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2009年1月 2日 (金)

2008年キューバ10大ニュース

2008年度キューバの10大ニュースを報告します。これは、現在準備している論文の短縮版です。

Aniversario50cuba

① 構造改革、静かに進む
 07年7月、ラウル・カストロ副議長(当時)が、キューバ社会の諸問題を解決するには構造的な改革が必要だと提起してから、昨年度、改革の内容が大衆的に討議されていたが、構造改革は、本年になって静かに、急ぐことなく着実に実行され始めた。 

 改革の基準は、①過度の禁止や規制条項を柔軟化ないしは廃止し、また過度の全般的な無料制度や補助金制度を廃止して、社会生活・生産活動を活性化する、②国民の日常社会生活を大きく歪めている二重通貨制度を一元化し、賃金の購買力を強化する、③そのために生産力を増大するための生産分野・国家機構の諸制度を改革することである。

 家電製品、ケイタイ電話の外貨支払使用の解禁に続き、農業面では、指導行政組織を簡素化し、基礎行政区事務所が、生産者の積極的な参加のもとで地域の農業政策を決定するようにされた。国有地の未使用地の使用権は、個人・法人に付与され、それぞれ10年間、25年間ずつ2回、50年間延長可能とされた。賃金改革、社会保障改革も進められている。

② 政府・共産党新指導部選出される
 2月には新国会で、国家評議会員31名を選出し、引退したフィデル代わって、ラウルを国家評議会・閣僚評議会議長に、ホセ・マチャド・ベントゥーラを同第一副議長に、さらに5人の副議長を選出した。新国防相にはフリオ・カサスが任命された。
 
 キューバ共産党は、4月第6回中央委員会総会を開催し、新に政治局員24名を選出し、さらに7名を政治局常任委員として選出して、集団指導体制を固めた。フィデルは、国家評議会・閣僚評議会議長及び革命軍最高司令官を辞退したが、4月のキューバ共産党第6回中央委員会総会では、中央委員会第一書記(中央委員会総会で選出)の地位は問題にされず、現在も地位を継続している。フィデルは、一年間に103件の「省察」を発表するかたわら、1月ルーラ・ブラジル大統領、5月モラーレス・ボリビア大統領、6月チャベス・ベネズエラ大統領、バスケス・ウルグアイ大統領、9月、呉官正・中国共産党政治局常務委員、チャベス・ベネズエラ大統領(2回)、10月、キリル・ロシア正教大司教、ルーラ・ブラジル、11月胡錦濤・中国国家主席、メドベージェフ・ロシア大統領と1-2時間にわたり会談している。ラウルも含めたキューバ指導部の言動から見て、フィデルが最高指導者であることには変わりはない。

③ 三つのハリケーンにより甚大な被害を受ける
今年は、70日の間に三つの大型ハリケーンがキューバを襲い、未曾有の被害をもたらした。8月30日「グスタフ」が、9月7日には一層大型の風ハリケーン「アイク」が、さらに11月8日やや小型のハリケーン「パロマ」が上陸した。被害額は、グスタフで20億7200万㌦、アイクで72億7500万㌦、パロマで3億7500万㌦、合計97億余であった。個人家財の被害額は、49億6690万㌦。また被害額の37%、35億9870万㌦は農林業であった。

 各国の救援も早く、ベネズエラなどのラテンアメリカ・カリブ海諸国、ロシア、スペイン、EUなどのヨーロッパ諸国、中国、ベトナム、日本などのアジア諸国、アンゴラ、南アなどのアフリカ諸国など、80カ国から800件、数10億㌦に上る救援寄付が寄せられた。

 キューバ国民の復興への取組も迅速に総力を挙げて行われている。政府は、日常食料の供給を被災者に保障し、6600万㌦の食料を緊急輸入し、住宅関係資材など緊急輸入総額は9300万㌦に達した。

④ 困難な中で経済成長を堅持 
 キューバは、07年サービス輸出(医師などの海外勤務)が好調で4億8800万㌦の国際収支の黒字を記録した。しかし今年になりニッケル価格の急落、輸入食料価格の高騰の増加、石油価格の高騰、また輸入の大幅な増加により、再び国際収支は赤字基調となった。その結果、本年6月から日本、スペイン、イギリス、フランス、ドイツなどヨーロッパ諸国に150億㌦に上る累積債務の再繰延べを要請した。まさにその時、上記のハリケーンの甚大な被害を受けたのであった。その結果、当初のGDP成長計画8%を下回る4.3%を記録した。しかし、困難な中でも10年間中成長を維持したことになる。 
 
 しかし、一方で冗漫な経費、資材・燃料・電気の浪費、労働年齢者の不就業傾向、低生産性、労働の組織化・規律の水準の低さ、無責任は企業管理、腐敗、横流しの多さ(流通商品の1%)、高い輸入品依存(輸入代替意識の欠如)、賃金の購買力の不足(生活を支えるのに十分でない)、外貨収入に見合った輸入なども問題として指摘されている。09年の経済成長率は6%を目標とすると定められた。

