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2009年1月10日 (土)

キューバについての7つの神話(4)

5.キューバの医療制度は世界の手本?

 マイケル・ムーアのドキュメンタリー映画、『シッコ』は、見る人々に鮮烈な印象を与えた。ムーアの歯に衣着せぬ辛らつな本『アホでマヌケなアメリカ白人』、9月11日の同時多発テロ以降の米国社会をテーマにブッシュ政権を鋭く批判したドキュメンタリー『華氏911』は、好きな作品である。

米国の医療保険制度は、悲惨なものである。米国民の約15%、4500万人が医療保険に加入していない。1家族の平均的な年間保険料は06年1万1000ドル(中間層労働者の年収の4分の1)、つまり最低賃金労働者の年収と同じ額にのぼる。これが、80年代の新自由主義政策の結果であることはよく知られているところだ。

ムーアは、『シッコ』では、そうした実態を厳しく告発している。その中で、最後の場面で、世界貿易センタービルの倒壊の際、救助にかけつけた消防士たちは、米国の医療保険制度では放置され、キューバで無料で最新式の医療機器と設備による治療を受ける。

日本人の書いた本にも、善意にあふれ「医療大国」、「世界を救う人道的国際医療貢献」、「世界の手本」、「ソ連崩壊後、食料難の中で医療面での万全の取組で餓死が出なかった」と絶賛である。食料難を医療でカバーできるとは思えないが、いずれにせよ、これらは本当にそうだろうか?

キューバの医療制度の骨格をまず見ておこう。細かい数字は、以前に述べたので繰りかえさない。本ブログ、「キューバ医療最新事情」を参照こう。
① キューバの医療は、すべてが国家公務員医師というわけではない。個人開業医は、革命勝利後もそのまま営業の継続を認められた。6000人いた医師の半数の3000人が米国に移住したからである。もっとも現在は、ほぼ亡くなっており、ほんの僅かで数字にも出てこない。現在7万2000人余だがほとんどが国家公務員である。
② 医療施設は、病院、診療所、薬局、研究所などすべて国営であり、農村の基礎行政区(Municpio、市町村総合診療所と訳してはならない。市町村というまとまった行政区は存在しない)にも初期診療の家庭医制度、総合診療所も設置されている。
③ 医療は、外来患者の薬代を除いて無料である。この薬代には、国の補助金がでており、一般の軽い病気の場合、一回7日分15ペソ程度、月収の5%以内である。日本の診察料、薬代が保険適用の場合、2%程度とするとやや高めである。ただし、外国人は急患以外は有料。緊急治療後は有料となる。『シッコ』の人々は特別待遇で無料だった。
④ 医師の賃金は、月、550-650ペソで、平均月収の408ペソより50%程度多いだけで、日本の医師と平均賃金の差からすれば、非常に格差は少ない。むしろ、賃金は生活費の4分の1程度しかカバーできないことを考えると、格差はほとんどないことになる。
⑤ 医師一人当たりの人口数や159人で、日本の476人よりもはるかに優れた数字である。
⑥ 医療システムの継続性は、国の予算では医療予算は2007年度14.5%、日本の10%程度よりも多くあてられている。医師の養成では毎年3000名以上が卒業し(日本は7000名余)、システムの継続性は保障されている。
⑦ 3万8000人の医療関係者を海外に派遣し、サービス輸出として、第一の外貨収入源となっている。

ということになると、③ではイギリスともさほど大きな開きがない。イギリスでは外国人も有料である。キューバ独自のものは、①、②、④、⑥の医師の卒業生数、⑦であろう。ここから良い意味でも悪い意味でも問題が生じてくる。

こうした制度からすれば、まるで問題はなく、報告者のいうとおりのように思えるかも知れないが、残念ながら、医療サービスは、国民へのヒューマンな医療理念と、その理念の実現を可能とする経済・財政環境により決定される。すべての制度は、時代を反映するものである。現在、キューバでは経済環境が困難で、せっかくのヒューマンな医療理念が十分に実現されていないのが実情である。その例を2,3あげよう。

⑦については、災害緊急派遣の場合は別として、一般的には人道的国際主義などというものではなく、基本的にはバーター取引で、キューバ政府は、医師サービス派遣料を受け取る。医師個人も④のように国内で不満をもってくすぶるよりも海外に出て、一月200ドル見当を貯金できるので満足している。しかし、家庭医3万4000人の半数以上が、海外に派遣されていることから、80年代は医師一人当たり500-700人を担当していたが、現在では3倍の1500-2000人を担当しなければならなくなっている。家庭医制度は再編成を余儀なくされている。

07年10月全国医療労働者総会で、「膨大な投資にもかかわらず、医療サービスの質が劣化しており、関係者の倫理と精神を急速に回復しなければならない」と厳しく批判された(Trabajadores, Noviembre 5, 2007)。また歯科医の問題も槍玉に挙げられ、少なからずの診療所が水、資材不足(アマルガム、麻酔薬、義歯など)で閉鎖されており、グランマ県のように241名の歯科医が80万人(一人当たり3320人)を対象としなければならないと報告されている。機器の故障、医療資材の不足、資材の横流し、闇医療の存在、治療に伴う金銭・贈り物の授受など、歪んだ現状が報告されている(Juventud Rebelde, Octubre 28, 2007)。世論調査では、診療所、病院の不衛生さが最も批判されている。

実際、視察する人々がキューバ政府に許可をえて訪問する(一般にはそれしかないが)診療所、病院などは、条件が整ったところで、1-2時間の視察では問題を掌握することはできないであろう。ところが、一般のキューバ人が入院しているところを見舞いにいくと、機器は壊れて使用されず、老朽化している。シーツは持参、食事はまずく家から持参、扇風機、ラジオ、テレビなども持参というのが一般的である。

昨年3月、「第10回グローバリゼーションと開発の問題についての国際エコノミスト会議」の全体会議で、日本にも来たアレイダ・ゲバラ医師が、発言を求められ、「私は、医師だが、家のドアを直すにも毎月の賃金では足りない膨大な金額を支払わねばならない。だからといって、医師だからアルバイトもできない。安心して医療活動に専念できないという社会はどこかおかしい」、一気にまくしたてて現状を批判した。彼女は来日中、各地で講演したが、キューバの医療を称賛する人々の前では言いづらかったのか、こうしたことは触れなかったようである。

(会議で発言中のアレイダさん-筆者撮影)
Photo_4


革命後、50年経過して、キューバが社会主義をめざす中で、医療、教育、文化、スポーツの面で、他のラテンアメリカ諸国と比較して大きな前進を遂げたことはだれしも否定できないことである。そのことを前提としつつ、現在のキューバ医療制度の課題は、次のものがあげられるであろう。
 経済インフラの劣化
 医療施設の老朽化
 医療設備・機器の老朽化
 医療資材の不足
 研究資料の不足
 医療資材の横流し
 治療サービスの際の金品の授受
 医師・医療関係従事者の生活の保障
 医療関係者の倫理・モラルの低下

 さらに、現在、静かにキューバ社会全体の構造改革が進められている。その中で、物やサービスへの補助から、困窮者への補助に政策転換が図られようとしている。こうした中で、現在キューバの医療制度は、再構築される過程にある。

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