「知は力なり」だろう。

昨年キューバを訪問したあるテレビ局が、有機農業の実態を報道するため、ハバナ市上空から市内に密集して存在する(はずの)家庭菜園を撮影したいと、現地の日本のコーディネータ会社に依頼した。その会社の社長は、キューバに20年以上も住んでおり、実情を正確に知っているので、そういう場面はありませんと断ったが、テレビ・チームは「本に書かれているのですよ」と、なかなか納得してくれなかったという。

これらの人々は、すべて、地球環境を考え、人の健康を考え、農家の経営を考え、なんとか日本で有機農業を進めたいと考えている善意と情熱あふれる人々である。その高邁な精神は、高く評価したい。しかし、やはり「贔屓の引き倒し」、「ほめ殺し」になっては、本来の素晴らしい希望も生かされないのではないか。

ここで、訪問する先の視覚的印象から離れて、冷静な数字で農業生産を見てみよう。キューバ統計局の数字によれば、キューバの農作物栽培面積は、2006年合計で310万ヘクタール、そのうち砂糖キビ栽培地が120万ヘクタール、コーヒーとタバコが20万ヘクタールであるから、一般の食料生産には170万ヘクタールが当てられている。作物によって異なるが、収穫量は、報告書や調査してみると、良くて平均1平方メートルあたり10-20kgである。実際、2006年、一般食物(穀類、野菜)の全収穫量は560万トン(野菜260万トン、根菜220万トン、穀類73万トン)程度であった。上記のアドルフォ・ロドリゲス所長は2-3年前には都市農業で収穫は400万トンを超えたと報告していたが、昨年からその報告はなくなった。キューバきっての農業経済学の専門家、ハバナ大学教授のアルマンド・ノバさんがいうように、その数字はありえないのである。

一方、一人当たり年間食料消費量は、キューバの統計数字はないが、400kgとみると、総人口1120万人には年間450万トン必要である。これは、キューバの自給率がカロリー計算で50%程度ということと符合する。なお、お米は消費が90万トン、輸入が約60万トンで、国内生産が30万トン、つまり穀物計算(他にトウモロコシもあるが少量)の自給率は30%と報告されていることと一致する。

この食料の不足分を補うためにキューバは、毎年輸入総額の20%近くを費やさなければならない。特に、昨年度は農産物価格が高騰し、そのために前年度より8億4000万ドル以上も輸入額が増大した。そうしたことから、食料安全保障の観点をキューバは近年強め、なによりも食料の増産をはかっている。その切り札は、国有地の未使用地の一般市民、小農への貸付である。

ところで、上記のテレビ番組では、「キューバの土地はすべて国有地であり、農民、協同組合員は土地の使用権をもっているにすぎない」というナレーションがあった。中国やメキシコ(メヒコ)との勘違いかもしれないが、キューバ憲法第19条には、「国は農民の土地の所有権を認める」と明確に書いてある。有機農業問題は、農業問題の基本的なことであるので、ここから理解してほしいものである。なお、メキシコの場合、憲法に、「土地は本来、国民のものである」と記されているが、「国有」とは異なる。念のため。

さて、農業全体の生産分類は分かったとして、有機農業がどの程度実際の農業生産に寄与しているか、具体的な例を見てみよう。筆者は、昨年9月、ハバナ市のレグラ基礎行政区を訪問した。ここは所得が比較的低い層が多い地区として知られている。面積10.2平方キロで人口4万4000人である。この地区には1区画4分の1ヘクタールの有機栽培地が8箇所、合計2ヘクタールある。管理は国営企業、政府機関が行っている。ここでは、年間約60トン程度生産しているという。栽培品目は主にキャベツ、白菜、玉ねぎ、トマト、レタス、人参などの野菜である。4万4000人の住民が消費する食料は1万7600トン必要である。とても野菜が自給などといえる数字ではないことは明白である。こうした事情は、その他の協同組合生産基礎組織(UBPC)でも同じであった。キューバの有機農業は、食料生産の中での役割としては、あくまで補完的なものである。

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キューバ農業省の基本的な考え方は、前にも紹介したが、食料の増産が第一で、化学肥料、化学農薬は必要に応じて使用するというものである(Juventud Rebelde, Febrero 17, 2008)。有機農薬や有機肥料の使用を奨励はしているが、有機農業を奨励してはいない。キューバ稲作研究所(IIA)が発行している小規模稲作の技術マニュアルには、化学農薬、化学肥料の使用が謳われている(IIA, Tecnología del Cultivo del Arroz en Pequeña Escala, ACTAF, La Habana, 2008, pp.20-24.)。こうした政府の基本政策を、客観的に見ておく必要がある。

キューバ農林業技術協会(ACTAF)を訪問した際、「アンケートをとったところ、市民は、有機農産物に関心がなく、価格が安ければいいというものばかりだよ。生産者にも有機農業を行っているという意識がないし」と嘆いていたことが忘れられない。消費者にも生産者にも有機農業の理念がないところで、どれだけ発展するのだろうかとも思う。

しかし、今、食料増産の切り札は、昨年7月に制定された政令第259号で、未使用の国有地の使用権を農業・牧畜生産用に個人あるいは法人に認めるというものである。使用権は、10年期限で、個人には10年間、法人には25年間ずつ2回、50年間延長可能とされた。使用面積は、最高、個人は13.42 ㌶で、使用税(別途制定)が課せられる。

90年代に食料危機を救ったのは、①90年の危機発生後、配給制度(国民の1ヶ月の必要消費量の半分程度しか供給されないが)を政府が、外貨不足の中でも輸入を頑なに守り通して食料を供給したこと、②94年以降は、農産物の自由市場が開設され、生産者の生産意欲を刺激して生産物が市場に出回るようになったこと、③個人農を初め、協同組合員、国営農場の労働者がキューバの伝統である創意工夫(なんとかあるものを使う)を発揮して生産を継続したこと、④98年以降、政府の指導による都市農業の推進により生産が一定程度回復したことに、求められなければならない。食料事情が困難を極めたのは92-95年であり、そのとき有機農業が困難を救ったというのは時間的には例証できない。

今回の国有地の未使用地の貸付は、現在までにすでに20万ヘクタールを超えている。さらに貸付面積は増えで50万トン程度の増産にはなると思うが、協同組合生産基礎組織(UBPC)、一般協同組合、国営農場の生産意欲がわくような価格、集荷、生産計画の改革が不可欠であろう。

キューバの実情を美化し、希望をもって、予め決まった角度からの資料を集めても、実態は把握できない。キューバの有機農業の取組は、困難な中で、創意工夫をしながら、がんばっているのは評価できることである。今の現実の発展段階では、日本のわれわれも一緒になって有機農業を発展させるため相互交流し、相互に知識を交換しようということではないだろうか。「知は力なり」、「情もまた知にしてやられることもなきにしもあらず」と考えておこう。

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