⑤ ロシアとの関係復活
 7月以降、ロシアとの関係が、一気に強化された。理由は、双方の思惑と利益が一致したからである。ロシアは、米国のミサイル防衛システムのヨーロッパへの配備に反発して、米国の「裏庭」から米国に揺さぶりをかける戦略に出た。キューバは、外貨準備が底をついており、ロシアの経済協力を必要としていた。

 7月末、セーチン副首相を代表とする高級代表団がキューバを訪問。代表団の中にはロシア連邦国家安全保障会議書記、ニコライ・パトルーシェフが参加。滞在中、旧ルルデ通信諜報基地(旧ソ連基地、基地使用料は年間2億㌦)の使用再開、軍事協力についても話しあわれたと伝えられている。

 キューバは、8月10日、グルジア領オセチアへのロシアの侵攻を即座に支持。11月、ロシアは、06年に締結され、実行されていなかったキューバへのクレッジット3億3500万㌦の実行を確認した。ラフロフ・ロシア外相は、共同記者会見で、ロシア・キューバの軍事協力を推進することを隠さなかった。一方、セーチン副首相も11月8日キューバに本年度三度目の訪問を行い、両国は自動車、クレジット、ニッケル工業、石油産業、小麦の供給などで10件の契約を締結した。11月27日、メドベージェフ大統領がキューバを訪問した。12月19日、ロシア艦船3隻がキューバに寄港、4日間滞在した。両国の経済・軍事関係が劇的に深まった一年であった。

⑥ 多面的外交関係発展する
 キューバの外交関係が、本年度は一層発展した。その理由は、①ラテンアメリカ諸国、EUその他の諸国とも米国の身勝手は単独行動主義(一方的外交)を支持できなくなり、自主的な外交政策を取るようになったこと、②キューバ自身も、2月には国際人権条約を批准したり、3月のコロンビア政府軍のFARC(コロンビア革命軍)のエクアドル基地への越境攻撃事件にさいして慎重な政策をとったりする外交政策の成熟があった。

 また、キューバ、118カ国加盟の非同盟運動の議長国(07-09年)として、非同盟運動の活性化に尽力した。本年は、30数名の国家元首、500の高級代表団がキューバを訪問した。特に第三回キューバ・カリコム首脳会議には、14カ国の元首が出席した。 

 10月14日、スペインとは良好な関係が完全に復活した。また、スペインは、クレジットとして5000万~1億ユーロを供与すると発表した。さらに10月23日EUは、無条件でキューバとの関係正常化に合意し、互恵、相互尊重、内部問題不干渉、主権の尊重などの基礎に関係を回復するとの共同声明を発表した。ハリケーン被害への人道支援として即時に200万ユーロを、また来年度から被害地域の復興のために2500-3000万ユーロの大型支援を行うと発表した。

 中国は、11月18日には中国の胡錦濤国家主席が、キューバを訪問、700万㌦の期限切れ(08年3月末)の5年間支払い延長、過去の1995年までの累積債務未払い分の2018年までの延長、病院の改修、再建用に7000万㌦のクレジットを供与すること、循環エネルギー、ニッケル開発、海底油田開発など37件の計画の開発に総額15億ドルのプロジェクトを共同で推進することに合意した。 

 メキシコとは、カルデロン政権下、累積債務の再リスケに合意し、移民協定(近年メキシコ経由で年間1万人のキューバ人が不法に米国に移住している)が締結された。 

⑦ 経済封鎖解除決議、17年連続で圧倒的勝利 

 10月29日、第63回国連総会において、「米国の対キューバ経済封鎖・通商・金融封鎖を解除する必要性」が、賛成185カ国、反対3カ国(アメリカ、イスラエル、パラオ)、棄権2カ国(マーシャル諸島、ミクロネシア)という圧倒的大差で採択された。これで、米国の「対キューバ経済封鎖」政策は、17年連続して解除が要求されたことになる。 

 キューバ政府は、米国の経済封鎖による被害は、本年度は昨年より40億㌦増えて、930億㌦(時価評価額2246億㌦)に達したと国連に報告した。経済封鎖解除の要求は、10月31日の第18回イベロアメリカ首脳会議(スペイン、ポルトガルを含む22カ国参加)でも、12月の第3回カリコム首脳会議(14カ国)でも、第1回ラテンアメリカ・カリブ統合・開発会議サミット(33カ国)でも最終宣言や特別決議で即時無条件の解除が要求された。個別にもベネズエラのチャベス大統領、ロシアのメドベージェフ大統領、中国の胡錦濤主席、ブラジルのルーラ大統領、ボリビアのモラーレス大統領、ニカラグアのオルテガ大統領、エクアドルのコレア大統領などが、直接、米国に即時の封鎖解除を要求している。 

⑧ ラテンアメリカ統合に積極的に参加
 ラテンアメリカ・カリブ海地域で、経済統合の動きが急激に進む中で、キューバの統合への積極的な姿勢が目立っている。

 12月10日、キューバで第3回カリブ共同体(カリコム)・キューバ首脳会議が開催され、米国のキューバ経済封鎖解除要求、新たな国際金融秩序の構築が決議された。12月16日にはブラジルでリオ・グループ首脳会議が開催され、ラウルが出席し、キューバの加盟が正式に承認された。翌17日、ラテンアメリカ、カリブ海地域33カ国すべてが参加して、第1回「ラテンアメリカ・カリブ海統合と開発」首脳会議が開催され、ラウルが出席した。また、米州機構へのキューバの復帰か、米国抜きでの別な機構の創設が提起された。

 1月にはキューバ、ボリビア、ドミニカ、ニカラグア、ベネズエラの5カ国が参加する対等・平等・相互補完的協力を柱とするボリビア的対案統合計画(ALBA)首脳会議が開催され、ALBA銀行が、授権資本20億ドル、払込資本10億ドルで設立された。8月ホンジュラスがALBAに加盟した。さらに11月には第3回ALBA首脳会議が開催され、外貨準備基金の創設、新たな共通通貨Sucreの創設、WTOの根本的改革が提起された。

⑨ 石油外交の展開

 10月初頭、フィデルは、省察「瞑想すべき課題」で、「キューバは比較的早い時期に石油輸出国になる」と述べ、国際的な注目を集めた。しかし、本年1月米国地質学研究所が、「キューバの西側の海底油田には、46億バレル(キューバの石油消費の63年分)、9.8兆立方フィートの天然ガスが埋蔵されている」と発表して、専門家の間では知られていた。

 それまで、キューバ政府では、常にヤディーラ・ガルシア基幹産業相のみが、海外のマスコミとのインタビューで、「キューバがメキシコ湾での海底石油掘削を2009年から開始し、2010年以降輸出国になる」と述べていたが、国内で報道されることはなかった。

 米国の大統領選挙も間近に迫った10月16日、キューバ石油公社は、「メキシコ湾のキューバの排他的経済水域の埋蔵量は、かなり控えめにみて200億バレル以上で、生産量で上位20位に入る。キューバは、現在日産6万バレルであるが、2-3年以内で石油輸出国となる」と内外のマスコミに発表した。世界屈指の深海石油掘削技術をもつブラジルのペトロブラスとは昨年度から合弁企業設立の交渉が行われ、10月ルーラ大統領のキューバ訪問にあわせて契約が結ばれた。ロシアは10月、中国は11月キューバと海底油田掘削の契約を結んだ。キューバは、米国にも経済封鎖政策を揺さぶる良い機会として、米国の石油資本にも投資を呼びかけている。石油不足から電力不足に苦しんできたキューバが、石油輸出国となり、経済構造が変わろうとしている。

⑩ 対米関係、緊張続く
 本年1月、ブッシュ大統領は、一般教書演説で、「われわれは、キューバ、ジンバブエから、ベラルーシ、ビルマまでの国々の自由を支持する」と述べ、キューバ敵視政策が変わらないことを強調した。さらに3月、ブッシュ大統領は、経済封鎖の緩和を拒否し、独裁者が代わっただけ。キューバの民主化を後押しすると強調した。

 米国大統領候補、オバマは、「カストロの引退は、キューバ史の暗黒時代の終わりを作るものであろう。キューバの未来は、キューバ国民によってであって、反民主的な後継体制によってではない」と述べて、対キューバ政策が、ブッシュ、マケイン候補と大差がないことを示した。

 キューバにある米国の利益代表部によるキューバ国内かく乱政策も強化された。また米国政府は、イギリスの銀行、ロイズTBS、バークレー銀行、スコットランド・HSBCロイヤル銀行に対して、キューバと貿易取引を行っていると警告した。米国政府により、キューバとの取引を行っている企業に圧力がかけられたり、罰金が課せられたりした。キューバの外貨事情が悪化している現在、キューバを締め上げ、カストロ体制を崩壊させる好機とブッシュ政権は考えたのである。

 すると9月、ハリケーン・グスタフの後、キューバ政府は、2001年にハリケーン・ミッチェルのあと被害救援をめぐって、米国政府に食料品輸出許可を実現させたように、「米国政府の人道支援に感謝するも、被害調査員の派遣は受け入れられない、新たなに木材、建設資材など、復旧必要資材の輸出、後払い輸出を許可するよう」に要求した。経済封鎖政策に風穴を開けようとしたのである。米国政府は、それを拒否した。

 実は、経済封鎖政策のもとであるが、米国はキューバにとって第5位の輸入相手国となっている。米国からの食料の輸入は2007年5億8200万㌦に達し、前年度より1億㌦増加した。本年度は6億㌦を超える見通しである。
さらにラウルは12月19日、米国で収監中の5名のキューバ人(正確には2名は米国籍)愛国者とキューバ国内で収監中の反体制派(210名といわれる)の交換を申し出た。しかし、この問題は、法的には複雑で困難な問題を含んでおり、米国側もキューバの反体制派も申し出を拒否している。

(2008年12月31日)

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